42-30 現代技術
仁は大急ぎでゴーレムの状態を確認した。
仁が初めて見るタイプのゴーレム。アドリアナ・バルボラ・ツェツィの系譜ではないのはもちろん、『変形式動力』でもない。
ましてや原始的な魔石ゴーレムでもない。
「これは……」
仁が知らない方式ではあるが、理解できないという意味ではない。
「感心するのはあとだ。修理しなくては」
ゴーレムである以上、制御核は存在する。
そこは新型ゴーレムでも変わらない。もし、制御核を使わないゴーレムができたなら……それはゴーレムではない、と仁は思った。
「『読み取り』」
まずは制御に関する情報を知るところから始める仁。
「ふむ、基本的には同じ。細かい制御が専用化されているわけか。これなら応急修理できるな」
そして行われる応急修理。『接合』『融合』『接着』、それに『強靱化』などを駆使していく仁。
「おお!」
「お見事!」
周囲からも称賛の声が掛かる。
3分ほどで1体の修理が終わった。仁は即座に質問を行う。
「おい、どのあたりで事故が起きたかわかるか?」
「……はイ。ごアんないいたしマす」
まだ声が少しおかしいが、聞き取れれば十分だ。
「誰か、船を持っている方、お願いします!」
「よし、俺がそのゴーレムと一緒に行こう」
宿の主人が名乗り出てくれた。
「おね、がい……します」
娘を助けに行ってもらえると知り、男は再び気を失った。
仁はこちらに残るつもりだが、岸辺まで一緒に行き、
「大体の方角でいい、わかるか?」
ゴーレムに事故が起きた方向を尋ねた。
「はイ、あちら の方、200めートルくらい、です」
「よし」
仁はそちらの方向へ向けて『光の玉』を放った。
「おお! これは明るいな! じゃあ、行ってくるぞ!」
お気をつけて、という仁や野次馬の声に見送られ、宿の主人はゴーレムと共に、船で夜の湖へと出て行った。
それを見送った仁は、今得た情報を頭の中で反芻していた。
(ゴーレム、というより『魔導ロボット』だな……)
アドリアナ系のゴーレムは、自動人形と同じく、人間のそれを簡略化した骨格を持っており、筋肉系の付き方も人間に準ずる。
それはあくまでも『人間に近く』という思想の元に作られているからだ。
(だが、あれは……)
作りが安っぽかったのは別にして、仁が注目したのはその構造である。
(完全に動作を分離していた)
例えば、手首の回転を例に取ると、人間の前腕(肘から先)には橈骨と尺骨という2本の骨があり、橈骨は手首に、尺骨は肘関節に接続されている。
それぞれ、接続されている反対側は乱暴に言うと『フリー』で(靭帯や腱、筋肉などが付いているのだが)ある。
そのため、手首や肘を支点に前腕を『捻る』ことができるのだ。
これには、筋肉が『斜め』に付いており、骨に対する長手方向だけでなく、軸回りの力も発揮できるようになっている必要がある。
こうした人体構造を模しているのがアドリアナ系のゴーレムであり自動人形なのだ。
しかし、仁が今回確認したゴーレムの構造は、基本的に骨は各所に1本ずつだった。
(棒人間かよ……)
そんな揶揄するような思いとは裏腹に、構造に関しては仁も納得する出来だった。
骨は基本中空のパイプで、『2重構造』。
腕を例に取ると、内側のパイプが肘の屈伸、外側のパイプが手首の回転となっている。
筋肉も、曲げ伸ばしする筋肉と回転させる筋肉はまったく別になっていた。
(確かに、制御命令は複雑かもしれないが、動作制御はわかりやすいな)
曲げる制御と回転させる制御は完全独立しているからだ。
(無駄もないから効率もよさそうだ)
人間の場合、斜めに付いているが故、僅かながらロスがある。
また、回転させる力はそれほど大きくない。
(おそらく『捻る』力は侮れないだろうな……)
だが。
(動きがいかにも人工物だよな……)
人間らしさが感じられないのだ。
ゴーレムなのだからそれでいい、と言ってしまえばそれまでなのだろうが。
(もしかしたらグローマの新型ゴーレムもそうなのかもな)
ジャグス公国で最後に解析しようとしていたゴーレムはこれに近いものだったからだ。
ふとそんなことを思う仁であった。
とりとめもなく考えていると、物音が聞こえてきた。宿の主人が帰ってきたらしい。
「助かったぞ! 船の破片にしがみついていた!」
そんな第一声。
心配している父親を安心させようという気づかいだった。
その頃には父親も回復していて、玄関まで宿の主人達を出迎えに出てきていた。
「おお……ありがとうございます」
主人の背には、顔色を青くした娘がいた。彼女は父親の顔を見てうっすらと微笑んだ。
「治癒士が来ました!」
誰かが大声を出した。
見ると、いかにもな白衣を着た青年が自動人形を連れて立っていた。
(ナース……)
危うく仁は声に出すところだった。
その自動人形は間違いなく、かつて仁が作った看護用自動人形『ナース』をベースに作られたものに間違いなかったのだ。
自動人形を看護人にする意味は大きい。昼夜休むことなく怪我人、病人の看護に当たれるのだから。その上、病気に罹患する気づかいもない。
治癒士と『ナース』が手当を始めたのを見て、仁は安心して部屋に戻ったのである。
* * *
翌日、仁とロードトスが出立しようとしたら、
「昨日はご苦労様でした」
と、宿の主人が仁に話しかけてきた。昨夜はぶっきらぼうな言葉づかいだったのに、お客に対してはちゃんと丁寧な言葉を使えるようだ。
「え? 俺は何も……」
「いや、あなたがあのゴーレムを応急修理しなかったら、救助も間に合わなかったでしょうから。謙虚な方ですね」
仁は、
「いえ、あの時できることをしただけです」
と言い置いて宿を後にしたのである。照れくさかっただけでなく、今更であるが、あまりこの『時代』との柵を増やしたくなかったこともある。
「天気もいいし、今日は一気に距離を稼ぎましょう」
と、ロードトス。
「セルロア王国の首都エサイアは入国管理がうるさいのでテルルスまで行こうと思います」
いい西風が吹いているので、昼過ぎには着けるだろう、と言う。
「テルルスか」
かつての統一党騒ぎの時、大怪我をしたエルザの実母、ミーネが打ち上げられた大河、トーレス川が流れている町。
そういえば治癒士サリィと出会ったのもあの町だったな、と、仁は昔を懐かしく思い出すのであった。
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