42-04 酔っぱらい
「……やっぱりジン、あんたは向こうの大陸出身だな。懐かしいんじゃないかと思って連れて来たが、当たりだったみたいだ」
仁の反応を見たエイラはグラスの吟醸酒をぐいっとあおった。
「この酒は殊の外、魚と合うんだよ」
そう言って刺身を食べるエイラ。
「ああ、美味いな」
仁も懐かしい取り合わせに箸が進む。
カチェアも生魚に忌避感はないようで、
「これ、美味しいです」
と言いながら刺身をぱくついた。
「……なんとなく、だが、最近のジンって、何か考えているように見えてな」
手酌で酒を飲みながらエイラが言った。女性ながら男前な仕草である。
「……そうかな?」
仁もちびちびと吟醸酒を飲みながら曖昧に答える。
「そうさ。……で、多分故郷に帰りたいんだろうと思ってね。で、何となくここの料理と酒が気に入るんじゃないかと、そう思ったわけなのさ」
「うん、懐かしい味だよ、ありがとう」
仁はイカのようなタコのような刺身をつまむ。
「そいつを平然と食べるところをみると、やはりミツホあたりの出身なんだろうな」
「ミツホ……か」
そこまで行ければ、何とかなりそうだとの思いは確かにある。
「……薄々勘付いてはいるだろうが、この国はかなり上からの管理が厳しい。成果を上げていればそれほどでもないがね」
「だなあ」
「だいたい、ジンがどこかの国の要人だという可能性だってあるのに取り込もうとした時点でお察しさ」
「……うーん、確かに」
普通なら国際問題になってもおかしくない事案である。
「それもこれも、鎖国しているから知られっこないという考えがあるのさ」
酒が入ったからか、エイラはいつもよりさらに饒舌である。
「植民してみたらうま味のない大陸だったので切り捨てたんじゃないかとさえ思えるよ」
饒舌なうえ毒舌なのか? と仁は少し危機感を覚える。盗聴でもされていたらエイラの身が危ない。
まずは為政者側が何を考えているのか、それを把握しない限り、仁としても次の行動が起こせないのだ。
ここは現実であり、仁は技術者であって戦士ではないので、一つ間違えば二度とエルザやハンナ、礼子や老君たちと会えなくなってしまうのだから。
(焦るな、焦るな)
ともすれば、パエローヴァのゴーレムを乗っ取り、自動車を盗み出して逃亡したくもなる。
しかしその先が見えない。
どうやって海を渡る?
どこから食糧を調達する?
渡った先に何がある?
危険は全部回避できるのか?
行き当たりばったりで行動するには、仁はいささか慎重すぎた。
モノ作りに関しては大胆すぎる癖に、こと身の安全がかかった行動となると、慎重にならざるを得ない。
そんな風にいろいろと鬱積していた仁は、いつも以上に酔いが早く回ってしまったようだった。
『仲間の腕輪』をしていないので解毒作用もないため、なおのことである。
「おいジン、こんな所で寝るな。あたしやカチェアじゃお前を担いでいけないぞ」
「うー……」
唸るだけで起きそうにない。
「珍しいですね、ジンさんがこんなに酔っぱらうなんて」
「そうだな。といってもまだ半月ほどしか付き合っていないが」
横になって寝てしまった仁を、エイラは苦笑を浮かべながら眺める。
「こうして無防備な姿を曝してくれる、というのはある意味信頼されているからだろうしな」
「そ、そう……です、ね」
「しかし、どうしてジンみたいな男がこの国に来たのか……」
「あ、あの、転移門の事故だって……」
エイラは薄く笑って首を振る。
「ジンの言い分はいろいろあやふやだからな。全部をそのまま信じるというのも能がない」
「え、それはどういう……」
「つまりだ、ジンは、本当にどこか遠い国から来た。これはまず事実だろう」
「そう、ですね。知識の偏りがすごいですから」
「なら、なぜ記憶が曖昧と誤魔化すのか?」
「え、誤魔化しているんですか?」
カチェアはびっくりした顔をする。
「本当のことはあたしにもわからないが、混乱していると言う割りに、技術的なことには迷いがない。そうそう都合よく、特定の知識だけ忘れるものかな?」
「……確か、に……」
「その辺は多少わからなくもない。ジンの知識、技術は尋常じゃないからな。警戒しているんだろう。それにしては実力の隠し方が下手だが」
「あ、それは同感、です」
「諜報員かもしれないと思ったこともあるが、あまりにもらしくなさすぎるしな」
その時、仁が寝返りを打ち、座卓に腕をぶつけた。
「あ、ジンさん、起きたかしら? ……ジンさん!」
「……うー……える……もう、少し……」
「……える? えるって何でしょう?」
カチェアは首を傾げ、エイラも分からないといった顔をする。
「流れからすると人の名前かもな」
「ああ、そうですね」
「……起きたら聞いてみたいが……やめておいた方がいいかな」
「そう、ですね」
2人はどちらからともなく、仁についての詮索はしないでおこうと、そういうことになった。
「だけどカチェアって、計算とか論理的な思考ってすごいよなぁ」
「そ、そうですか?」
「……ああ。もっともっといい師匠につけたら、世の中を変えられるような学者になれるかも」
真っ赤になるカチェア。
「そ、それは冗談が過ぎますよ!」
「冗談じゃないんだがな」
エイラはもう1杯、グラスをあおった。
カチェアもかなり酔いが回って来ているようで、普段なら絶対に言わないようなセリフを口にした。
「……なら、私だって言っちゃいます。……エイラさんって、気難しい人かと思ってたんですよー」
「ふん、あたしは確かに気難しいぞ?」
だがカチェアは首を横に振った。
「いいえぇ、ほんとのエイラさんは、仲間に気づかいできて、研究熱心で、後輩の面倒見のいい人ですよぉ」
「……ふん」
「エイラさんのような人がどうしてこんな所に来たのか、そっちの方が……不思議……で…………」
ばたん、と音を立ててカチェアが倒れた。ついに酔いつぶれたらしい。
「……ふん、どいつもこいつも酒に弱い奴らだよ、まったく」
それからしばらくエイラは手酌で酒を飲み続けていたが、
「……どうしてこんな所に、か……。それこそ、大きなお世話だよ……」
そう呟いて天井を見上げた。そして、小声でぽつりと呟く。
「国、か……。国って、何だろうねぇ……」
いつもお読みいただきありがとうございます。
20170602 修正
(誤)カチェアもかなり酔いが回って来ているようで、普段なら絶対に
(正)カチェアもかなり酔いが回って来ているようで、普段なら絶対に言わないようなセリフを口にした。
orz
(誤)「植民して見たらうま味のない大陸だったので切り捨てたんじゃないかとさえ思えるよ」
(正)「植民してみたらうま味のない大陸だったので切り捨てたんじゃないかとさえ思えるよ」
20220620 修正
(誤)いつも以上に酔いが速く回ってしまったようだった。
(正)いつも以上に酔いが早く回ってしまったようだった。




