41-29 魔法陣
夕食まではまだ時間があったので、仁は残った9体の資材なしでできる部分の修理を引き続き行うことにした。
カチェアは『今日は、これで終わりだ』と言ったそばからまた修理を始めた仁を見て、こうした作業が好きなんだなあ、と思うのであった。
「まあ、魔法筋肉の修理だけでもしておけば、本格修理の時、手間が省けるだろうしな」
やっぱり独り言を言いながら作業をしていく仁。
(ジンさんって、家族が少なかったのかしら……?)
さすが大家族の一員であるカチェア。独り言の多い仁が家族に恵まれていなかったことを薄々勘付いたようだ。
「これで、よし。……あ、カチェア、今何時頃かわかるかい?」
「え、ええと……」
いきなり仁に尋ねられて焦るカチェア。そもそも、この倉庫内には時計がないので、仁がわからないものをカチェアがわかるはずがない。
「もう午後5時になるところだな」
そう言って倉庫に入って来たのはジェド・アラモルドだった。
「ジン殿、今日はもう休んでくれ。……先程、ローレンツの商会に資材の発注を掛けておいたから、在庫があれば明日の朝には届くだろう」
「ありがとうございます」
「うむ。繰り返すが、今日はもう休んでくれ」
「わかりました」
仁はジェドに会釈し、倉庫を後にした。ジェドは倉庫の扉を閉め、鍵を掛けてから屋敷へと戻る。その際、カチェアにも声を掛けた。
「どうだな? 少しは慣れたかな?」
「あ、は、はい。おかげさま……で、少しは」
カチェアはいつもの調子でおどおどしながら答える。
「どうだろう、研修が終わったら、とりあえずジン殿の補佐をやってみるというのは?」
「ほ、補佐、ですか?」
「そうだ。見たところ、ジン殿は夢中になると突っ走るタイプのようだ。誰かが時間管理をしてやらんと徹夜するなどの無理をしそうでな」
ジェド・アラモルドは短期間に仁の性格をかなり理解していた。
「た、確かに、そうかも……しれません」
「それに、ジン殿と一緒なら、カチェアも気が楽だろう?」
「あ、は、はい」
「そうやって、この屋敷に慣れたら、他の仕事も割り振るようにしたいと思う」
「は、い。ありがとう、ございます」
ジェド・アラモルドの気遣いに頭を下げるカチェアであった。
* * *
「……ああ、いい湯だ」
仁は風呂に入っていた。
この館には、大きな風呂が2つと、小さな風呂が3つある。
どれが誰用、というような決まりはなく、誰でも好きな風呂に入れる。とはいえ普段は、大きな風呂にはどちらか一方しかお湯が張られていないが。
で、仁が入っているのは小さな風呂の方である。
こちらは3人入れば一杯になってしまう程度の浴槽であるが、1人でなら十分に手足を伸ばせるのだ。
だが、こうして1人のんびりしていると、嫌でも思い出されるのはエルザたちのこと。
思い悩んでも解決できないことはわかっているのだが、どうしても考えてしまう。
(今は足元を固めて……そしてきっと帰るための道を探すんだ)
そして、無理矢理考えを切り替える仁。
(……魔結晶の代わりに使えそうなもの……魔法陣、か……。だが、そううまくいくかな?)
タジー村にいたときから考えていた。これがうまくいけば、帰るための力になるかもしれない。
それは魔結晶を使わないゴーレムや魔導具の構想だ。
転移魔法陣、というものがあるように、魔法陣は魔法を記憶し、任意にそれを解放できる。
(だけど大きな問題が一つあるんだよな)
それは発動時間の遅さである。
魔法陣は、そのほとんどが円形をしている。それは、僅かな起動魔力を増幅させるために、魔力を陣内を幾度も巡らせるためである。
1周するごとに、空間に存在する自由魔力素から魔力が生成され、循環する魔力は強くなっていくわけだ。
(だが、その循環こそがタイムロスを作り出す)
魔法を使う際に浮かび上がる魔法陣とは根本的に異なる。
魔法と共に現れる魔法陣は、いわば『物理エネルギーに変換しきれなかった余剰魔力』が『空間に投影された』幻、といっていい。
魔法とは世界に記録させた『手順』を呼び出したものであるから、その『手順』が『空間に投影された』幻、それが魔法行使時に現れる魔法陣である。
閑話休題。
魔法陣を使った魔法の起動が遅いといっても、たかだか数秒。大抵は3秒以内であるのだが、ゴーレムの動作に応用するには致命的に遅すぎるのだ。
(魔結晶での処理は数ナノ秒以下でできるからな)
「……上がるか」
さすがにこれ以上風呂に浸かっていたらのぼせてしまうと、仁はのぼせるギリギリで気が付いたのであった。
* * *
その日の夕食は、仁、パエローヴァ、ジェドの3人でテーブルを囲んだ。
「いやあ、ジン殿。さすがというか、予想を超えたというか」
パエローヴァは上機嫌だった。
「まさか6体も直してしまうとはな。嬉しい誤算だよ」
上機嫌のパエローヴァが語ったところによれば、倉庫に眠るゴーレムの半分は建国当時のものらしい。
「独立するため、紛争もあったのだ。その時に活躍したのがゴーレム兵だった」
詳しい説明は得られなかったが、人的被害を少なくするため、当時はゴーレム兵による戦闘が大半となっていたらしい。
仁はそういう使われ方もありかな、と黙って聞いている。
「王都にはあの倍、いや3倍のゴーレムが動かなくなり眠っているという。何とももったいない話ではないか!」
パエローヴァの目が光った。
「動かなくなったゴーレムを払い下げてもらい、ジン殿に修理してもらえば……」
「おお、いい考えですな、閣下」
ジェド・アラモルドも賛成した。
「そういえば、ゴーレムの管理ってどうなっているんですか?」
仁は先ほど気になったことを尋ねてみる。
「王都のゴーレムは公王が、この地方のものは私が管理している」
パエローヴァが答えてくれた。
それを受け、仁は考えていたことを口にする。
「……としますと、動かなくなったゴーレムを何体か寄せ集めて1体動くようにする、ということは許可してもらえますか?」
「な、何だと!? そんなことができるのか?」
案の定な反応が返ってきた。
「できます。おおよそですが、9体のうち3体は損傷が酷いので、修理するにせよ資材をかなり使うことになります。ですが、それぞれの使える部材を組み合わせれば、まともなゴーレム1体を仕上げることはできると思っています」
「ううむ、そんな方法が……というより、そんなことができるのか」
パエローヴァは驚愕し、
「ジン殿は、その方法でゴーレムを直せるのですな?」
ジェドから、仁にとっては今更な質問が発せられた。
「できます。資材さえあれば」
隠すようなことでもないので、仁は肯定する。
「ううむ……ジン殿を招致して大正解だな」
「幸運ですな」
パエローヴァとジェドは大きく頷いている。
魔導士の乏しいこの国では、魔導具の修理一つ取ってもままならない。
仁は、かつて訪問したミツホの首都ミヤコでのことを思い出していた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20180923 修正
(誤)ジェドからは仁に取っては今更な質問が発せられた。
(正)ジェドから、仁にとっては今更な質問が発せられた。




