41-23 明かされる真実
仁たちが通されたのは応接室であった。
大きなテーブルを挟んで、奥にパエローヴァ・ソンドヴィク。向かってその隣にジェド・アラモルドが座る。背後にはパエローヴァの護衛が4人立っていた。
仁とカチェアはその反対側に座る。背後にはジェドの護衛4人が立っていた。
「改めて自己紹介しよう。私はここローフォンから北部を管理している地方管理官、パエローヴァ・ソンドヴィクだ」
「魔法工作士、ジンと申します」
「あ、カ、カチェア、と、もう、申します」
カチェアはガチガチに緊張している。
「そんなに緊張せんでよろしい」
とパエローヴァが声を掛けたほどだ。
やがてテーブルの上に冷えたジュースが並べられた。
「遠いところをご苦労だった。飲んでくれ」
そう言ってパエローヴァはまず自分が口を付けた。次にジェドが。
それを見て、仁とカチェアも一口飲んだ。
「冷たい……!」
比較的涼しい土地柄ではあるが、やはり今は夏、冷えた飲み物は口当たりがよく、美味い。
「冷蔵庫で冷やしているんですか?」
思わず聞いてみた仁に、パエローヴァは驚いた顔をする。
「なんだと!? ジン殿は冷蔵庫を知っているのか?」
あ、しまった、と思った仁であったが、一旦口から出た言葉は取り消せない。
「ええ、知っています」
正直に答えるしかなかった。
「ううむ……冷蔵庫のような稀少な魔導具の存在を知っているとは……」
難しい顔をするパエローヴァ・ソンドヴィクだったが、すぐに気持ちを切り替えたらしく、
「そういう話は夕食後にゆっくりするとしよう」
と言って笑顔をカチェアに向けた。
「カチェア、この町は……いや、この国は、優秀な人材を必要としている。君は計算に才があると聞いた。……いまさら隠すのもよそうか、ローレンツは私の指示でそうした情報も集めてくれているのだ」
なるほど、諜報員とまではいかないものの、各地で情報を集めているのか、と仁は納得した。
おそらく、あのようなゴーレムを所有できるのも、パエローヴァの援助があるからだろう、とも推測する。
行商人は行く先々の経済状況を初めとする情報を得るには格好の職業だ。
「い、いえ、わ、私なんて……」
謙遜するカチェアであったが、
「いや、カチェア、君の数学の才能は大したものだ。誇っていいぞ」
と仁が横から口出しをしたものだから真っ赤になって俯いてしまった。
「ほう、数学とな? それは興味深い。ますます期待が高まるな」
「は、はい……」
消え入りそうな声で返事をしたカチェアは、恨めしそうに仁を横目でちょっと睨んだ。
「まあ、その話も夕食後だ。……君らのことも少しわかった。部屋に案内させよう」
雑談を少しした後、仁とカチェアはそれぞれの部屋に案内された。
仁が宛がわれたのは8畳くらいの部屋で、4畳半くらいの寝室が付いている、二間続きの部屋であった。
2階にあるので窓からの眺めがよい。南に向いているらしく、遠く、夕陽に赤く染まる海の輝きが見えた。
仁はしばし、地球とアルス、2つの故郷を想い、暮れゆく海の輝きを見つめていた。
* * *
夕食は、仁が期待したとおり、焼き魚が出てきた。
「これは……ハリブー(ヒラメ)ですか?」
大きく平べったいその姿に、仁は思わず尋ねた。
「よくご存知だな。そう、沿岸で捕れたハリブーだ」
「塩加減もいいですね、美味しいです」
「それはよかった」
ここでの夕食は、堅苦しいものではなく、会話を交わしながらの和やかなもの。であるから仁もついつい口が軽くなったのである。
「ジン殿は魚がお好きと見える。……これを食べたことはおありかな?」
「えっ?」
悪戯っぽい顔をしてそう言ったパエローヴァ・ソンドヴィク。彼が合図し、出て来たものは……。
「……刺身?」
ハリブーの刺身であった。横には醤油らしき茶色い液体が入った小皿が添えられている。
「いただいていいんですか?」
「もちろんだ」
「……では、いただきます」
箸も付いてきたので、仁は躊躇わずに刺身を口に運んだ。
「……!」
懐かしい味であった。
仁は、出された5切の刺身をあっという間に平らげたのである。
「気に入ってもらえて何よりだ」
そう言ったパエローヴァの目が一瞬光ったようだった。
* * *
夕食後、仁は単独でパエローヴァ・ソンドヴィクとの面談を行うことになった。
仁、パエローヴァ、そして執事と侍女が1人ずつ、計4人が部屋にいる。
仁の前には緑茶が置かれていた。
「さてジン殿、君が何者であるか、どこから来たのか、はっきりわからないというのは本当かね?」
「……はい」
僅かな躊躇いの後、仁はその問いに肯定を返した。
「ふむ、ではそういうことにしておこう」
パエローヴァは薄く笑い、自分も一口お茶を飲んだ。
「魔導士。転移事故。緑茶。刺身。魔導具。これらがキーワードになってくれる」
「はあ」
「君はおそらく、この大陸の出身ではない。つまり、メルカーナ公国の者ではないのだろうな」
「そう……なんでしょうね」
仁はやや曖昧に肯定した。
「君は、この大陸のことをどれくらい知っているかね?」
「ほとんど何も知りません」
「そうか。……では、こちらが不利にならない範囲で教えよう」
「ありがとうございます。……不利……とは?」
「まあ、話を聞きたまえ」
「はい」
そして、パエローヴァ・ソンドヴィクはゆっくりと語り始めた。
「メルカーナ公国は、このパンドア大陸で唯一の国だ」
やはり、と仁は思った。薄々そんな気がしていたのだ。ヘルガも最初に聞いた時に『パンドア大陸のタジー村』と言っていた。
メルカーナ公国のタジー村、と言わなかった
「歴史としては、320年前に独立した。だから今は大陸暦を使っている」
「なるほど」
ようやく、疑問に答えてくれる者と巡り会えた。
仁は、一言も聞き漏らすまいと聞き耳を立てるのだった。
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