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マギクラフト・マイスター  作者: 秋ぎつね
41 仁放浪篇
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41-21 仁の考察

「三角形の2辺の長さがわかっているとき、残る1辺の長さがわかったらいいな、と思うことってないかな?」

 『3平方の定理』を説明するに当たって、仁はその使いどころから説明することにした。

 カチェアはどちらかというと実用的な理論を好むような気がしたからである。


「ううん……私はないですね……」

 ないと言われてしまったので、仁は知っている例を上げることにした。

「例えば、屋根を作る時、高さと幅もしくは奥行きがわかっているとする。その時に、斜めに渡す桁材の長さを求める時はどうしてる?」

「私は家を建てることはしませんが、その例えでしたらわかります。確かに斜めの辺の長さが計算できたら便利ですよね」

「だろう? 3平方の定理、っていうのは、直角三角形の時に成り立つ定理で、斜辺の長さの二乗は、残る2辺の長さをそれぞれ二乗して足したものに等しい、というものなんだ」

 式で書けば a^2+b^2=c^2。

 中学生になると習う定理である。

「……ああ、そのときに『平方根』が役に立つんですね?」

「そういうことさ」

 そのあと仁は、平方根も小数点以下ずらずらっと数が並ぶことや、いちいち計算するのが大変なので『表』を参照することなどを説明した。


*   *   *


「ジン殿、カチェア。そろそろ昼食にしよう」

 馬車が止まり。外から声が掛かった。

「ああ、もうお昼ですか」

 仁とカチェアは馬車を降りた。そこは広い草原で、眼下には広大な平原が見下ろせる。そこには大河といっていい規模の川が流れていた。

「あれがノーシナ川だな」

「そう……ですね」

 馬車を降りたカチェアはいつもの彼女に戻っていた。


 昼食は乾パンを肉スープに浸したものだった。

「……ジン殿は食べ慣れているのかね?」

 黙々と食べる仁を見て、ジェド・アラモルドが尋ねた。

「いえ、そういうわけでは」

「ふうむ……」

 半ばわざと出した昼食。裕福な者ならまず口にしないようなものだ。

 乾パンはスープに浸せば軟らかくなるとはいうものの、そのスープの味付けは薄く、うま味がない。

 だが仁は、見かけは何とも思わないような顔をして、己の分を平らげたのであった。


(ますますわからぬ)

 ローレンツの報告、そしてセルゲイからの情報、加えて自分の目で見た仁のイメージが、どうにもちぐはぐだったのである。

(魔導士なら、それなりに裕福な暮らしをしていたはず。部下から聞いたところによれば、教養も高い。つまり、成り上がりの可能性は低い。なのに振る舞いは庶民そのものだ。わからぬ)


*   *   *


 また馬車は動き出したが、次の宿泊地であるファン村は割合近く、午後3時には到着できた。

 これは、一つには街道がなだらか下りであることも理由に挙げられる。


「ここがファン村か」

「……ここまでは、来たことあるんです」

 仁の感想としてはタジー村と大差ない、といったところだ。それはカチェアも同じようで、

「タジー村の方が、私は好きです」

 などと言っていた。


 宿泊は村長宅。こういう時のために離れが大きく造られているのだという。

 仁とカチェアはそれぞれ個室を宛がわれた。

「まだ日は高いな」

 着いたのが3時で、まだ30分くらいしか経っていない。仁は散歩でもしてこようかと思ったところ、

「ジン殿、少しよろしいか?」

 と、ジェド・アラモルドが顔を出した。

「はい、何かありましたか?」

「いや、他でもない。このファン村でもポンプが故障していてな。もしよかったら修理してもらえないだろうか。ああ、もちろん修理代は払う。……そうだな、1000トールでどうだろう?」

「ええ、いいですよ」

 仁は快諾した。

「では頼む」

 ジェドと共に外へ出ると、年輩の男性が待っていた。村長のラスニコフである。

 髪は白く、よく見ると腰が少し曲がり始めている。

「このたびはお手数お掛けしますな」

 そう挨拶し、仁とジェドを案内していく。

「こちらなのです」

 村の少し奥にあったのは、タジー村と同じ型式の汲み上げポンプだった。

「ああ、これならすぐ直せますよ」

 とはいえ、ポンプ修理に限っていえば、カチェアにさんざん釘を刺されていたので、それなりに時間を掛けて修理する仁。

 およそ20分で修理完了だ。

「できました」

 試しに動かしてみて、ちゃんと水が出ることを確認したあと、完了報告だ。

「おお、おお、ありがとうございます!」

 村長に多大な感謝をされたあと、ジェド・アラモルドから1000トールを受け取った仁は、村を散歩して帰る、と告げた。

「それなら誰か案内がいた方がいいだろう」

「では私が」

 村長が名乗り出る。

 仁はちょっとだけ顔をしかめたが、何も言わず小さく頷いた。


「あちらが共同の洗い場でしてな」

「石鹸を使っているのですか?」

「いやいや、そんな高価なものは買えませんでな、サポの実を使ってます」

 サポの実を見せてもらったが、カイナ村で使っているリタの実とよく似ていた。近縁の植物かも知れない、と仁は思った。


「あそこが共同浴場ですな」

「温泉が出ているんですか?」

「温泉とは何でしょうか? 魔導具を使ってお湯を作っております。水はポンプで汲み上げております」


「こちらは貯蔵庫になります」

「雪室ですね」

「よくご存知で。冬の間に降った雪をここに貯めておきますと、秋くらいまで残るのです。そこに傷みやすい食材を入れておくわけですな」


*   *   *


 宿の自室で、仁は考える。

 こうして見てみると、文化程度はかつて仁がいたアルスと同じ程度。だが、魔導具が高価である。

 これをどう考えるべきか悩ましいところである。

(技術者がいないのか、あるいはいなくなったのか)

 さらに、

(いない理由は何か。魔結晶(マギクリスタル)が高価なのはなぜか。……ローフォンに行けばわかるんだろうか)


 エルザの待つ、あの世界へ帰らなくてはならない。

 だが仁はまだ、迷路のただ中にいる。

 いつもお読みいただきありがとうございます。


 20170510 修正

(誤)村長に多大な感謝をされたあと、仁はジェド・アラモルドから1000トールを受け取った仁は、村を散歩して帰る、と告げた。

(正)村長に多大な感謝をされたあと、ジェド・アラモルドから1000トールを受け取った仁は、村を散歩して帰る、と告げた。

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