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マギクラフト・マイスター  作者: 秋ぎつね
41 仁放浪篇
1502/4279

41-03 時間

 イチとの対話は、仁の体感時間で丸1日近く続いた。

〔ふむふむ……興味深い〕

 それを中断せざるを得なかったのは仁の疲労である。

「済みませんが、少し休ませてもらえませんかね?」

 さすがの仁にも疲労の色が濃かった。

〔おお、そうだった。生物は休息を必要とするのだったな〕

 イチは遙かな昔を思い出し、そう言った。

〔ゆっくり休んでくれ。何が欲しい?〕

「では、ベッドと……個室を」

〔わかった〕

 イチが思考すると、そこにはコンテナのような『個室』が現れた。中には快適そうな寝具が敷かれたベッドもある。

〔食物と飲料水もある。ゆっくり休んでくれ〕

「ありがとうございます」

 どうやって出したのか、と聞く元気も最早仁にはなく、水を飲み、パンを一口齧ると、ベッドに倒れ込んで泥のように眠ってしまった。


*   *   *


〔面白い生命体だな〕

〔まったくだ。変化に乏しかった我々の精神活動にまたとない刺激だ〕

〔吸収できるものは吸収したいものだな〕

〔同感だ。見返りとして元の世界に戻る手助けをしてやるのは妥当だろう〕

〔全面的に賛成する〕


*   *   *


「……あまり寝た気がしないな」

 仁は目を覚まし、目をこすった。

 眠気はなくなっているし、身体の疲れも取れているが、精神的な疲れが身体……いや、頭の奥に澱んでいるのを感じていた。

 用意されていた飲料水を飲み、パンを口にする。とにかく、倒れるわけにはいかない。

「石にかじり付いてもアルスに……エルザの所へ戻らなくちゃな」

 あと数ヵ月で生まれてくるはずの我が子にも会いたかった。


 用意された『個室』を出ると、イチが語りかけてきた。

〔よく休めたかな?〕

「あ、はい」

〔それならいい。今日は『魔法』について教えてもらいたいのだが〕

「ええ、わかりました」

 イチをはじめとする精神生命体の機嫌を損ねることだけは避けなければならない。

 仁は、久しぶりにブラック企業時代の処世術を思い出していた。


*   *   *


「……で、こう、です」

〔ふふふふふふふ……面白い! 何と面白いのだろうか!!〕

 イチはここ数万年の間にはなかった精神の高揚を覚えていた。

自由魔力素(エーテル)を扱うスキル……それがこんなに面白いとは!〕

 イチたちは自由魔力素(エーテル)ではなく(サブ)自由魔力素エーテルを扱うすべに長けているだけに、仁が示した魔法、すなわち自由魔力素(エーテル)を扱うスキルに感動したのだ。


 魔法。『神』に対する『魔』が扱う『法』術。あるいは神秘的ではあるが神の名を冠するには畏れ多いため『魔』法。


 イチたちには神や悪魔という概念がないため、魔法という名称も理解できず、自由魔力素(エーテル)を扱うスキル、という捉え方をした。

 そして、仁が一番驚いたことは、彼等があっという間に魔法……彼等流で言うなら自由魔力素(エーテル)を扱うスキルをマスターしてしまったことである。

 決して『知識転写(トランスインフォ)』をしたわけではない。概念を説明しただけで、である。

 だが、よくよく考えてみればそれも当然か、と仁は思い直す。

 彼等精神生命体は(サブ)自由魔力素エーテルを扱うすべに長けている。

 そして自由魔力素(エーテル)の扱いはおそらく、それよりも簡単なのだろう、と仁は推測した。

 そう、高等数学を修めたものがつるかめ算を理解する程度には。


〔『変形(フォーミング)』か、これは面白いな〕

 イチは転がっていた隕鉄……宇宙塵の欠片を一瞬で複雑な原子模型に変形させて悦に入っていた。

〔二堂仁、感謝する。向こう10万年くらいはこの自由魔力素(エーテル)を扱うスキルの研究に費やせるだろう〕

「そ、それはよかったですね」

 さすがの仁も少し引き攣った笑いを浮かべるしかできなかった。

〔さて、新たな思考題材に興じるのはこれくらいにしておこう。二堂仁、君を元の世界に送り帰すことについて話をしたい〕

「お願いします」

〔うむ。きみを元の世界に送り帰すこと、それ自体には問題はない。99.9999パーセント、成功するだろう〕

 完全、と言わないのは、彼等なりの誠実さなのだろう、と仁は思った。

〔君を元居た世界に送り込む、これは問題ない。どこから来たのか、わかっているからな〕

「はい」

〔だが、時間軸はそう簡単にはいかないのだ。〕

「どういうことです?」

〔わかりやすいようにたとえ話をしよう〕

 イチは仁に理解できるよう、次元を下げた例を挙げていく。

〔時間は過去から未来へ向かって流れていく。それを1次元の線に例えてみよう〕

「はい」

〔長い長い線そのものに印を付ける。これが君を元の世界に戻すということとする。では、線のどこに印を付ければいいのか?〕

「あっ!」

 仁は理解した。確かに、目安となるものがなければ、時代を特定できないのも無理はない。

 イチたちとて万能ではないのだから。

〔しかも、だ。時間は1次元ではない。最低でも3次元と思ってくれ〕

「ええ、と?」

 仁は首を傾げざるを得なかった。

 そんな仁を見て、イチはわかりやすい説明を心掛けてくれる。

〔これも例えになるが、物事の始まりは『点』だ。君たちは『ビッグバン』と呼んでいるようだな〕

「あ、はい」

〔点から始まった時間は、様々な可能性を含みながら『膨張』していくのだよ〕

「ああ、それで3次元、ですか」

〔そうだ。もっとも、実際にはもっと高次元なのだが、君では3次元以上の高次空間は想像できないだろうからな〕

 まったく悪びれもせずイチは事実だけを述べていった。

〔その例えでいうなら、時間は膨張する球面だ。中心が時間の始まりであるゼロ点。そこから等距離にある球面は等しい時間経過後。球の表面は可能性を現す〕

「並行世界、ということでしょうか」

〔まあそれでいいだろう。さらに次元を下げて2次元的にいえば、時間を経るほど選択肢が増えていく、つまり枝分かれしていくわけだな〕

 仁はおぼろげながら理解した。

 膨張する球面、ということは、後になればなるほど、選択肢が増えていき、可能性が増す……。

 巨大な球の中にある1点。それこそが仁の帰るべき場所なのだ。

 それがどれほど困難を極めるか、仁にも想像できた。

〔だが安心するがいい。多少の誤差は出るだろうが、君を元の世界に還すことはできると約束しよう〕

「助かります」

 だが、仁は失念していた。数千万年以上を過ごしている精神生命体のいう『誤差』がどれほどのものであるのかを……。

 いつもお読みいただきありがとうございます。


 お知らせ:

 4月22日(土)早朝から22日(日)午後まで帰省してまいります。

 その間レスできませんので御了承ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] >〔面白い生命体だな〕 >〔まったくだ。変化に乏しかった我々の精神活動にまたとない刺激だ〕 ていやあんたら物質すら作り出せるなら何だって作れるじゃん。妄想力が足りんぞ妄想力がっ!!この機会に…
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