39-12 ドドーラ遺跡
2月17日、懐古党の調査隊は、東の海岸にあるドドーラ遺跡の調査を始めていた。
ここは老君もまだ詳細な調査を行っていない遺跡である。
「ここは何があるかしらね」
楽しげなエレナに、ドナルドが水を差すように言った。
「うーん、経験上、海に近い遺跡というのは、大したことがないんだよ」
「あら、そうなの?」
「うむ。例外を除けば、鉱物資源が乏しいので、工業が発達しづらいんだ」
「そうかしら」
エレナは懐疑的である。
「とにかく調べて見ましょう」
遺跡、と呼ばれてはいるが、要は昔の都市跡である。
年月を経て風化し、都市に見えなくなっているから『遺跡』と呼んでいるが、その規模はまちまち。
旧レナード王国が『魔力性消耗熱』で滅びたのがおよそ240年前。
その240年という年月で、大半の都市・町・村は土へと還っていた。
「理由の一つは建材ね」
残った建物を見たエレナがドナルドに確認するように話し掛けた。
「そうだな」
ドナルドは、残った建物の壁を触りながら答えた。
「石材だが、かなり軟らかい。エリアス王国のポトロックも似たような石材を多く用いていたと思う」
「そうね」
大谷石、と呼ばれる軽石凝灰岩。加工しやすく、断熱効果、耐火性に優れている反面、脆く、風化しやすい。
他の要因もあるのだろうが、このため、無事な建物が少ないのだろうとエレナたちは判断した。
「前回のディアアは凄かったのにね」
調査をさらに進めながらエレナが呟いた。ディアアは旧首都であるから、その規模はここドドーラとは比べものにならない。
「海風を受けるし、雨も多いからだろうな」
ドナルドも呟きを返した。
大谷石は水を吸いやすいので雨が多いと劣化も進むようだ。
大半の建物は原形を留めないほどに崩れ落ち、灌木やつる草に覆われている。
そんな中、原型をほぼ留めている建物が幾つかあった。
「これは建材が違うな……」
ドナルドは、明らかに硬さの異なる石材に触って確かめた。
「もしかしたら建てられた時代も違うのかも知れませんわね」
エレナも推測を述べた。
「だとすると、何か収穫があるかもしれませんわ」
エレナは率先してその建物に足を踏み入れた。
とうに朽ちてしまったのか扉の類はなく、窓もただの穴。
つまり、ゴミ、埃、その他諸々のものが吹き込み放題で、草はおろか灌木さえ育ち始めていた。
「ここも他と同じくらい年月が経ってはいるようね」
「そうだな」
「でも、建物は風化していないわ。なぜかしら? それは、他とは違う建材で作られているから。それは何のため?」
「何か特殊な目的のために建てられたのだろうな」
エレナとドナルドは軽い感じの会話をしながら、真相に迫っていった。
「位置的にいって、領主もしくはそれに相当する者の屋敷だったのかな?」
「その可能性は高いわね」
「なら、何か残っていてもいいのだが……」
「そうね。もしかしたら隠し部屋か地下室があるかもしれないわ」
エレナの意見にドナルドも賛成し、まずは地下室がないか探ることにした。
「『地下探索』」
エレナは土属性魔法初級の上、『地下探索』を使った。本来は地下鉱脈などを探す魔法だが、空洞の有無も知ることができる。
何度かの行使の後。
「この下に空洞があるわ」
エレナは見事、地下室を発見した。
ただし、出入り口が不明だ。
「密室にした可能性はあるな」
「そうですわね」
仁から、旧レナード王国は『魔力性消耗熱』で滅亡したということを聞いているので、もしかするとこの地下室は、その疫病から逃れるために作った可能性があることに気が付いてしまったのだ。
「中に当時の人間が避難していたら……」
ドナルドは身震いした。
* * *
一方、蓬莱島では、老君がこの発見を知り、取り急ぎ『覗き見望遠鏡』で確認を行った。
もし中に有害なものが封印されていたなら危険だからだ。
だが。
『単なる資料庫ですか……これなら懐古党に任せてもいいですね』
危惧するようなことはなく、老君は流れに任せることにした。
* * *
「いずれにせよ、調べてみる必要はあると思うの」
エレナが毅然とした声で言った。
「そう……だな」
「でも、ドナルドたちは、少し離れていてちょうだい。調べるのは私1人で十分だから」
「だが、エレナ……」
「大丈夫よ。そもそも、240年も前の地下室に、どんな危険があるというの?」
エレナはドナルドを安心させるため、敢えてボッツファ遺跡などでの出来事は無視した。
「わかった。気を付けてくれよ」
「ええ。危険がないようなら、すぐに呼ぶわ」
こうして、エレナは1人、床に穴を空け始めた。つまり地下室の天井を抜くつもりなのだ。
工学魔法ではなく土属性魔法『掘削』を使う。
石材も土属性魔法による加工が容易いので、これはこれでアリだ。というより、エレナは工学魔法がほとんど使えないのだが。
15分ほどで、人1人がやっと通れる程度の穴が空いた。床=地下室の天井の厚みは1メートルほどもあったので時間が掛かったのだ。
「今はこれで十分ですわね。まずは偵察をしてこないと」
エレナは躊躇うことなく穴に身を踊らせた。
およそ5メートルほど落下したエレナは床に降り立った。
「ここは……」
そこは何もない空室だった。実際には資料室への前室なのだが。
危険はなさそうなのでエレナはドナルドを呼んだ。
「どうした、エレナ?」
ドナルドは文字どおり駆けつけてきた。護衛兵も一緒に付いてきている。
「おお、穴が空いているな、エレナ、中にいるのか?」
「ええ。今いる場所には何もないわ。でも、この先にもう一つ部屋があるの。特に魔力も感じないので、危険はないと思うわ」
それを聞いてドナルドは歓喜する。
「では、私も行っていいのだな?」
「ええ、来てちょうだい」
「わかった」
そこでドナルドは、護衛兵に命じ、穴の中にロープを垂らさせた。
「では行ってくるが、見張りを頼むぞ。もし、あまりに長いこと我々が戻らなかったら、独自に判断してくれ」
そう言い残し、ドナルドは穴の中へと消えていったのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20170206 修正
(誤)2月17日、統一党の調査隊は
(正)2月17日、懐古党の調査隊は
(誤)「では、私も行っていいいのだな?」
(正)「では、私も行っていいのだな?」
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