01-01 カイナ村
「……知らない天井だ」
2度目のお約束。目を開けた仁は、ベッドに寝かされているのに気が付いた。着ているのは下着だけだが、横を見るとテーブルの上に上着が置いてあった。
ゆっくりと体を起こしてみる。どこも異常はない。あるとすれば非常に腹が減っているということぐらいだ。
「……?」
視線を感じ、振り向くと、出入り口から誰かがのぞいていたらしく、身を隠すのが見えた。続いてぱたぱたという足音が遠ざかっていく。
「この家の人かな」
ひとりごちてから仁は部屋を見渡す。質素な土と木の壁、簡素なテーブル、そして自分のいるベッド。極々普通の田舎家、なのだろうと見当を付けた。
「おやおや、気が付いたかね」
部屋に入ってきたのは初老の婦人。いかにも田舎のおかみさんだ。そのスカートの裾に隠れて、小さな子供がのぞき込んでいる。さっきの視線はこの子だったらしい。
「あんた、森の入り口で倒れていたんだよ。見つけたのはこの子さ」
そう言ってスカートに隠れている子をそっと前に押し出す。くすんだ金髪、鳶色の目をした女の子だ。歳は8、9歳くらいだろうか。
「俺は仁。にど……ジン・ニドーといいます。助けて下さってありがとうございました。あの、ここはどこですか?」
「ジン君かい。ここはカイナ村さ。僻地の小さな村だよ」
そう聞かされてもどこなんだか仁には見当も付かない。その時仁のお腹が盛大に鳴った。
「あらあら、お腹が空いてるんだね。……ちょっと待ってなよ」
そう言っておかみさんは引っ込んだ。残ったのは仁と少女(幼女?)。仁は少女に、
「君が見つけてくれたんだって、ありがとね。お名前、教えてくれるかい?」
優しく話しかける。と、少女ははにかみながらも、
「……ハンナ」
と答えてくれた。
「そう、ハンナちゃんか。よろしくね」
そう言って手を差し出すと、ハンナもおずおずと小さな手を差し出し、仁の手をきゅっと握った。
「はいよ、待たせたね」
そこへおかみさんが鍋と皿をお盆に乗せて戻ってきた。
「お腹すいてるんだろ、たくさんお食べ」
そう言って深皿に粥状の物を注ぐ。いい匂いがして、仁は夢中でそれを食べた。何日ぶりかの食事である。
「そんなに急がなくたって大丈夫だよ」
おかみさんが呆れるほどの勢いで、仁はお粥(?)を平らげた。
「ごちそうさまでした」
「何だい、それ?」
「あ、『ごちそうさま』っていうのは、俺の所での食事の挨拶みたいなものです。食材と、作ってくれた人への感謝の言葉、かな。ちなみに、食べる前には『いただきます』って言うんです。……そっちは言いそびれちゃいましたけど」
「へえ、そうなのかい。初めて聞いたよ。あんた、ジン君、かなり遠くからやって来たみたいだねえ」
「ええ、たぶん」
「たぶん? どういうことだい?」
そこで仁は、ぼかした説明をする。自分が異世界から来たということは隠し、単に『転移門』の暴走でここへ来てしまった、と。だが。
「転移門? 何だいそりゃ?」
通じなかった。
「え、と。転移門っていうのは、特定の2箇所を一瞬で移動できる魔導具、といえばいいか……」
「魔導具? まさか古代遺物なのかい?」
「古代遺物?」
「なんだい、しらないのかい? 古代遺物っていうのは、あの『魔導大戦』の前に作られた魔導具のことだよ」
「魔導大戦?」
また知らない単語が出てくる。
「本当に、どこから来たんだろうねえ、あんたは。……魔導大戦、っていうのは、300年くらい前に起こった、人類と魔族の戦争のことだよ」
そんな情報は知らない。
「もう少し詳しく教えて下さい」
「あきれたねえ。まあいいけどさ。300年前、それまで別の大陸にいた魔族が突如攻めてきたんだよ。それで、それまで小競り合いしていた国なんかが滅ぼされてさ。これではいかん、ってんで、大国の……なんてったっけねえ、ああ、そうだ、ディナール王国のディナール1世が残った国をまとめて、魔族に対抗したんだよ」
「はあ……なるほど」
300年前ということは自動人形が仁を見つけるため、異世界を探し回っていた頃。知らないわけだ。
「死闘に継ぐ死闘でねえ、大陸の人口も3分の1に減ったと言われているんだよ。その時、魔法使いが活躍したんだけどね、魔族最後のあがきと言われる魔素暴走で、魔力を持っていた人の半数以上が死んだっていわれていてねえ」
「そういうことなんですか」
戦争で人口が減り、戦火で町が、文明が焼かれた。そして文化の担い手である魔法使い=貴族が激減した。なのでこの世界は1000年前と変わらない、いや下手をすると1000年前より遅れてしまっているのだ。
「わかりました、説明ありがとうございます。で、おかみさんのお名前、俺はまだ聞いてないんですけど」
「あれ、そうだったかね。あたしはマーサ、よろしくね」
「マーサさん、ですね、よろしく」
他にもマーサからはいろいろなことを聞いた。このカイナ村がクライン王国に属するとか、戸数が29戸、だとか。
そして今は春。この世界の1年が357日で、1年は51週間、1週間が7日、これは1000年前と同じ、と仁はいくらか安心した。
転移門の暴走でさらなる異世界へ飛ばされた可能性だってあったからだが、ここはアドリアナ・バルボラ・ツェツィのいた世界である可能性が高い。
(まあいいか)
と仁は思う。どうせ拾った命だ。お腹も膨れ、人心地の付いた仁はベッドから出て、上着を着た。ポケットにはルビーとナイフ。そのルビーを1つ取り出し、
「あの、助けてもらったお礼に、これをどうぞ」
「何だい、これは……!」
ルビーを見て驚くマーサ。
「宝石だろ? こんなのもらえないよ!」
「でも、俺にはこれくらいしかお礼が出来なくて」
「お礼が欲しくてあんたを助けたわけじゃないよ。いいからそれ引っ込めとくれ」
マーサに睨まれ、ルビーを引っ込める仁。
「でも、それじゃあ……」
「じゃあ、しばらくこの家であの子の話し相手にでもなってやっとくれ。両親亡くしてから寂しいんだよ、あの子は」
マーサしか大人を見ないからどうしたのかと思っていた仁であったが、それを聞いて納得がいく。
「わかりました、それだけじゃ何ですのでお手伝いもさせて下さい」
「ふふ、それならいいよ。それじゃあ、しばらくはこの部屋つかっていいからね」
飢え死にしそうな所を助けてもらった恩返しに、しばらくこの村で過ごそうと決めた仁であった。
どうしても初めのうちは説明が多くなりがちです……