35-45 奇襲
「わかった。十分だ」
『ヘレンテ』から情報を聞き出していた老君操る仁の分身人形が言った。
《そうか。私はこれ以上協力はできそうもない》
そう告げて『ヘレンテ』は部屋を出ていく。その姿が見えなくなった時、
「よし、今夜決行だ」
老君ではなく仁がそう決定した。
* * *
『そうですね。時間をおいてもこちらに有利になることはないでしょうし』
「俺もそう思う。可能性があるとすれば奇襲か?」
『それが有効でしょうね』
「そうだよな。あとは不可視化発生機や魔力妨害機、エーテルジャマー、魔法無効器も必要だな」
『ヘレンテ』に聞いたところによると、『統括頭脳』をはじめ、『オノゴロ島』に所属するゴーレムは、『人間』を殺害することはできないよう設定されているという。
ただし、それと意識せずにした動作、例えば振り払った腕がぶつかり、当たり所が悪く……というような不慮の事故は例外となっているようなので、油断はできない。
エネルギー供給系も、独立しているということなので、こちらから干渉はできそうもない。
「可能性があるとすれば……」
『転送機、ですね』
「そうなるな」
転送機で『統括頭脳』の近くまで送り込めば、あるいは。
残念ながら『統括頭脳』の周りには『魔法障壁』が張られているので、その手前までしか送り込めない。
そこをなんとかして『統括頭脳』に辿り着き、『超小型魔導機』が付着しているかどうか確認したい。
そして付着していたならそれを除去する必要がある。この世界の平穏のために。
だが、ここで1つだけ問題が生じる。
「老君でないと転送機は使えないんだよな」
今『オノゴロ島』にいる仁の分身人形と礼子が、一旦蓬莱島に戻ってこない限り、転送機の恩恵は受けられないというわけだ。
「緊急脱出用の転送装置は持っているから……」
転送装置は、かつて魔族領を『デキソコナイ』から解放した際に開発したもので、それを持っている者を短距離転移してくれる。
これを使って『オノゴロ島』の勢力範囲を抜け、例えば『コンロン3』などに搭載している転移門を使って蓬莱島に戻り、改めて転移する、という手順を踏むことになる。
『できるだけ短い時間で行わないと、警戒されて特殊な障壁を張られたら計画は破綻しますね』
「そうなんだよな」
どう急いでも数分……2分から3分は掛かるだろう。それだけあれば『統括頭脳』は十分に警戒態勢を取れる。
この問題を何とかする必要があった。
『御主人様、分身人形を使うことは諦めた方がよろしいかと思います』
「やっぱりそうかな?」
『はい。分身人形の自律性はほとんど無きに等しいですし、操縦出来なくなったらそれまでです』
「そうだなあ」
『ここは礼子さんにお任せすべきです』
「それしかないか……」
おそらく、今いる場所からさらに地下深く。準備は入念にする必要がある。
「桃花、転送装置、魔力妨害機、エーテルジャマー、魔法無効器……か?」
礼子には魔力貯蔵器も内蔵されているので、この面では心配はない。
「あとは強力な魔法障壁か」
『魔導無効化』の結界対策である。
『そうですね、それだけ準備すれば大丈夫かと。あとは礼子さんにお任せするしかありません』
「よし、すぐに準備開始だ」
『はい』
* * *
1時間掛けて仁と老君は準備を整えた。
同時に、礼子には魔素通信機で計画を知らせてある。
『お父さま、万事お任せください』
頼もしい答えが返ってきていた。
* * *
「では、いきますか」
礼子は『独房』の中で立ち上がると、まず特製の転送装置を起動した。
瞬時に礼子は『独房』の外に出る。
『覗き見望遠鏡』を使い、特別に調整した転送装置なのだ。
『不可視化』状態になり、礼子は『ヘレンテ』から聞き出した、『統括頭脳』の下へ向かった。
「この壁のはずですね」
一見ただの壁だが、『音響探査』を使えば、一部に空洞があることがわかる。非常用の通路だ。
「『ヘレンテ』さんの話だとこのあたりに……」
床を見つめる礼子。その目は、ほんの微かな凹みを捉えた。
「この凹みの真上……」
今度は天井を見つめる。
「あれですね」
天井にあるのは出っ張り。礼子は軽く飛び上がると、その出っ張り部分を軽く押した。
すると、壁に開口部が生じる。
「これが通路の入口ですね」
いささかも躊躇うことなく、礼子はそこへ飛び込んだ。
「非常通路を開いたことは、おそらく『統括頭脳』の知るところとなったでしょう」
その先にあった螺旋階段を、文字どおり飛ぶような速度で駆け下りていく礼子。
「……これじゃあ遅すぎますね」
次の瞬間、礼子の身体は宙に浮いた。『力場発生器』を使ったのである。
さらに速度を上げて地下へと突き進む礼子。
100メートルほど潜ったところで急停止。
「隔壁、ですね。ここは非常時……自由魔力素が枯渇しないと開かないんでしたね。お父さまはこれについて……」
『原理的には難しくない。バネや重力を利用して、開いた状態がデフォルトな扉を作り、それを魔法で閉じてしまう。
自由魔力素がなくなれば扉は開く、と、こういうわけだ』
「と、仰っていましたね。ならば」
礼子は魔法無効器を扉周辺目掛けて照射した。
10秒ほどすると扉が開く。
「お父さまの予想どおりですね」
さらに礼子は下を目指した。
もう200メートルは潜っただろう。再度歩みを止めた礼子の前には、頑丈そうな隔壁が立ちはだかっていた。
「……ここは暗証番号を入力することで開くんでしたね。そしてそれを知っているのは『統括頭脳』だけ」
さらに言うと、反対側からは簡単に開くらしい。非常用の通路なので、脱出時には簡単に設定されているのだろう。
「ぐずぐずしてはいられませんね」
礼子は背中の桃花を引き抜いた。
「はっ!」
刹那の間に4回振り抜かれたその刃は、厚さ20センチの隔壁に四角い穴を開けたのである。
一瞬遅れ、轟音と共に切り抜かれた隔壁が床に落ちる。
《お前はいったい何者だ》
その向こうには、まさしく『統括頭脳』があったのである。
それは直径1メートルほどの金属製の半球。
そして礼子は、その半球状の表面に、7つほどの黒い突起……『超小型魔導機』が付着していることを確認した。
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ちょっと外出予定がありまして夕方までレスできないかもしれません、御了承ください。
20161025 修正
(誤)可能性があるとすれな奇襲か?」
(正)可能性があるとすれば奇襲か?」




