32-30 隠遁所
いよいよ仁たちはコイヘル村へ向かうことにした。
「いやあ、さすが『魔法工学師』ですな!」
「空を飛ぶ乗り物! かの『賢者』様が仰っておられたとおりだ!」
『コンロン3』を見に、町中の人が集まって来たのではないかと思う程の人だかり。
そんな中で、仁は町長ファドンに挨拶をしていた。
「お世話になりました。またそのうち」
「いつでも歓迎致します、二堂様」
町の人たちも、興奮はしているが、殺到してくることはなく、節度を持って見送ってくれた。
このあたりは人々の気風もあるのかもしれない。
* * *
「ほら、あそこがコイヘル村だ」
ものの数分で着いてしまう。
大騒ぎにならないよう、村から見えない距離に着陸することにした。
幸い、小さな起伏があってその陰に降下することができた。
「見られていないかな?」
「大丈夫です。『不可視化』を使っていましたから」
エドガーの説明に、全員納得する。
「よし、行こう」
今回もエドガーを留守番とし、仁たちは『コンロン3』を降りた。
荷物は『染料』と交換するための物資だ。お金でないのはグースの進言による。
歩いて村に向かうと、畑仕事をしていた村人が声を掛けてきた。
「旅人さんかね?」
「ああ、そうばい。……アネットさんち人、知りまっしぇんか?」
会話はグースに任せることになっている。
「アネット? ああ、長老のお孫さんやね。今日は家にいるはずたい」
「その家はどこやろうか?」
「村外れ……いや、村から少し離れた林の脇ばい。ここをずーっと行って、あの大きな木を左に行けば見えてくるとよ」
「ありがとう」
村の中かと思ったら、村の外に住んでいるようだ。隠遁生活をしているらしい。
仁たちが教わったとおりに歩いて行くと、林の脇に中くらいの家が見えてきた。
「ちょっと他とは違う様式だな」
どちらかというと日本家屋に近い部分もある。
近付いていくと、家の前にある小さな畑を耕していた中年男性が顔を上げ、仁たちを見、
「おや、珍しい。お客さんかい」
訛りのない言葉で言った。
「はい。ええと、アネットさんという方はいらっしゃいますか? ナデのファドンさんからの紹介状を持って来たんですけど」
「おお、ファドンさんか。達者だったかい?」
「ええ、歓迎されました」
「そうかい。それは重畳。私はアネットの亭主でガウェルという」
「グースと言います。こちらは友人のサキ。それに仁とその奥さんでエルザ」
「よろしく」
「ああ、よく来てくれた。それじゃあ家へどうぞ」
「お仕事のお邪魔して済みません」
「なんの、ただ冬に向けて畑を打ち直していただけだ。気にしないでくれ」
そういいながらガウェルは家の扉を開け、一行を招き入れた。
ここも玄関で靴を脱ぐ様式だった。やはり『賢者』の影響だろう。
「おお、ガウェル、お客人か」
「ああ、祖父様、ファドンさんの知り合いで、アネットへの紹介状を持っているそうです」
「え、私への?」
奥から出てきたのは白髪白髯の老人。そしてその後ろから、小柄な中年女性が顔を出した。この女性がアネットだろう。
「アネットさん、お久しぶりです」
「ええと……ああそう、グースだったわね。ナデの町で2、3回顔を見た覚えがあるわ」
「これアネット、立ち話しとらんで、部屋へ案内せんかい」
「ああ、そうね。皆さん、こちらへどうぞ」
案内されたのはいかにも応接間、といった佇まいの部屋であった。
そこは板の間で、低めのソファとテーブルが置いてある。
エルザ、仁、グース、サキの順で座る。礼子は仁の真後ろに立った。
相手をしてくれるのはアネットである。
「そっちのお嬢ちゃんもお座りなさいな」
礼子を自動人形と知らないアネットが声を掛けるが、礼子は応じない。
「いえ、わたくしは……」
おそらくその後は、『従者ですのでここで結構です』と続けようとしたのであろうが、面倒事を避けようと仁が礼子を呼ぶ。
「礼子、こっちへおいで」
「はい、お父さま」
仁の言葉には素直に従う礼子。
「ここにお座り」
仁は自分の膝を指した。
「え、でも……」
「いいから」
「……はい」
それを見届けたグースは、預かっていた紹介状を取り出し、アネットに手渡した。
「間違いなくファドンさんの字ね。……ふうん、『虹色芋虫』の染め粉が欲しいの?」
「はい、そうなんです」
「ということは、魔法が使えるのね? あの染め粉は魔力を加えないと色が変わらないから」
「ええ。仁とエルザさんは魔導士であり、『魔法職人』です」
フソーやミツホで一般的な『魔法職人』と紹介したグースであった。
「染め粉のお代としては、こういうものを考えています」
仁は、用意してきた荷物の中から、幾つかの道具・魔道具を取り出した。
「これは『ライター』です。このボタンを押すと火が着きます」
ビーナと作った『魔石』式ではなく『魔結晶』をエネルギー源としているので、この程度の火をおこすだけなら10年は保つ。
「それから、こちらは『浄水石』です。濁った水の中に入れておくと、数秒できれいな水になります」
公衆衛生を考えつつ開発した魔導具で、『浄化』『殺菌』の魔法効果が付与されている。
本来は排水溝や汚水溜め、浸透式便槽などに投入して使うものだ。
「それに……」
「ちょ、ちょっと待って。そんなに『虹色芋虫』の染め粉の在庫はないわ」
「は?」
どうやら、仁が持ってきた魔導具は、高い評価がもらえたようだった。
「それじゃあ、『虹色芋虫』の染め粉500グラムと、このライター、浄水石の交換でいいのですか?」
「ええ、それで十分。ありがたいわ」
こうした隠遁生活をしているなら、確かにライターと浄水石は役に立つだろう。
「それにしても、ライターはともかく、浄水石の効果ですが、よく信じてくれましたね」
言わずもがなのことを言う仁に、アネットはにっこりと微笑んだ。
「ファドンさんが貴方のことを『賢者』の再来、と言っていたからね」
どうやら紹介状に仁のことが詳しく書かれていたようだ。
「できたら、『賢者』様のことを話して欲しいのだけれど」
「ええ、いいですよ」
ミツホやフソーで『賢者』が慕われていることはよく知っているので、求めるものを手に入れた仁は、そのお礼も兼ねて、話して聞かせよう、と思ったのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20160628 修正
(誤)礼子は仁の間後ろに立った。
(正)礼子は仁の真後ろに立った。




