28-31 存在意義
カイの骨格はアルミニウム、銅、マグネシウムの合金であった。
一般に言う『超ジュラルミン』と呼ばれるアルミ合金である。
「ユニーって、アルミニウムが豊富なんだっけ?」
『はい、御主人様。どうもそのようです』
ならばこの材質も頷けるというもの。
「うーん、アルミニウム系の魔導合金はまだ開発したことがなかったな……」
ここで仁はちょっと横道に逸れ、アルミニウム合金を研究することにした。
「まずは定番のミスリル添加だ」
銅の半分をミスリル銀と置き換えてみるところから始めた。
「ふむ、やっぱり強化はされるな」
魔法により強化度合いが明らかに増したのである。
「とりあえず時間もないから、ミスリル銀の適正な添加量を決めるところまでにしておくか」
あくまでもカイの改造がメインであるので、時間を割きたくなかった仁は、手早く実験をしていった。
「ふむ、最初の割合が一番いいのか」
超ジュラルミンはアルミニウム94パーセント、銅4.5パーセント、マグネシウム1.5パーセントの比率でできている。
その銅の半分つまり2.25パーセントをミスリル銀に置き換えることで、魔法による強化が最も効率良く行われることがわかった。おおよそ2.5倍の強度が得られる。
「『マギジュラルミン』とするか」
体積変化はほとんどないので、そのまま『添加』と『合金化』を行う。
「いつ見ても、ジン兄の作業はすごい」
特に、金属を扱っているときの仁は神懸かっている、とエルザは感嘆した。
それというのも、現代日本でいた時に習い憶えた金属知識に加え、仁自身がそういった金属加工が得意であり、好きであったことが一番の要因であろう。
閑話休題。
カイに用いる新素材、『マギジュラルミン』の開発も済み、筋肉組織をどうするかの検討をする仁。
「骨格の強度からいって、標準品で十分だな」
「ん、そう思う」
標準品は地底蜘蛛の糸を特殊な撚り合わせ方で束ねたものだ。これでも世間一般のゴーレムに比べて2倍から5倍、使い方次第では10倍近い出力を取り出せる。
「あとは制御核のアップグレードだな」
蓬莱島基準並品(世間的には上級品)の全属性魔結晶を用いて置き換えることにする。
「魔導神経も取り替えておこう」
このように要所要所でグレードアップを行い、隷属魔法対策まで施した後、再組み立てを行う。
およそ2時間半で作業は完了した。
「こうしてみると、この『カイ』は、旧レナード王国の技術を使ってユニーで作られたものみたいだな」
「ジン兄、どうしてわかるの?」
「ほら、『認証鍵』がレナードの逆綴りだったことから、作ったのが旧レナード王国の関係者じゃないかと思ったんだ」
「ああ」
「まあ、外れているかもしれないけどな」
そう言いながら仁はカイを再起動する。
「これでよし。『起動』」
「はい、ご主人様」
カイが起き上がった。改造前よりも滑らかな動作だ。
「どうだ、調子は?」
カイは自己チェックを行ってから答えた。
「はい、上々です。ありがとうございます」
「よし、これからもミロウィーナさんを守ってやってくれよ」
「はい、承知しております」
こうして、ミロウィーナ付きのゴーレム、カイはより性能を増し、改めてミロウィーナに仕えることになった。
「さて、あと一つ」
「ジン兄、まだ何か?」
エルザが時計を見て顔を顰めた。
「大丈夫。すぐ終わるよ。ミロウィーナさんに『仲間の腕輪』を作っておこうと思って」
「ああ、なるほど」
作り慣れた作業ゆえ、すぐに終わる。
色は銀地に金のストライプとした。
「よし、完了」
ようやくやりたかったことを終えた仁は、満ち足りた思いで床に就いたのであった。
* * *
翌日、7月2日。
朝食を食べ終えた仁は、ミロウィーナに『仲間の腕輪』を差し出した。
「まあまあ、ジン君、なあに、これ?」
「これは『仲間の腕輪』といいまして、障壁が張れます。他に、個人認証や、通信もできます。あ、あとライトにもなります」
「まあまあ、ありがとう、ジン君」
「一番の機能は老君からの遠隔操作で障壁が張れることですね。こちらが見落としていた場合でも安心です」
機能を説明する仁、ミロウィーナはそれらをすぐに覚えた。
「あ、それから、カイを少し改良してありますので、護衛としても役だってくれると思いますよ」
「……ジン兄」
ちょっと磨いておいた、みたいな軽さで言わなくても、と思ったエルザであったが、
(ミロウィーナさんに負い目を感じさせないため?)
と気が付き、口を噤んだ。果たしてその推測が正しいかどうかはわからない。
だがミロウィーナはそれを聞いて素直に喜んでいたので問題ないだろう。
「まあ、何から何までありがとうね、ジン君。カイ、これからもよろしくね」
「はい、ミロウィーナ様」
同日昼、仁の下に報告が入った。
『御主人様、ネトー川中流域に遺跡を発見したとランド51から報告がありました』
「お、やったな!」
ちょうど昼食を食べ終わったところだったので、仁は急いでお茶を飲み干すと、片付けをソレイユに任せ、礼子と共に司令室へと向かった。
少し火傷した舌に、自分で『治療』を掛けながら。
エルザとミロウィーナはお茶をゆっくり飲んでから向かうことにした。
「……ふんふん、だとするとちょっと望み薄かな?」
エルザとミロウィーナが司令室に着いた時に見たものは、少し失望したような仁の顔であった。それが気になったエルザは声を掛ける。
「ジン兄、どうしたの?」
すると仁は振り返り、
「……1つ目の遺跡は望み薄みたいだ」
と答えた。
そこでエルザは画面を覗き込み、映し出された映像を見て納得がいった。
「……ひどい」
「だろ?」
遺跡があったと思われる場所は穴だらけ。何十年、もしかすると100年くらい前に、大規模な掘り返しが行われたようである。
それが遺跡に眠っているかもしれないお宝を狙ったものか、それとも鉱石などの地下資源を採掘するのが目的だったのかは今となっては定かではないが。
「時の流れって怖いわねえ」
横から覗き込んだミロウィーナも感想を述べた。自分の故郷が荒らされているのを見るのはやはり辛いのだろう。
穴は縦穴だったり斜め下に掘られていたりして、さながら蟻塚のようにも見えなくはない。
「旧レナード王国は鉱物資源が豊富なので、ここも鉱物資源を狙っての鉱山だったのかもな」
仁がぼそりと呟いた。
「ジン兄、ここが遺跡だったって、どうしてわかったの?」
これだけ荒らされているのになぜ、と尋ねるエルザ。
「ああ、それはな……」
仁が何か合図をすると画面が切り替わった。
「あ……」
画面に映っていたのはランド隊。彼等は手に何かを持っている。
否、何かではなく……。
「遺跡の、欠片?」
大きさはまちまちだが、白っぽい緻密な石でできており、表面には文字が刻まれている。
何が書かれていたかは、バラバラになってしまっているのでわからないが、ところどころに『記録』『レナード王国』『残す』などと読み取れる語があるので、壁画の一部であったろうことが想像できる。
また、別のランドたちは、朽ち果てた魔導機の部品を手にしており、辛うじて読める魔導式から、おそらく元は魔導頭脳だったらしいことが窺えた。
「そうとしか思えないだろう? 残念だが」
もちろんランドたちは周辺だけでなく、地下も探しており、これらは地下にあった大ホールとその奥の隠し部屋めいた場所から見つけてきたのだという。
「ジン君、こういうこともあるわよ」
意外なことにミロウィーナはあまり残念がらなかった。
「ディアアとカルナグで遺跡を見たからかしらね」
要は諸行無常を悟った、ということなのだろうか。
「そしてカイナ村の人たちを見たおかげね」
人の営みが続いていくことこそが自分のいた証、とミロウィーナは言う。
「自分の築いてきたものを託せる人がいるということは幸せなことよ」
記録を残すことよりも、遺跡を築くことよりも。
後継者を残すことが人間の存在意義かもしれない、とミロウィーナは微笑みを浮かべながら仁に諭すように言うのであった。
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