過去篇 弐 17 ゴーレムの作り方
朝夕には涼しい風が吹く季節になった。
弟子たちの成長ぶりを見たシュウキは、いよいよ、技術としての『ゴーレム』を教えることにした。
「このゴーレムは人間にできないことを代わりにやってくれるだろう。だが、このゴーレムに頼り切ってはいけない」
ここまでの道中、ミツホの一都市などにゴーレム工場を造ったシュウキであったが、それに頼り切りになる危うさをも理解していた。
しかし、そのリスクを補って余りあるほどの利点がゴーレム技術にあることは確かである。
「まずは基本。『魔岩』を使ったストーンゴーレムの作り方を教える」
「おおっ!」
噂に聞いたゴーレムの作り方を学べるとあって、高弟たちはともかく、新たな弟子たちの意気は高揚した。
この時代、原始的なゴーレムは実用化されていたが、それは一部の貴族・王族が独占しており、この町でできたシュウキの弟子たちは誰も実物を見たことはなかったのである。
『変形』『成形』などを駆使して、ゴーレムが形作られる。
行っているのは一番弟子のリーベスラウである。
「おおお……」
「これが……ゴーレム……」
初めて見る者も多く、数名から感嘆の呻きが漏れた。
「……で、このように人型を作ったら、胸部に魔導式を書き込んでいく」
魔法語は既に全員が習得しているので、シュウキの説明が理解出来ない者はいない。
人間よりも大きな胸部に、びっしりと魔導式が刻み込まれていった。
「このようになるわけだ。動かすための魔鍵語は『起動せよ』。止めるためのものは『停止せよ』となる」
シュウキがそんな説明をしている傍らで、アドリアナは己の考えに没頭していた。
(……あの魔導式、むねに書いてあるから、一部でもけずりとったらうごかなくなっちゃうわよね。ならないぶにかきこめば?)
独自のゴーレム技術に目覚め始めたアドリアナ。
(そう、ぜんぶを『融合』してしまうと、字もきえてしまうから、そのぶぶんはのこして……そうね、あとからかきかえられるようにふたをしておくという手も……)
だが、彼女が頭角を現すのはもう少し先のことである。
* * *
それから数日。ゴーレム講座は中級に差し掛かっていた。
「今まで教えた人体の構造を簡略化したものがこれだ」
横たわるのは鋼の骨格。かなり簡略化されているが、頭骨、胸骨、骨盤とそれらを繋ぐ脊柱がある。
「なぜ人間に似せるかといえば、ゴーレムの動作は人間を元にしているからだ。人間の動きを真似させるならば、身体構造も似せて作るのが合理的というものである」
(うん、お父さんのいうことはよくわかる。でも、なにもわからない、なにもできないはくしのじょうたいからきょういくしていくのなら、そのひつようはないんじゃないかな……?)
アドリアナの考えにもまた、一理ある。まっさらな『赤子』状態から始めるのであるから、例えば四つ脚の犬状態であってもそれなりに教育できるだろう。
(でも、じかんがかかるわよね……だからお父さんは『知識転写』をかんせいさせたいんだろうな……)
人間の知識を魔結晶に写し取る魔法は、シュウキが求めて止まない夢であった。
今できるのは『知識送信』。必要な情報を慎重に準備をした後に使うことで、対象に限定的な情報を送ることができる。
これを使い、ゴーレムに歩く、止まる、などの基本動作についての情報を送るのである。
だが、人間の記憶をそっくり丸ごと送ったり記録したりすることはまだ実現できていなかった。
(いつか、あたしがじつげんさせてあげるんだから……!)
アドリアナの密かな決意であった。
「そして、筋肉はこのように取り付ける」
「先生、どうして斜めになっているんですか?」
「ふむ、いい質問だ、誰かわかる者はいるか?」
高弟たち、古くからの弟子はわかっているので手を挙げない。一方、新しい弟子たちは皆、首を傾げていた。
「……」
「はーいっ!」
誰も手を挙げない中、アドリアナが挙手をした。
「アドリアナ、答えてみなさい」
「はいっ。にんげんのてやあしは、まげのばしだけではなく、ひねりもおこなうからです」
「正解だ。……よいかな?」
シュウキは右腕を前に伸ばすと、その手を捻って見せた。
「このようなことができるのも、筋肉が少し斜めに付いているからだ」
「おお、なるほど!」
弟子たちは一斉に声を上げた。
「わかったなら作業を始めよう。まずはこの筋肉からだ」
* * *
「……」
「…………」
「はじめてみたけど、おもしろーい!」
高弟たちと共に筋肉の取り付けを行っていた若い弟子たちは皆、慣れない作業に疲れ果ててしまっていたが、1人アドリアナは元気であった。
「とても勉強になりました」
いや、もう1人、町長の娘、シャトーネもまだまだ余力があった。彼女は手先がとても器用なようだ。
「今日はこれまでにしよう。明日は制御核について説明していく」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
若い弟子たちは頭を下げたあと、ほっとしたような顔で去っていく。
残ったのはアドリアナと……。
「先生、1つだけお教えいただけませんか?」
シャトーネであった。
「うん、何だね?」
「はい。魔法筋肉についてです」
「魔法筋肉?」
「そうです。素材に魔獣の革を使いましたよね? 魔獣の筋肉を使った方が効率がいいのではないのですか?」
わざわざ革を使わずとも、筋肉には筋肉を使えばよいのでは、とシャトーネは疑問を持ったのである。
「なるほど、当然の疑問かもしれないな。確かに筋肉としての使い勝手は良いだろう。だが、魔獣の筋肉には、大きな欠点がある」
「それは?」
「1つは保存性だ。筋肉部分の保存性は悪い。悪すぎる、といってもいい」
「あ……っ」
筋肉とは要するに『肉』である。『肉』は、そのままでは腐ってしまうため、保存方法として『干し肉』にする、『塩漬け』にするなどの方法を取る。
「乾燥させた筋肉では必要な力が出せないのだよ」
一方、革は違う。鞣した革には弾力と柔軟性があり、特定の魔力を流すことで縮んでもくれるのだ。
よって、魔獣の革は今現在、ゴーレムの筋肉組織として最適なのである。
「わかり……ました」
今度こそ納得のいったシャトーネは、一礼して去っていった。
「お父さん、まじゅうのかわいがいにいいそざいってないの?」
質のよい革でも、100年、200年保つかどうかは定かではない。
「うーん、ないなあ。もっといい素材があれば、もっと性能のいいゴーレムやオートマタが作れるんだがね」
「そう……」
シュウキのこの言葉を覚えていたアドリアナは、後年、素材の選定にも力を入れるようになるのである。
「さて、むずかしい話はここまでにして、少し散歩に行こうか」
「うん!」
「師匠、行ってらっしゃいませ」
高弟たちに見送られ、シュウキとアドリアナは手を繋いで出掛けた。
目指すはユルガノ郊外の小山。山では紅葉が始まっていたのである。
「わあ、きれい!」
「秋になると木々は色づくんだよ。そしてまた冬がやってくる」
「ふゆになるとお山にはゆきがふるね」
「ああ、そうだな」
シュウキは、アドリアナに一流の魔法工作士になって欲しいと思っていたが、それと同時に、心豊かな女性になって欲しいとも思っていたのだ。
母親がいないことを、アドリアナは一度もなぜかと尋ねたことはなかった。
子供心に、聞いてはいけないことだと薄々気が付いていたのかどうか、それはわからない。
だが、シュウキは、母親がいない分も、自分が愛情を注いで育てていきたかったのだ。この愛娘を。
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