28-21 蓬莱島への招待
『御主人様、『ジャック』から連絡がありました。ミロウィーナさんが、こちらへ来てみたいと仰ったそうです』
6月26日朝、老君から報告があった。
「お、そうか。それじゃあちょっと段取りを考えるか。エルザも頼むよ」
「ん」
『まずは蓬莱島に、でよろしいですね』
「そうなるな」
『では、ジャックと調整を取ってみます』
こうして、老君は、ユニー施設の管理頭脳『ジャック』と協議の結果、27日にミロウィーナを迎えに行くということが決まった。
因みに、ユニーでの標準時刻は、旧レナード王国首都と同じになっている。当然の措置であろう。
「まず俺と礼子、エルザがユニーに転移する」
「ん」
「開発した『滅菌結界』を渡して、簡単な説明をしたら、ここ蓬莱島へ連れてくる」
「ん」
「ここでいろいろと慣れてもらって……実際、予想もしないようなことが起きないとも限らないから、エルザには特に注意してもらいたい」
「任せて」
「で、まあ1日は様子を見てから……どこへ連れて行くか、だ」
ここからが決めかねている、と仁は言った。
「俺はカイナ村がいいかな、と思ってるんだが」
いきなり旧レナード王国、という案もある、と仁は言う。
「他の国がいい、という可能性はあるかな?」
ミロウィーナは旧レナード王国の唯一の生き残り。つまり正統な継承権を持つといっていい。実際、王家の血も入っているということだ。
「難しい、問題」
『ですが御主人様、ミロウィーナさんは国の再建を望まれているのですか?』
「それはない……と思うけど、聞いたことはないな」
『でしたら世界会議で紹介、という選択肢はなしでよろしいでしょうね』
「ああ、そういうことか」
いずれ、旧レナード王国の真実を知らせようとは思っているのだが、さすがに混乱を招きそうなので第1回目はパスしたいと思う仁であった。
『やはりご本人にお尋ねになるのが1番でしょう』
「やっぱりそうかな」
アルスのことをよく知らないはずなので、聞いても答えられないのではないかと仁は思っている。
「ジン兄、考えすぎじゃ?」
「そうか?」
「はい、お父さまはいつになく慎重に……といいましょうか、懇切丁寧な計画を立てようとしてらっしゃいます」
「……」
「ジン兄はああいう人に弱い」
母性を感じる女性に弱いという仁の弱点(性癖?)が出た打ち合わせであった。
紆余曲折、すったもんだの果て。結局、蓬莱島に招いてから先のことは本人を交えて相談する、ということになった。
* * *
そして6月27日。
「それじゃあ、行こうか」
仁と礼子、そしてエルザはユニー行きの転移門に足を踏み入れた。
行き先はユニー内部、隔離施設内に設置した転移門である。特別措置として、『しんかい』経由ではなく直通に調整してある。
《ようこそいらっしゃいました、ジン様、エルザ様、レーコ様》
ユニーの管理頭脳、『ジャック』の声が3人を迎えた。
まず仁は、持参した『滅菌結界発生機』を転移門に取り付けた。
これで、転移門経由で得体の知れない病原体が侵入することを防ぐことができる。
とはいえ、この隔離施設内は、恒常的に『殺菌』が掛けられているのであるが。
作業が済んだのを察した『ジャック』が話し掛けてきた。
《ミロウィーナ様の準備は整っておられます》
「わかった。これから伺う」
《お伝えしておきます》
そして仁たちは、ゆっくりとミロウィーナの部屋へ向かう。
似たような通路なので迷いそうであるが、礼子が一緒なので安心だ。
そして辿り着いたミロウィーナの『白い部屋』。
《ジン様、どうぞ》
扉が開いた。『ジャック』がミロウィーナに知らせてくれたようだ。
「いらっしゃい、ジン君」
そこには、すっかり顔色がよくなったミロウィーナが、自分の足で立っていた。
「こんにちは、お久しぶりです」
「おかげでこんなに元気になったわ。今回は、アルスに連れて行ってくれるんですってね。楽しみだわ」
「はい。まずはこれを付けて下さい」
仁は『滅菌結界』の発生機を手渡した。
「ありがとう。ジャックから聞いたけど、これを付けていると病原体から守ってくれるのね?」
「そうです。似たようなものはこの区画に使われているはずですが」
「確かにね。でもこんなに小さく、持ち運びはできないはずよ」
ミロウィーナは受け取った発生機を首から提げた。
「こんなペンダント型にしてしまうんですものね。ジン君はすごいわ」
「ありがとうございます」
「ジン様、ミロウィーナ様をよろしくお願いいたします」
ミロウィーナ付きのゴーレムが仁に向かってそう言った。
「もちろんだ。……お前にも名前を付けた方がいいかな?」
「ああジン君、彼には『カイ』という名前を付けたわ」
「はい、私は『カイ』です」
「そうか。カイ、お前も来るか?」
「よろしいのですか?」
「ミロウィーナさんのお世話をし慣れているお前がいてくれると助かることも多いだろうからな」
「わかりました。お伴致します」
『カイ』の外観は、ランドたちよりもやや細身で、小柄。
ミロウィーナの体格に合わせてあるらしい。歩行の補助などには、身長差がありすぎるとされる側が辛いので、妥当な措置である。
ミロウィーナとカイを加えた一行は転移門まで通路を歩いていった。
「まあ、これが転移門なのね。初めて見たわ」
転移魔法陣は見慣れていても、転移門は初めてと言って笑うミロウィーナ。
聞くところによると61歳だそうだが、楽しげに笑うその表情はまるで少女のようであった。
「では行きましょう」
《ジン様、ミロウィーナ様をお願い致します》
「行ってくるわね、『ジャック』」
そして一行は転移門内に消えた。
同時に蓬莱島の転移門内に出現。
仁はミロウィーナの手を取りつつゆっくりと歩き、転移門を出た。
今回だけは地下の転移門室ではなく、階段を登る必要がないように玄関ホールに仮設置してあった。
そのまま外へ出れば、陽光きらめく夏の蓬莱島である。
強烈な紫外線を防ぐため、遮光結界が張られていた。宇宙船開発時の副産物である。
紫外線のほとんどと、可視光線の50パーセント、それに赤外線の大半を遮る性質を持っている。
若干くらくなってしまうが、光線への耐性があまりないであろうミロウィーナのためである。
「ああ、何かしら、この香り」
海に囲まれた蓬莱島なので、潮の香りがするのだ。
「ミロウィーナさん、ようこそ蓬莱島へ」
そして仁は、定番になった言葉でミロウィーナを歓迎するのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20151202 修正
(旧)親切丁寧な計画を立てようとしてらっしゃいます
(新)懇切丁寧な計画を立てようとしてらっしゃいます
20181221 修正
(誤)2箇所、『カイ』のセリフが《 》で括られていたので
(正)「」に修正。
《》はジャックのセリフでした。
20210810 修正
(誤)アルスのことをよく知らないはずなので、聞いても答えられなのではないかと仁は思っている。
(正)アルスのことをよく知らないはずなので、聞いても答えられないのではないかと仁は思っている。