その三 北条さんのお楽しみ
オンラインゲーム事業部企画課 北条真琴さんは入社3年目です
その日も無事仕事が終わり───もちろん、支社内時間の一日だ───私は宿舎内の一室で、同期のななみさんとパジャマパーティーと言う名の晩酌を楽しんでいた。
男っ気がないのはしょうがない。
……私もななみさんも、誘いにくい相手が意中の人だからして。
「今日もおつかれさまでしたー!」
「かんぱーい!」
お風呂上がりはこれとばかりに、ビールの入ったジョッキをかつんと合わせる。
おつまみはゲーム内の試作品で、《リトル・ディアの干し肉》。
試食モニターという名目で、ななみさんがデータを押しつけられたらしい。
「ビーフジャーキーよりは癖が強いかな。
まあ、美味しい部類なんじゃないの?」
「そおねぇ、この間の《キョクホクコモチ魚の塩漬け》よりは……」
「あー……。
流石にあれは別格でしょ」
……モデルになった北欧名物として著名なニシンの発酵食品は知っていたが、本当に鼻がひん曲がると思った。
だが現行の『《神竜の夜想曲》』では、レシピの取得割合が意外にも低くない。これはゲーム世界であることが後押しをしていて、『らしさ』を追求するスローライフプレイには欠かせないこだわりの一品となっていた。非日常の中の日常を追求する人々は、何処か視点が違うらしい。
「まーでも、今日は早めに終わってよかったわ」
「そおねぇ……」
口元についたビールの泡をはしたなく手で拭いながら、私はあーあと大きく伸びをして寝ころんだ。
いつものことと言えばいつものこと。
つい先ほどまでは、私もななみさんも会議室で丁々発止の舌戦に付き合わされていたのだ。
▽▽▽
重苦しい雰囲気が、会議室───VR支社内に常設されているVRオフィスの一室───の中に漂っている。
対峙している二人とそれを静かに見守る私たち二人の温度差は、決定的に違っていた。
「数年の蓄積によって、このバランスが最適と解答は出ているだろう。
何故それを今更崩すのか」
これはオンラインゲーム事業部企画課の佐々木課長。
普段は冷静沈着の頼れる上司だが、さっきから三角おめめのまま相手を睨み付けていた。
私はまーた長引くんだろうなあと思いながら手元に小さなディスプレイを四つほど浮かべ、その内の一つを会議卓の中央へと送り出す。送られた内容は、この会議を視聴する関係者も同時に閲覧が可能な仕様になっていた。
「しかしな、予想されるプレイヤー層を考えれば、難易度の引き下げが妥当だぞ」
こちらは佐々木課長のライバルで同期入社という、開発部第一課の宮本課長。
ずいぶんと破天荒な人で、社内に残る伝説は数知れず。
この会議室には私も含めて四人きりだ。
残る一人、佐々木課長の隣に座る同期のななみさん───ななみ・中村・ガリリョさんから、パーソナルメッセージがとどく。
『マコちゃん、落としどころはー?』
私はほんの5秒だけ思案して、返事を送った。
『お客さんの中で一番の年下は、VRのRPG初体験の小中学生。
それとお客さんの中で一番世界に戸惑うのは、ファンタジーに興味のない引率のお父さんお母さん。
そこが焦点。……って佐々木課長が言ってた』
『了解。
うちも同じー』
私とななみさんはそれぞれ自分の上司の主張に対して補足説明を加えたり、あるいは説得力のありそうな資料をピックアップして、この会議を『視聴』している関係者に示すのが主な仕事だ。
専務からビジュアルデザイナーまで、その数およそ30名。支社内のデスクで作業中の人もいるし、圧縮率───時間の流れ───が違う別部署で結果だけを思考制御で受け取っている人もいる。
視聴者は投票権を持っており、会議はプレゼンテーションも兼ねていた。
「ゲーム開始最初の一日、チュートリアルに従ってクエストを選びフィールドに出たならば、この《ブラック・ラビット》は恐らくプレイヤーにとって最初の敵となる。
高すぎる経験値は、後々のフラストレーションの遠因にもなりかねない。
特に体感の連続接続時間の長いこのゲームだからこそ、全体のバランスが重要だと俺は思う」
「しかし、戦闘が苦手なプレイヤーが全て生産職に移行するノウハウを持っているわけでもなし、特に家族連れならそうそう転職は出来ないだろう。ある程度のフォローは当然するにしても、極度な救済は不公平感を産む母体だからな。
家族まとまって行動するにしても、初期の安い宿屋でさえ負担になりかねんぞ。
開始の数日あたりは、余裕過ぎるぐらいで丁度いい」
「だがな、その初期を通り越すのはほんの一日やそこらなんだ。
現行作の統計上では、高校生以下のVR初体験プレイヤーを含めてさえ、97%のプレイヤーは初日にレベルが上がってるだろう?
残りの3%にしたって、半分は経験者が意図的に主攻略から外れて遊んでいるのであってだな……」
「世界観にさえ慣れていない初日から数日は、余計なストレスは排除するべきだ。
この短期型、必ずしも来たくて来る人ばかりじゃないぞ? ……家族連れのお母さん方とかな。
いわゆるRPGやファンタジーのファンではなく、本当に普通の一般人なんだ」
二人は共に、『剣と魔法のサーガ』にはオンラインゲーム版が開発される以前から関わっているベテランだ。
宮本課長の隣に座るガリリョさんはいつものことと議事録をチェックしながら、苦笑しつつも私と同じように一つのディスプレイを表がえし、会議卓の中央へと送った。
この二人の課長、大は新規フィールドの導入から、小は《鍛冶匠》の《会心の出来映え》成功率(それも千分率以下の数値について……)まで、とにかく普段から意見が合わない。
いつもこんな感じで真っ向から意見を戦わせ、平行線を辿りながら相手の主張を折ろうと時に喧嘩腰で怒鳴りあうのだ。
二人が真剣にこのゲームのことを考えているのは周囲も理解しているし、結果を出してきた二人だからこそ、私たちも黙ってそのやり取りを聞いていた。
ちなみに現在俎上に上がっている題材は、うちの会社の看板ゲーム、『剣と魔法のサーガ』の現行シリーズをベースとした短期攻略型VRMMORPG(仮)の初期開始位置近郊に配置される雑魚モンスターの経験値を現在値の3expより1上げるかどうかという、元プレイヤーの私にしてみれば実に些細な内容だった。
開始から数時間もすれば装備も新しくなって、もっと強い敵のいるフィールドを狩り場にするのが普通で、あまり数を狩った覚えもない。
佐々木課長はゲーム内時間の極初期、半日でレベル1つ上がるぐらいが丁度モチベーションと歯ごたえのバランスが取れると主張し、宮本課長は新規且つRPG慣れをしていないプレイヤーが多く見込まれるのだから、極初期についてはストレスを低減する方向に調整すべきだと譲らない。
今話し合われている内容は、仕事をするようになってから知ったけれど、安易に片付けていい問題じゃなかった。
ゲーム慣れをしていないプレイヤーがこの『剣と魔法のサーガ』を気に入るかどうか、提供する世界が現状のままでよいのかどうかという重大な問いかけを含んでいる。『剣と魔法のサーガ』シリーズは間口が広いというか、個々のクエストやバトルも含めて比較的難易度の低いゲームとされているが、私が大丈夫だからと他人まで大丈夫とは言い切れない。
現に私は昔、『剣と魔法のサーガ』に妹を誘ったが、剣も魔法もお気に召さなかったようで、彼女は残念ながら他社の発売したファンタジー色は強いながらも戦闘のないゲームに鞍替えしてしまった。……姉の面目丸つぶれである。
私は追加で『剣と魔法のサーガ』シリーズの中でも非VR系統に属するゲームについてのアンケート結果や統計を呼びだし、テーブルに送った。
非VRのゲームには、特に法的な下限年齢は決まっていない。
エントリー用とも囲い込み用とも言える対象年齢が小中学生向けのMMORPGには、うちの会社も当然力を入れていた。それ故に、データも揃っているのだ。
将来の顧客たる彼らが『剣と魔法のサーガ』の世界を好きになってくれれば嬉しいことだし、それだけで会社は安泰だった。……私のように好きが高じ過ぎてヨカ・ゲームズに就職までするのは、ちょっとやりすぎかもしれないけれど。
「北条くん、これは?」
「はい、低年齢のプレイヤーが大半を占める、非VR系作品のアンケート結果と統計資料です。
こちらでは《ブラック・ラビット》の経験値は1、ドロップ品がない代わりに賞金1アグとなっています。
比率はおおよそ同じだったと記憶していますが、数値はともかく……7匹狩ればレベルは2に上がり、同時にギルド依頼を通さなくても一番安い宿屋に泊まって回復が出来るんですが、その次の段階はレベルアップより先に防具の買い増しが出来るように組まれていたと思うんですけど、如何でしょうか?」
「……そうだな。
たしか、あの時も揉めたか」
「exp4だと、先にもう一度レベルアップが来ます。
楽しみに変化を付けることでプレイヤーのモチベーションを上げると、以前お聞きしたように思います」
「今回はその点よりも、余裕の確保が狙いなんだよ」
「宮本?」
苦笑しつつも頭を掻いた宮本課長に、佐々木課長が溜息をついてみせる。
平行線が交わり始めたかなと、私はななみさんと顔を見合わせた。
「装備品は死に戻りで喪っても、経験値は減らない。
確実に一歩、進めるんだ。
佐々木、これは慣れないプレイヤーにとって重要だと思わんか?
長丁場だからな、飽きたからと安易にログアウト出来ないんだぞ」
「むう……」
「失礼します、発言してもよろしいでしょうか?」
「何かね、中村くん?」
「宮本課長が仰られた点に少し捕捉いたしますと、初期所持金でスタンダードに装備を揃えた場合、LV1で《ブラック・ラビット》から受けるダメージに耐える回数は《人間族》基準で8回です。
それに対しまして、レベル2に必要な経験値は20です。exp3の7戦で1レベル上がるのと、exp4の5戦で1レベル上がるのとでは、安全係数に大きな差が出ます。
一戦ごとに2回以上の攻撃を貰うことはないとは言い切れませんから、初心者が多いことを考慮すればこの修正は大きな意味を持ちます。
初日から死に戻って嬉しいプレイヤーなど、寡聞にして存じません」
「それもまた、真実だな」
佐々木課長の声は、いつもの如く低かった。
結局、《ブラック・ラビット》の経験値については従来のまま3expにすると、半時間ほどで決着した。
決め手はVR、非VRを問わず、最弱級のモンスター経験値の比率がほぼ統一されていてバランスが取れていたこと。そして世のゲ-ムプレイヤーでも恐らく最年少であろう小学校低学年の子供達が、それに十分対応していることだった。
「6から9歳の子供と言えば、学校の教室で先生に『授業中は静かにしましょう』と言われて、守れるかどうかも怪しい年齢だ。その彼らに対応できて、12歳の少年少女が理解できんこともあるまい。
なに、ふりがなと意味の説明がきちんと記載されていれば、小学生向けの本に大人でも難しい漢字があってもいいんだ。
それを補うのが大人や教師の仕事であり、このゲームなら運営である俺達の仕事だろう」
そう口にした佐々木課長が押し切り、宮本課長が折れた。投票の方も、佐々木課長18に対して宮本課長12で、佐々木課長の案に軍配が上がっていた。
でも、宮本課長の反論も一部は通っている。
β版に向けて決定された仕様には、救済措置の複数多元化───所持金の少ないプレイヤーに声を掛けて自宅の寝床を提供してくれるNPCや、救済クエストの追加───が盛り込まれることになった。
▽▽▽
そう、いつものことと言えばいつものこと。
プライベートでは仲のいい佐々木課長と宮本課長も、今頃はビール片手に部屋飲みだろうか。
「もう一杯飲もっか?」
「うん」
私はウインドウを操作して古いジョッキを消去し、新しいジョッキに入れ替えた。
……ななみさんとお互いに愚痴をこぼして友情を確かめ合うのも、いつものことだ。
互いの上司が仕事に中途半端な妥協がないのはいいことだけど、もうちょっと柔軟性を期待してもいいんじゃないかなと、私たちは思っている。
「そうだ、話変わるけどさ」
「なあに?」
「さっき発表があったあれ、マコちゃんどうする?」
「あれかあ……」
あれとは、今は準備段階である『短期攻略型VRMMORPG(仮)』の専任部署の事だ。
公式サイトの準備こそされているが社外未公表、現実時間ではもう二ヶ月も無い今年の夏に合わせたトッププロジェクトだった。
その仕事は多岐に渡るが、特にNPCの中の人───運営側が用意するNPCも時にプログラム任せではなくイベントやサポート等必要に応じて直接操作する───に人数不足が見込まれていて、社内報に『剣と魔法のサーガ』経験者組の中から希望者を募るという記事が出ていたのだ。
三サーバーを交互に稼働させるから最低でも直接の運営チームは三セット必要で、そこに広報や総務がくっついた大きな大きな部署になるらしい。
「ちょっとは興味あるけどねー」
「マコちゃんはプレイヤー経験あるし、いいんじゃないの?」
「うーん……」
佐々木課長が行くなら行こうかなと、私は片目をつぶってみせた。
新しい仕事に、大好きな上司。……割といいかもしれない。
拘束時間は長いけど、それ以上に楽しみもあるのだから。