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雨の日るるるるる

作者: 中崎恵里加

雨が窓を叩く音だけが響いていた。


十号館の最上階は静かな時間が流れている。


人の少なさに関して言えばここは大学内でも屈指の穴場なのだ。


大学生活を満喫している人間はまず知らない。しかし、ぼくだけが知っている場所というわけでもなく、いくらかの学生が弁当を広げている。


それでも静寂が守られているのは、最上階にいる学生がぼくと同じような立場だからだろう。


一歩でもフロアを出れば笑い声が耳に届く。自己顕示するみたいに口を大きく開けて汚い声を挙げる連中、髪を明るく染めてオシャレだと勘違いしている連中。そんなやつらから逃げるようにぼくらは自然と集まった。


ここは楽園だった。大学において十号館最上階フロアだけがぼくらの安息地。


ぼくらは互いの名前すら知らない。どこかで会っても話をせず、会釈すらなしにすれ違うだけだろう。気づきもしない人間もいるはずだ。


ぼくにはそれが苦痛としか思えなくなっていた。


自宅と大学キャンパスとの往復だけしかしない毎日が無為に過ぎていく。


誰とも会話せず講義に出るだけで、ぼくは大学四年間を終えるのだろうか。何者にもなれず、何も残せず、単位だけを取得して卒業する。

 

 そんな未来がぼくを襲う。不安で胸が焼けそうだ。

 

 しかし、腰が重く立ち上がれない。

 

 外の連中ならこんなとき周りを巻き込みながら楽々と走り回るのだろうか。失敗を苦にせず自尊心も邪魔しないそんな連中がたまらなく羨ましい。


「隣いいですか?」


 最初はぼくに話しかけているとは思わなかった。だから反応が遅れた。


「座ってもいいですか?」


 いつの間にかぼくの隣には見知らぬ女性が立っていた。

 

 ただでさえ人数の少ないフロアで見知らぬ異性が隣に腰を降ろすなどあり得ないと訝しみはしたが、ぼくは素直にうなずいた。


「このあとの講義同じクラスですよね。宿題ありました?」

「プリント二枚を翻訳」


 どうやら英語の講義で一緒しているらしい。しかし、どういうつもりだろう。楽園で誰かに接するなどルール違反ともいう行為なのではないか。


「マジですか。忘れてました。というかプリント持ってないよ」


 ぼくの言葉を聞き、女性が慌てて頭を抱える。


 知るか。宿題をしていようがしていまいがぼくには関係ない。話しかけないでくれ。


 仲間だと思っていた名も知らない楽園メンバーの視線が痛い。背中から汗が吹き出ている。


「よかったら、コピーするか?」


 よほど焦っていたのか、普段なら決してしないような提案をしていた。


「いいんですか! ありがとうございます!」


 女性の喜びように困惑しているうちに手を掴まれて立たされる。


 すぐに手は離されて、女性は歩き出した。


 一刻も早くコピーを確保したいのだろう。


 ぼくはその後ろを歩きながら考えた。


 手をつないだのはいつぶりだろう。幼稚園以来かもしれない。

 

 ほんの一瞬の出来事だったが恥ずかしさで顔が火照っている。


 そんな顔の熱さを紛らわすようにぼくは口を開くことにした。


 とりあえず、女性の名前を聞こうと。

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