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83/84

その83

 別れて欲しい、と言って、はいそうですか、と了承するような人でないことは分かっている。

 しかし、是が非でもそうしてもらわなければならない理由がある。

 いや、想いがあると言うべきか。

「聞いて、キョウスケ」

「もう十分に聞いたよ。そんなバカな話、これ以上聞く気ない」

 恭介の瞳は真剣な色を宿している。

 結子は、その目に斬りかかった。

「わたしにはヤマトがいるの」

「知ってるよ、そんなことは。最初から知ってた」

 恭介は簡単に答えた。

 結子は自分の後ろから、「おい、変な言い方するなよな!」という声を聞いたが、無視した。目の前の人に向かって、

「最初から?」

 訊くと、

「ユイコ、もしかしてオレのことバカだと思ってないか?」

 恭介は、呆れたようでもなく、逆に訊き返してきた。

 思ってない、と結子が答えると、

「だったら、ユイコがバカだってことになるな」

 なかなかの連撃である。

 結子は、そうかもね、とそれを受け流したあと、

「でも、バカでもこれだけは分かるよ。わたしはクサレ縁から逃れられない。それで、わたしと付き合う人を傷つけるわけ。大事な人を」

 逆に切り返した。

「オレは傷ついたりしない」

「そう?」

「ああ」

「じゃあ、良かった。傷つく人が一人減ったわけだね」

「オレの他に誰が?」

「わたし」

 恭介は、ぐっと瞳に力を入れた。

「オレは別れたりしないけど、仮に別れたとしたって、じゃあ、ユイコはどうするんだよ。誰と付き合ったって、そういう状態だったら変わらないと思うけど」

「キョウスケ」

「うん?」

 結子は、恭介の目をしっかりと見据えて言った。

「そんなこと、まだ考えてないよ!」

 考えてないけれど、とりあえずこの目前の人を、クサレ縁とのうだうだに付き合わせる気はもう無かったのである。

「キョウスケにはもっといい人がいるよ。さっきの川名さんみたいな」

 さきほど見た恭介と川名女史のツーショットは本当にお似合いだった。

「川名にはカレシがいるよ」

「川名さんじゃなくてもいいんだよ。ああいうような人がキョウスケには似合うと思う」

「ユイコ」

 恭介の声音は静かである。

「なに?」

「勝手に決めるな。キミは子どもの着る服を毎日決めてやる親か。オレに似合う人はオレ自身で決める。それがキミなんだ」

 恭介の言葉は地を震わせたようである。

 結子は足元がぐらりと揺れたのを感じた。

 あるいはそれは彼女の心底が動かされたからかもしれない。

 結子は後ろを振り向くと、明日香の名を呼んだ。

「なに?」

 いきなり自分の名を呼ばれて、明日香はちょっと驚いたような顔をした。

「わたしのこと嫌い?」

 結子が続けると、明日香は反射的に開きかけた口を閉じて、ちょっと我がカレシを見るようにした。

「なんか真面目な話みたいだから、真面目に答えてやってくれ」

 大和が言う。

 明日香は心を決めたようにうなずくと、結子の方に向き直って、

「大嫌い」

 よく通る声で言った。

「ありがとう」

 結子は再び恭介を見ると、

「わたし、キョウスケにヤマトのことを嫌いになってもらいたくないの」

 言う。

 それはなんという身勝手な言葉だろうと、結子は自身で思ってはいたが、しかし真情である。言わなければならない。

 恭介は、その言葉を受け止めて、

「嫌いになんかならないよ」

 跳ね返した。

「ウソだ」

「本当だって」

「そんなわけないでしょ。自分が付き合っている人が自分より気にかけているかもしれない人だよ」

 結子はそこまで言った。

「なるでしょ、嫌いに」

「ならない」

 恭介の声は淀みない。

「じゃあ、証明してみせて」

 結子の無茶に、恭介は一歩もひるまなかった。少し考える素振りを見せたあと、「分かった」と静かに言って動き出すと、結子のそばを通り抜けた。

――分かった……?

 何を分かったんだろうか。結子は自分が無茶なことを言っていることは自分でも分かっていた。しかし、そういう無茶が結子と恭介の間には横たわっていたのである。それをクリアできなければ――そうしてそんなことは当然クリアできるはずが無いのだけれど――二人に未来は無い。だからこそ、今結子はここにいるのである。

 恭介は迷いなく大和の前まで進んだ。

 大和は、明日香を少し離すようにした。

 明日香は心配そうな顔でカレシを見た。

「大丈夫だから……多分な」

 そう言って大和が恭介を見る。

 二人の少年が顔を突き合わせるような格好である。

 子どもたちの声がいっそうかまびすしい。

 その中で、四人がいる空間がしんと張り詰めている。

 恭介と大和が立っているのを斜めから見る結子。

 彼が何をしようとしているのか、全く想像もつかない。

 結子はドキドキしていた。

 恭介の手が静かに大和の頬に伸びる。

 結子の目が限界まで見開いた。

 恭介がその顔を大和に近づけたかと思うと、一瞬後、二人の唇が重なっていた。

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