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その72

 ぐっと心の中で拳を握りしめていった先に、サンゴ礁コーナーがあった。

 紺碧の水槽に光が差して、それを青や緑や紫や赤の木の枝のようなものが受けて、キラキラ輝いている。

 その色鮮やかな森の外を群れになって泳ぐ小さな魚たちの鱗もあでやかだった。

 ガイドのお姉さんによるとサンゴというのは、サンゴ虫という小さな動物が群れ集まってできたものらしい。なんでもサンゴ虫という動物は自分でエサをとらえて食べるのと同時に、体の中にすんでいる「褐虫藻類」という難しげな名前のものが光合成によってつくりだす栄養分も取り入れて生きているという話である。

「そのサンゴ虫が石灰質の固い骨格をつくりながら成長していって、長い年月をかけて広大なサンゴ礁を作り上げるのです」

 ええっ、あれ虫なのー? と、「虫」という言葉に気持ち悪がる声を上げるギャラリーの中にはいたけれど、結子はむしろその「虫」があんなに綺麗に見えるというそのことに感動を覚えた。

「わたしも水の中に入ったら綺麗に見えるかもしれないなあ」

「いや、地上にいてくれた方がいいよ」

「カノジョに綺麗になって欲しくないの?」

「水槽の外から見るだけなんて嫌だよ。心配だしね」

 結子は、心配性のカレシっていいもんだと思った。

 サンゴ礁コーナーを抜けると、海獣コーナーとなった。海獣というのは陸上にいた哺乳類が、「海の中ってどんなんだろう?」と興味を持った結果、水中生活に慣れ親しんでしまったやつらのことである。一例として、トドやアザラシなどがあげられる。その例を、ガラス越しに見ながら、

「もっさりしてるねえ」

 結子が言うと、

「そこが可愛いよな」

 恭介が答える。

 おっと思った結子は、お姉さんに訊いてみた。

「この子たちって人気ありますか?」

「好かれる方だと思いますよ」

 との答えを得て、結子はカレシの美的基準が一般的であることを確認できて、やれやれと胸をなで下ろした。これからはもう少し素直にカレシの「結子かわいい」発言を聞けそうだぞ、と思ったが、しかし、よくよく考えてみれば、トドを可愛いと思っている人に可愛いと言われても、それはそれで微妙なような気がした。なので、

「わたしのこと、かわいいって言うの禁止ね、キョウスケ」

 言うと、

「え? 女子ってそういうこと言われたくないの?」

 少し驚いたような声が返って来た。

「もうわたしもいい年ですからね。これからは『可愛い』の代わりに、『美人』って言って」

「……『美人』っていうのは言いにくいような気がする」

「がんばれば夢はかなうよ。キョウスケの夢なんだっけ? 宇宙飛行士?」

「まだ決めてない」

「じゃあ、とりあえずカノジョに『美人』っていう言葉をプレゼントすることにしてみたら?」

 海獣を見たあとは、近海の水産状況を教えてくれるスペースに入って、そのあと館を出た。

 空はどこまでも青く、その中心で太陽がはしゃいでいる。

 結子は、目元に手のひらでひさしを作って、中天の輝きを仰ぎながら、

「わたしの肌が焼きすぎたトーストみたいに真っ黒になっても、変わらず好きでいてくれる? キョウスケ」

 言うと、恭介は、持っていた自分の傘を開いて、カノジョの上に差しかけた。

 結子も自分の傘を持っているが、そんなことは関係が無い。そのまま、晴れ上がった空の下を、恭介と相合傘をして歩く。歩いていった先にプールがあって、しかしそれは人間用ではなく、イルカ用のものである。円形の大きなプールの前に、屋根付きの客席があって、ちょうどイルカショーが始まるところだった。

 席はいっぱいで座る余裕が無いようなので、仕方なく結子は恭介と一緒に通路に立った。

 イルカショーは盛況だった。

 飼育員の笛に応じてイルカは、空中に用意された輪をくぐり、ボールをドルフィンキックして、回遊したかと思うと、可愛らしい声で鳴いて、ジャンプした後に腹から水面に水しぶきをはねさせる。彼らはその頭の良さを存分に見せつけていた。これは自分より頭がいいかもしれないぞ、と結子は、霊長類としての自身をあやうんだ。

 イルカショーを観終わる頃になると、結子は、もうキスの話は諦めることにした。

 今日はちょっと難しそうである。

 それにお腹も空いていた。

「あれは食べられないからな、ユイコ」

 横からの軽口に結子はむっとした。

 なんてひどいことを言う人だろう。

「分かってるよ、ヤマト。食べられたって食べないよ」

 それに対する恭介の返答が無い。

 見ると、なにやら微妙な顔をしていた。

 どうしたのだろうか、と思っていると、恭介は微笑した。

――ん……?

 結子は、ちょっと待てよ、と思った。

 何かがおかしい。

 しかし、何がおかしいのか、分からない。

「行こう、ユイコ」

 他の客がぞろぞろと席を離れ始めている。

 恭介が促すので返って動いてはいけない気持ちになった結子が、今の自分の発言を吟味していたところ、首から上からサーッと血の気が引くのが分かった。

 結子は立ち尽くした。

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