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その65

 家に帰った結子ユイコは、父と弟がまだ帰っていないことを確認したあと、お風呂に入った。ダラダラに汗をかいているだろう二人より前に帰って来られたのはラッキー、と浴槽で足を伸ばす。ぬるめのお湯にちゃぽちゃぽつかりながら、結子は恭介キョウスケのことを考えた。今、恭介は何をしているだろうか。

――わたしと同じで、お風呂に入ってるかも……。

 思わず恭介のシャワーシーンを想像してしまった結子は、慌てて頭を振った。何てことを考えてしまったのか。乙女失格である。お湯にゆっくりとつかっていたわけでもないのに、のぼせてしまった結子は、浴槽を出てから、シャワーを捻って、頭を洗った。母専用に置いてある高級シャンプーを使ってみる。後流しをすると、何だかいつもよりも頭がすっきりしたような気分になって、今なら勉強もはかどるかもしれないぞ、と思った。やらないけど。

「勉強は来週の月曜日からやります。明日は遊んできますので」

 お風呂を出て髪を乾かした結子は、食卓におかずを並べている母にそう宣言した。母は、可愛い服は見つかったのか、と今さら訊いてきた。結子は自信たっぷりに答えた。

「娘のことを誇りに思うと思うよ。今日買った服を着たわたしを見たら」

「お夕飯食べたあと、その後片付けをしてくれたら、もっと誇りに思うけどね」

「わたしが洗う係で、お母さんが拭く係っていうのはどう?」

「それはあんまり魅力的な提案とは言えないなあ」

「逆がいいの?」

「ううん。ユイちゃんが洗って拭く係で、ママはリンゴを食べる係っていうのはどう?」

「……そのリンゴは誰がくの?」

 母は、この場の状況に全くそぐわない慈しみのこもった目で娘を見た。結子は、「はい、わたしが剥きます」と自分の問いに自分で答えた。

 父と弟が帰ってきて、お風呂で汚れを落とし、一家で夕食のテーブルを囲んだあと、結子は、家族にリンゴを給仕して洗い物を片づけてから、部屋に戻った。ベッドの上に寝転がって、携帯を手に取る。友達から来る愚にもつかない日常を記した、まるで女優が書くエッセイのようなメールの中に、一通、

「カレシと喧嘩した。別れるかも」

 という縁起でもないものがあって、思わず結子は、携帯を窓から投げ捨てたくなった。こっちは明日デートだというのに何ていうメールを送ってくれるのか、とその友達の顔を想い浮かべて呪いの声を浴びせながらも、

「喧嘩の原因は何なんですか?」

 と返信して仕方なく悩み聞きモードに入ろうとしたら、すぐに、

「もう仲直りしたよ」

 とニコニコマークとともにメールが返ってきたので、一瞬、彼女のアドレスを消去してやりたい気持ちでいっぱいになった。

 気を静めた結子は、携帯をサイドボードの上に置くと、ベッドの上に身を横たえて天井を見た。思い浮かぶのがカレシの顔だったので、わたしって何て可愛いカノジョなんだろう、と自画自賛してみた。そのあと、

――キョウスケはいつまでわたしと付き合ってくれるんだろう?

 そんなことを考えた。さっき、駅前の塾から家に帰って来るまでに、少し考えてみたことだった。

 その人といつまで付き合うかなんてことは考えない方が普通かもしれない。結婚を前提とした妙齢の男女のお付き合いではあるまいし。今日の次の明日、明日の次の明後日を信じて、いつの日か唐突にその信頼が壊れるときが来る。人と人との付き合いというものはそういうものだと、結子はそんな風に感じているところがある。

――じゃあ、キョウスケは?

 彼は違うような気がする。将来なんてことはさすがに考えていないだろうけれど、少なくとも結子のことをもっと真剣に考えていてくれるような気がする。それだけ結子に寄せる気持ちは深い。その深さに正面から応えられない結子は、自分で自分が不思議だった。恭介には何の不満も無い。不満どころか、付き合ってくれていることに感謝したいくらいの気持ちである。

――それじゃあ、どうして?

 と考えた筋のその先にお隣の少年の顔があって、結子は、「いやいやいや、それは無い」と寝転がった状態で首を横に振った。それから、まるで、少女コミックのヒロイン気取りで二人の男の子を天秤にかけた自分を思ってゾッとした。いつからそんな恥ずかしい子になってしまったのだろうか。

――とにかく!

 結子は強引に話をまとめた。女の子は強引な方が可愛い、というのが結子の持論である。

 恭介には明日借りを返す。寄せてくれている思いに対しての返礼であり、彼のことは素直な気持ちで好きなのにそれにも関わらず傷つけてきたことへの謝罪である。恭介はそんなことは望まないかもしれないけれど、これは彼の問題ではない。結子自身の問題なのである。

――でも、もし嫌がられたらショック……。

 結子はその可能性についてこれまで考えていなかった自分の迂闊うかつさを呪った。しかし、それは一瞬のことで、「大丈夫、きっと大丈夫!」という結子一流のポジティブシンキングですぐにその心配を乗り切ると、まだ夜早い時刻にも関わらず眠りについた。

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