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その62

「お母さん、わたしって綺麗なのかな」

 家に入って、リビングにあるテーブルでクロスワードパズルと格闘していた母に訊いてみたところ、

「当たり前でしょう。ママの娘なんだから」

 確信を持った答えがすぐに返ってきた。

 結子ユイコは、じっと母を見た。母は確かに同年代のお母さん方と比べれば綺麗な方だと思う。しかし、その娘が綺麗かどうかを判断する為には、母の若い頃を確認しなければならないだろう。母の若い頃イコール今の結子という等式が成り立っているはずだからだ。

「アルバム見せて、お母さん」

「どうしたの、突然。ママのモトカレ見たいの?」

 結子は、親が若者言葉を使うとショックを受けるのはどうしてなのだろうか、と思った。夏休みの自由研究にでもしてみよう。

「自由研究もいいけれど、ユイちゃんはこの夏休みで勉強しないとね。塾に夏期講習を申し込んで来たから、来週の木曜日から行くのよ」

「ええっ!」

「喜んでもらえて、ママ嬉しいわ」

「驚いてるんだってば。いつの間にそんなことになったの?」

 全然聞いていなかった話である。

「今聞いているでしょ」

 母は平然とした顔で言うと、

「先週いっぱいを使って、いくつかこの辺の塾の説明会を受けて来たのよ。本当はユイちゃんも一緒に行った方が良かったんだけど、万が一にも『行きたくない』とか言われるとチョーうっとうしいからやめておきました」

 続けた。結子が唐突に悟ったのは、自分の行動第一主義はこの母から受け継いだものであるということである。容姿はまだ分からないが、ある種の気質は確かに受け継いでいるわけだ。

 塾の名前を訊くと、駅前にある有名な大手塾の名前が返って来た。

 クロスワード雑誌に集中して腰を上げてくれない母にアルバムを借りることを諦めた結子が部屋に上がろうとしたところで、

「ユイちゃん」

 母に呼び止められた。振り返る結子に、

「お腹空いたから、何かおやつ出して」

 雑誌を見たまま言う母。結子はよわい十四にして、子どもを持つ母親の気持ちを味わうことができる自分は何という幸運なのだろうかと思った。できれば、この幸運を誰かに分けてあげたい。そっくりそのまま。

 母におやつを出してあげたあと部屋に帰ってベッドに横たわった結子は、ようやく人心地ついた気持ちがした。明日香アスカの、「あなたは美しい」発言は納得の行かないものがあるが、あまり気にしないことにした。そもそも女の子の「カワイイ」ほど当てにならないものは無いし――というのも、これは結子にも覚えがあることだが、「カワイイ」と口にすることで自分も可愛くなれる、という信仰めいた想いが女の子にはある――明日香は恋の熱病に侵されていることで冷静な判断力をなくしている可能性もあるからだ。カレシのそばにいる女の子はみんな美しく見えているのかもしれない。

 結子はごろりと寝返りを打った。

 それにしてもやはり明日香である。突き飛ばされた女の子の方が腕の中に包まれた女の子より大事にされているとは、曲解もいいとこだ。大和が結子を突き飛ばした理由など決まっている。そうしても大丈夫だと思ったからである。多分、彼は結子のことをプラスチックでできているとでも思っているのだろう。対する明日香のことはガラス細工のように繊細だと思っているのである。

――ああ、だからか……。

 大和が今日現れた理由が分かった気がした。多分彼は、明日香と結子が仲良くやっているのかどうかを確認しに来たのだ。一度無理だと言ったにも関わらず、大和は結子のことを、明日香の友達候補とみなしている。あるいは、そうであってほしいと期待していて、その期待を結子に押し付けている。それに結子が応えてくれているかどうかを見に来たのだろう。つまり、明日香に友達を作る、という自分の計画が上手くいっているのかどうか進捗状況をはかりに来たわけだ。その心底にあるのは、繊細な明日香を守りたいという騎士道精神である。

 それはそれで美しい気持ちには違いないが、しかし、明日香にとっては全面的に嬉しいものとは言えないのではないかと結子は考えた。

「キミの笑顔を守る!」

 という男の子の言葉を従順に受け入れるには、明日香は少し強すぎるような気がした。男の子に幸せにしてもらいたいという気持ちよりはむしろ、男の子と一緒に幸せを探しに行きたいという気持ちの方が濃いのではないか。

 そんなことを考えていたら、携帯の着信メロディが鳴った。

 大和である。

「あれから無事帰れたかな、と思ってさ。心配してたんだよ」

 優しげに作られた彼の言葉を、結子は白けた気持ちで聞いた。お尻しか打ってないのに無事かも何も無いものだし、本当に心配だったら自ら家まで送るはずだろう。結子は、

「アスカとはまた口論して別れました。仲良しになるのは難しいみたい」

 と彼が聞きたいと思っていることを言ってやった。

 自分の意図を見抜かれても大和は動じない。

「別にいいよ、それで」

 そう言ってから、

「喧嘩できるのも友達だろ」

 あっさりと言ってのけた。

 結子はやれやれと首を振った。「喧嘩するほど仲が良い」ということわざは、男の子をめぐる女の子同士の間では成り立たない。もちろん結子は明日香と、大和を争う気など無いのだが、あっちがそう思っているので同じことだ。

「まあ、その辺はうまくやってくれ」

 大和は適当極まりないことを言って一方的に電話を切った。結子は、その我がままに憤然としたが、そんな場合でも無いということに今さら気がついた。

 決戦のときが刻一刻と迫っている。

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