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59/84

その59

 結子ユイコは、お昼を食べる店を変更した。明日香アスカのためである。どう見ても彼女はハンバーガーを豪快にパクつくよりは、有機野菜のサラダでも上品につまんでいる方が似合っている。にもかかわらず、ハンバーガービッグサイズを食べたいなどと言い出したのは、大和ヤマトが、「たくさん食べる子の方が好き」というようなことを言ったので、無理してみたのだろう。

「やっぱりあの店にしよう。土曜日でもランチサービスやってるから、値段もそんなに高くないし」

 結子がオープンカフェ風になったレストランを指差したところ、明日香から、余計なことを、という目で見られた。結子は素知らぬ顔をした。感謝されたいと思ってやったことではない。ほんの気まぐれである。

 大和は店の変更に特に反対しなかった。とにかく食べられれば何でもいいのだろう、と結子は思い、念のためお金が足りなかったら自分が出す、と言っておいた。母から貰ったお小遣いの残りがある。

「残りがあるなら何で髪を切りに行かないんだよ」

 大和の問いに、結子は、もらった分を全て使いきろうとするのは良識のある大人のすべきことではないと、分別くさい調子で言った。

「じゃあ、それ、おばさんに返すのか?」

「そんなわけないでしょ。何かのときのために取っとくの」

「じゃあ、取っとけよ。昼食代はオレが払うからさ。ファーストフード店にしたかったのはお前がたくさん食べると思って、だったら安い店にしたかっただけだよ」

「あんたは食べざかりの子どもを持つ親か!」

 思わず、大和の間近で叫んでしまった結子は、近くにいる美少女からのキツい視線を感じて、すぐに彼のそばを離れた。それから、先に立って歩き出す。そのまま店の中に入った結子は、ウエイターに三名の席を用意してくれるように告げた。すると、

「十分ほどお待ちいただくようになりますが」

 丁寧な口調で返される。どうやら混雑しているようだ。

「お前、恭介キョウスケとこういうとこで食べてんの?」

 大和が周りをきょろきょろしながら訊いてきた。結子は、ため息をつくと、

「そんなわけないでしょ。わたしのお小遣いの金額、あんただって知ってるでしょーが」

 答えた。店は、会社員が気楽に利用できるくらいの気安いところであるが、それでも中学生が利用するのはなかなか難しい。

「じゃあ、どこで食べてるんだよ……もしかして、キョウスケと出かけるときは、弁当でも作ってたりするのか?」

「お弁当を持って出かけたことはまだないわ。かさばるし、それにおいしくない場合に微妙な空気になるでしょ」

「それは大丈夫だろ。お前、料理だけはうまいからなあ」

「どの口でそれを言うのよ。昔、わたしが作ってあげたヤツ、よく近所の犬で毒見させてたくせに」

「そう言えばそんなこともあったなあ。それで一匹死んだんだよな」

「死んでない!」

「いや、でも、ほら、向かいのヒゲジローがさ」

「あれは老衰でしょ。人聞きの悪いこと言わないでよ」

 焼き立てのパンのいい匂いが流れてくる。

 結子は、再び明日香に見られていることに気がついた。そうして、彼女のカレシと話し過ぎたことにも気がついた。なおよろしくないことには、大和と話したことが結子と大和の二人の過去に関することであるということだ。まるで明日香を除け者にするかのような話題である。結子はバツの悪い気持ちになりながら、ウエイターが呼びに来るのを待っていたが、

――でも、こういうことになっちゃうのは分かってたハズだよね。

 と気を取り直した。大和をついて来させることを望んだのは当の明日香自身である。その不利益は自らが負わなければならない。結子のそういう感情のあり方は、服を選んでもらったことに対する感謝の気持ちとは別のものであった。

 とはいえ、望んで二人の仲を邪魔する小悪魔的存在になりたくはない結子は、それから、ウエイターに席に案内され、ランチを取り、食後のコーヒーを飲んで、店を出るまでできるだけ口を開かないようにしていた。大和がちょくちょく話しかけてきたが、食事に没頭しているフリをして、一言二言、答えるだけにしておいた。一方の明日香もほとんどしゃべらなかったので、大変静かな食卓となった。

 ランチはつつがなく終了した。サービス料金は大和がもってくれた。

「さすが男の子。カッコイイ!」

 と言いそうになった結子だったが、ぐっと押さえて、「ごちそうさまでした」と礼儀正しく言うにとどめた。明日香も、財布を取り出す振りなどして男の子をいちいち慌てさせるようなことをしなかった。

「で、これからどうする?」

 店を出た大和が言う。まだまだ日は高い。これがもし仲良し三人組だったら、じゃあ、カラオケでもボーリングでもゲームセンターでもということになるかもしれないが、残念ながらこのトリオは一組のカップルとお邪魔虫という組み合わせであった。結子は、午後は勉強する予定だという建前で、家に帰る旨を伝えた。

「お前が勉強?」

 大和はあからさまに疑いの目を向けてきたが、

「受験生ですから」

 結子は澄ました顔で答えてから、買い物袋を大和の手から受け取った。そのあと、明日香に向かって今日の礼を言おうとした、そのときのことである。

 結子の視界の端に、自転車が見えた。

 この通りは歩行者専用道路なのにどこのバカだ、と思っているうちに、見る間にチャリはぐんぐん三人のところへと迫ってきた。

――え、ぶつかるの……?

 奇妙に落ちついた気持ちでそんなことを考えていたところ、結子は胸のあたりをどんと押されて、後方に飛んだ。

 尻もちをついた結子の前を、自転車の影がすごいスピードで通り過ぎていった。

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