その58
さらなるひとりファッションショーの結果、最終的に選び出されたのは、白色のシフォンワンピースだった。全体に小花柄のプリントがあり、裾がフレアになっている。何だか遠い昔、まだレースのカーテンのかかる深窓に隠れていた頃に、母から着させられていたような懐かしい趣だった。
「ジャングルジムを登ったり、カエルを捕ったりするのには向いてないね」
結子が鏡の中の自分を見ながら、感心したような顔をした。くるりと一回転してみると、裾が小さく花開くように広がった。大変お姫様っぽいぞ、と思った結子は、今すぐ王子様を探しに行きたい気分になった。
「次は靴ね」
明日香が言う。はしゃいでいた結子は不意をつかれた。
「え、靴も?」
明日香は目を細めるようにしたあと、結子の足先に視線を向けて、
「そのスニーカーを履いて行く気なの?」
バカも休み休み言えと言わんばかりの口調である。結子は、靴は家にストックがあるということ、服を試着するたびポーズを取ったので疲れたということ、なにより経済的理由などから、靴選びを断ろうとした。しかし、明日香は、
「あなたの家にどんな靴があるかわたしは知らない。それから、あなたが疲れているかどうかなんて知ったことじゃない。お金の問題があるなら諦めるしかないけど、無理できるならしてもらう」
全く取り合わなかった。結子は、むう、と口をつぐんだ。
「人に物を頼むということはそういうことでしょう」
断固とした口調で続ける明日香。そこまで言われたら結子も女の子である。どんとこい、と心を決めた。見立ててもらおうじゃないか、となぜか挑戦する気持ちで店を出る。包んでもらったワンピースを荷物持ちの少年に持たせて、近くにあった靴屋に明日香を導くと、今度は、靴のショーが始まった。明日香が持ってきてくれるものを、とっかえひっかえする。一足試着するのに服よりはずっと時間がかからないものの、とにかく持ってくる数が多いので、だんだんと、自分の足のために靴を選んでいるのではなくて、靴のために自分の足を提供しているような妙な気分になってきた。
ここでも小一時間使って、十二時を回って少し経った頃、ようやく一足のパンプスが自分に合う足として結子の足を選んでくれたようだった。薄いピンクで平たいソール、つま先にリボンがあしらわれている。そのかわゆさに結子は疲れも忘れて思わず見惚れた。
「ガラスのハイヒールよりもよっぽどいいね」
「ハイヒール? それ以上、背を高くしたいの?」
明日香は分からない顔で答えると、「次は髪ね」と言って、さっさと店を出るように告げた。
「ええっ、髪も?」
結子は驚きの声を上げると、じろりと固い目を向けてくる明日香にちょっとひるみながらも、残念ながら予算オーバーである旨を告げた。明日香は失望したような吐息をもらした。
何だか悪いことをした子どものような気持ちになった結子の目に、大和の笑顔が映っている。二人の様子を温かく見守っているよ、と言わんばかりのにこやかぶりである。軽くイラッとした結子は、大和に昼食の催促をした。お腹が空いてくると人はいらいらするものである。
「ハンバーガーでいいか?」
他の選択肢が無いくせに大和がわざわざ訊いてきた。
「いいけど、大きいセットね」
結子が答えると、大和は首を捻った。
「なによ、ダメなの? ケチ」
「いや、違うよ。キョウスケが前に言ってたんだけど、お前、あいつと一緒にいるときは全然食べないらしいな」
「それはそうでしょ」
「何で?」
「女の子は小食であるべきだから。小食の子の方が男の子から見て可愛いハズ」
「そんなことないと思うけどなあ。オレが小食の子を見て思うのは、どっか体が悪いのかっていうことか、ダイエット中かってことくらいだけど。食べる子のほうが見てて気持ちいいけどね」
「あんたはそうでしょうね。まあ、何でもいいけどさ、とにかく食べさせてよ。お腹空いたあ」
分かったよ、と大和は苦笑すると、隣にいる明日香にもファーストフードでいいか尋ねた。明日香は、こくりとうなずくと、それから思案げな目をして、ちらりと結子を見たあと、大和に向かって、
「わたしも大きいセットにしてもいい?」
勢い込んだ調子で言った。
大和は、ハッとした顔になると、結子の荷物を持っていない方の手で明日香の肩をぽんぽんと叩き、
「そっか、アスカもそんなこと考えてたのかあ。小食の方が可愛い的な。どうりでいつもあんまり食べないと思ってたんだよなあ」
しみじみと言った。
「あ、あの、わたしは別に――」
「よし! 今日はこれまでの分もたくさん食べてくれ、五個でも十個でもさ」
そう言って、大和は先に立って歩き出した。
ぽつんと取り残される格好になる明日香。
そんな彼女に、結子は哀れむような目を向けた。
「なによ?」
明日香が険のある目を返す。結子は忙しく手を振ると、
「い、いや、別に。ただ、大変だなーと思って。いろいろと」
答えてから、
「ところで、ハンバーガー好きなの? アスカ?」
訊くと、「もちろん!」という強い、いささか強すぎる口調の答えが返って来た。