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53/84

その53

 翌朝、結子ユイコ恭介キョウスケと一緒に登校した。

 いつもの公園で待ち合わせて、学校まで歩いていく。

 二日ぶりに見た恭介の顔には、ちょっと疲れたような色があった。

「徹夜でテレビゲームでもしてたの?」

 結子の冗談に返された恭介の微笑みは弱い。どうやらハズしたらしいと結子は思った。

 それから何となく言葉もなく、暑い一日を予想させる強い朝の光の下を、二人は静かに歩いた。結子は、ちらりと、隣にある端正な顔立ちを窺った。その視線が唇に止まってしまって、慌てて結子は目をそらした。

 オペレーション・キスオブファイア。

 昨日、明日香アスカと別れてから考えた、カレシとファーストキスするための作戦である。概要はこうだ。今週の日曜日に、恭介とは最寄りの水族館でデートをすることになっている。そのとき、なんとかいい雰囲気に持っていって、何となくラブラブな感じになり、結果キスする。それはもはや、作戦と言うのもはばかられるただの成り行き任せであった。結子は、自分の立案力の無さにほとほと嫌気が差した。

――わたしにはせいぜいカッコいい作戦名を考えるくらいしか能がないんだわ。

 思いあまった結子は、いっそ奇襲的にカレシの唇を奪ってしまうのも一つの手だろうか、ともやもやと想像してみた。一緒に帰っている下校途中で、別れ際に、「じゃあね、チュッ」という感じで口づける。

「いやいや、絶対ムリ」

 結子は水平方向に思いきり首を振った。

 仮にできたとしても、唐突にそんなことしたら引かれるに決まってる。少なくともケーハクな女の子だという印象は与えてしまうだろう。二人で何度もしているのだったらともかく、初めてでそのノリは無い。無いと思いたい。

 やはり作戦の方を敢行しようと心を決めた結子は、とりあえずその日のシミュレーションをしてみることにした。無事、目的を達成することができるかどうか、空想世界で試してみたのである。空想でうまくいかないとしたらまして現実で成功するハズが無い。

 結子は、リビングのソファで座禅を組んで目を閉じ、瞑想のポーズを取ったのだった。

 当日の朝、少女は小鳥の声とともに目を覚まし……。

――その辺は省こうかな。

 と思った結子は、想像を早送りした。改めて、駅前で待ち合わせるシーンから。駅前広場で待つ恭介。そこに現れる結子。恭介は結子の私服姿を褒めてくれることだろう。そう思った瞬間、結子の目は早々にパチリと開いた。

「服が無い!」

 そのとき、近くにいた弟はびっくりしたように姉に目を向けた。

「どうしたの、お姉ちゃん?」

「服が無いのよ!」

「えっと……ちゃんと着てるよ」

「バカ! 今のことじゃないわ。今着てるのは当たり前じゃないの! あんたじゃ、話にならない」

 結子は可哀想な弟に吐き捨てるように言うと、夕食準備のためにキッチンに立っていた母の元へと向かった。折角のデートに身にまとう服が無いのだ。舞踏会に着て行くドレスが無いシンデレラのようなものだ。結子は、魔法使いのオババに、服を用意してくれるように頼んだ。

「着ていく服が無いんです、おばあさん」

 それを聞いた母は見るも恐ろしい顔になった。今にも額からニョキニョキと角が生えてきそうなほどの鬼面である。結子はごくりと唾を飲むと、

「前言撤回します。美しいお母様」

 言いなおした。途端に、母の顔が穏やかになる。

「なあに、ユイちゃん?」

「服を買ってください」

「この前、買ってあげたでしょ」

「それは分かってるけど、お願い、お母さん」

 結子はカレシとのデートの為に新しい服が欲しいのだ、ということを付け加えた。ただ欲しいというよりも、デートのために着飾りたいと言った方が母の同情を引き出せるのではないかと踏んだのである。

「今持ってるのじゃダメなの?」

 ダメというわけではない。しかし、次のデートは特別なものになる予定なのである。いつもと違う装いにしてみたいのが乙女心というものである。

「お母さんが中学生だったときのことを考えてみて」

 そう結子が続けると、母は昔を思い出そうとしているかのように、宙に視線を漂わせた。

「あの頃はモテモテだったな。初めて男の子と付き合ったのもその頃だったわ。中学一年生のときよ。相手の男の子はバスケ部でね。それはもうカッコ良かったのよ。アルバム見る?」

「スゴく見たいけど、それはまた今度でいいよ」

「あら、そう」

 母は残念そうな顔をした。

 結子は手を合わせて懇願した。そうして、もしダメだったら父に泣きつくことにしよう、と次策について思いを巡らせていた。この年になって父に甘える自分の図を想像して軽く気持ち悪くなったところに、母の、いいわ、という声が聞こえてきた。

「ありがとう! お母さん!」

 結子が心からの感謝の声を大きくすると、母はおもむろにキッチンを離れてダイニングテーブルについた。まだ夕食を作っている途中である。母がちらりと結子を見る。母と娘のアイコンタクト。うなずいた結子は、母のあとを引き継いで夕食の準備を始めた。買ってもらう服の代わりの労働である。もちろん、一日だけではないだろう。それはやむをえない。ただ服を買ってもらえるなどということは、そもそも期待していない結子だった。

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