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その47

 午後の二コマの授業を受けたあと、掃除とホームルームを終えた結子(ユイコ)は、学校という閉鎖空間から解放された我が身を、校舎の裏門を出て道路を渡ったところにある雑木林のもとへと急がせた。そこが、大和(ヤマト)明日香(アスカ)の「帰り道デート」の待ち合わせ場所らしい。

 結子がそれについて訊いたとき、大和は瞳を輝かせた。「そっかそっかあ」

「何が?」

「いや、なんでもない。さすがユイコだよ」

「何か激しい勘違いをしているような気がするのは気のせい?」

「オレには分かってるよ、ユイコ」

 心得顔をする大和に、結子は内心で肩をすくめたが、彼の心の内を詳しく聞こうとは思わなかった。そんなことをしている心の余裕は無い。というか、面倒くさい。

 結子は、分かってくれたなら良かった、とテキトー極まりないことを言うと、

恭介(キョウスケ)に今日はひとりで帰って欲しいって伝えといてくれる?」

 続けた。大和は二つ返事である。

「でも、なんで自分で行かないんだよ?」

「ちょっと気まずいのよ」

「珍しいな。喧嘩でもしたのか?」

「そんなとこ」

「原因は?」

「キョウスケがわたしにもっとダイエットした方がいいって言ってきて、それでちょっとキレちゃったのよ」

「キョウスケがそんなことを?」

「そう。この前背負ったときに重かったんだって。失礼しちゃう! ……『失礼しちゃう』って初めて使ったけど、なかなかいい響きだね」

「どこまで本当なんだか」

「まあ、とにかくそういうことだから。よろしく、相棒。アスカちゃん借りるから、あんたも今日は一人で帰ってね」

「はいよ」

 機嫌の良い顔をしている大和に、結子は心の中で手を合わせた。

――ゴメン、ヤマト。わたしの幸せのために犠牲になってください。

 秘密の待ち合わせ場所で恋人を待つひとりの少女の姿が見えたとき、結子はもう一度、大和の友情に対して感謝の気持ちを捧げておいた。

 雑木林の一本の木の下に明日香は立っている。木の幹に少し肩を預けるようにして、上にある枝を見るように顔を上げている。恋人が出てくるはずの裏門の方を見ていないところにその勝気さが垣間見えるような気がした。

 結子は、相談相手を明日香に決めたのだった。これほどの適役は他に無いと思われた。考えてみれば、明日香は恭介と同じ立場である。好きな人にクサレ縁の子がいて、その子のせいで傷ついている。明日香は誰より恭介の気持ちが分かるはずだ。とすれば、恭介の気持ちを癒すすべも分かるはずである。

 明日香の前に立った結子は、にっこりと口角を上げた。明日香は、初めカレシが来たと思っていたのか素知らぬ顔をしていたが、結子の顔を認めた途端に、花にも例えられそうなその整った顔立ちを醜く歪めた。心底から嫌っているということがよく分かる顔である。しかし、結子は気にしなかった。こっちだって嫌っているのだから、そこはお互い様であるし、今日は教えを乞う立場だ。

「こんにちは、アスカちゃん」

 結子はとびきり明るい声を出した。

 明日香は木の幹から背を離すと、虫でも見るような傲岸な目つきで結子を見た。

「何の用? 友達づくりだったら他でやってよね」

 結子は笑顔を保ったまま、

「それはもういいわ。今日は頼みごとがあってきたの」

 いう。

「頼みごと? あなたがわたしに?」

 明日香は形の良い鼻をフンと鳴らした。バカも休み休み言え、という声なき声。

 明日香の反応は全然想像の範囲内であったので、結子は余裕たっぷりである。ゆっくりとした口調で続けた。

「あなたには貸しがあるでしょ。それを返してもらいたいと思って」

「何も借りてない」

「一発ビンタされた。痛かったなあ」

 結子はわざとらしく頬をさすった。

「そのことはもう水に流したんじゃないの? 日本海に流れついてるんでしょ?」

「そう思ってたけど、流れていかなかったみたい。(よど)んでる。それにアスカちゃんだって、あれで許されるとは思ってないでしょ?」

 結子は明日香の自尊心を刺激するような言い方をした。

 明日香は、じっと結子の目を見つめた。

 結子も見返した。今日はいつかと違って、自身の用件で来ているのである。何に(おく)することもない。

 やがて、明日香は夏服の肩のあたりからゴミを払うような仕種をすると、

「頼みって何?」

 どうでも良さそうな口調で訊いた。結子は、内心ニヤリとしながらも、

「ここじゃ言えない。繊細な話だから」

 言った。

「じゃあ、ウチにでも来る?」と明日香。

「え! ホント!」

「ウソよ。何であなたなんか。バッカじゃない」

 明日香はしてやったりと言わんばかりの顔である。

 結子は、目的のためだとこうも我慢強くなれるものかと、自分の新たな一面を発見して驚いた。頭の中にあるのは、恭介に対して何をしてあげられるかというその一事だけであって、残念な美少女にからかわれるくらい何でもない。結子は、学校からそう離れていないところにある和菓子店で話をしたい、と告げた。

「もちろん、わたしのおごり」

 明日香は聞えよがしなため息をつくと、不愉快そのものといった顔で、

「このこと、ヤマトは知ってるの?」

 訊いてきた。

 結子は、うん、と元気よくうなずいた。

 明日香のまぶたがピクリとしたのに、結子は気がつかない振りをした。

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