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その38

 恭介(キョウスケ)は少しためらっていたようだが、やがて意を決したかのように教室に入って来た。結子(ユイコ)は微笑してそれを見ていた。恭介はこれから、朝方に怒っていた理由を話してくれる。それを聞いたあと、

「確かにわたしが悪うございました」

 と思えれば素直に謝ればよく、思えなければその旨を正直に伝えれば良い。

――まあ、多分わたしが悪いんだろうけどさ。

 およそ恭介がリクツに合わないことをするはずがないという信頼が結子にはある。結子は、恭介の話を聞いたあと過ちに気がついた自分が謝罪している図を想像した。これがもし大和(ヤマト)相手だったとしたら、それは不愉快極まりない図になるが、恭介相手だと苦にならない気がするから不思議である。喧嘩した相手に許してもらうため謝るというのも、相手が好きな人であればなかなかオツなものだ。

 教室に入ってきた恭介は、友達らしき男子に止められた。知り合いから声をかけられたときに、無視する、などという選択肢は中学校ではあり得ない。そんなことをしてしまえば、たちまち「付き合いの悪いヤツ」というレッテルを貼られて、いじめの遠因となる。友人を無視して進んで行った先が付き合っているカノジョのところであったりすれば尚更であろう。恭介はちらりと結子の方を窺ったようであるが、そのままその友人と話を始めた。

 結子は、恭介が話をしている姿をぼーっと眺めていた。その立ち姿は光をまとっているかのように眩しい。光は、外見から発せられるものだけではなく、とはいえもちろんルックスが優れていることもあるのだけれど、それと同じかそれ以上に内面の美しさによるものだと、結子は思っている。朝したことの弁明を早速お昼にしに来てくれることしかり。そういう男の子が自分と付き合ってくれているのだから世は不思議。今でもたまに何かの間違いではないかと思うことがある。

 客観的に見たら、自分は恭介とは釣り合わない。それは認めざるを得ない事実だと結子は思う。光の王子に対して、自分ときたら王女という柄ではないし、せいぜいが王子に仕える下女辺りがいいとこ。よく少女コミックで、何の取り柄もないヒロインがやたらと美少年に好かれるという設定があって、それを読むたび結子は、「羨ましいなあ、コノヤロウ」と思っていたわけだけれど、実際にその立場になってみると嬉しいという気持ちでばかりはいられない。何せ、いつ捨てられても文句の言えない立場だ。

「フッ、そもそもお前のような女がオレと付き合うなんて十年早かったんだ。これまで付き合ってもらえただけでもありがたく思いな」

 ある日唐突にそう宣言しマントを翻しながら高笑いとともに立ち去られたとしても、結子としては、それが正論であるがゆえに、彼に取りすがって泣くこともできない。これはなかなかスリリングな経験ではないだろうか。言ってみれば毎日が綱渡りである。

――うーん、ホントに、何で付き合ってくれてるんだろ……?

 考えれば考えるほど謎である。しかし、結子はとりあえず謎は謎のまま残しておくことにした。その方が面白いし、もしも恭介に何らかの秘密があってそれが明らかになったとしたら、それはそのとき考えれば良い。それより何より、頭に感じる痛みが殺人的にひどくなってきて、謎に向かっているどころではなくなってきた。巨人に頭をギュウッと握られているような痛み。同時に、なにやら視界が不明瞭になってきた。世界がぐにゃりと歪む。

「おい、ユイコ。大丈夫か?」

 歪んだ視界に、見覚えのある顔が映った。大和である。何だか焦った顔をしている。結子は、額がひんやりとするのを覚えた。おデコに何か当てられたようである。気持ちいい。

(あつ)っ! お前、めっちゃ熱があるぞ」

 大和は、結子の額から手を離した。

 結子は急激に体のだるさを覚えた。そうして、体を支えているのが億劫になって、机の上に突っ伏した。大和が何か叫んだようであるけれど、結子には聞こえなかった。そのあと、意識が朦朧とした結子だったが、誰かに背負われたらしいことが分かった。ふわりと浮いた自分の体の前に堅くて平たいものがあって、それが男の子の背中であることが何となく分かった。どうせならお姫様抱っこがいいのに、と思ったけれど、訴える力は無かった。

 背負われた結子は自分の体が運ばれるのを感じた。どうやらどこかへ連れていかれるらしい。一定のリズムでゆらゆらと体が揺れる。その感覚が快かった。声がかけられているような気がするが、何を言っているのか不分明である。遠い声だった。

 そう言えば昔、こんなことがあった気がする。小学校高学年のときだったろうか、体育の時間か何かのときにガンバリすぎて気分が悪くなって、そのときも誰かに背負われたのである。背負って保健室まで連れて行ってもらった。あの時は誰に背負ってもらったんだっけ。結子は薄れゆく意識の中で微笑んだ。考えるまでもないことだった。

「ありがとう、ヤマト」

 結子はそっと呟いた。

 答えは聞こえなかった。

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