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その30

「いい加減にしてよ! 何でわたしに付きまとうの?」

 心底から嫌そうな声で問われた結子(ユイコ)は、しかしびくともせず、静かに答えた。

 それは愛ゆえにであると。

 明日香(アスカ)は目を細めた。それから、何かに耐えるかのようにぎゅっと奥歯を噛みしめた。

 結子は笑顔を保っている。保ちつつ、明日香の利き腕の動きに抜かりなく注意した。

 夏の明るい夕べ、もう少しで校門に至るところに二人は立っている。周りには、一日のお勤めを終えて意気揚々と歩いている制服姿がちょこちょことおり、また、遠くから運動部の威勢の良い掛け声、吹奏楽部の調子外れの音色などが響いてくる。

 カラオケボックスで魂をシャウトしあい一息に仲間になる、あるいは、魅惑の和菓子「ういろう」をつっつきあって一気に仲良くなる。そんな安直なことこの上ない計画とも言えない計画を結子が実行しようとして見事に失敗したのが昨日のことである。

 そうして今日。結子は足しげく三組に通った。昼休みは言うに及ばず、朝のホームルーム前、夕のホームルーム後、授業と授業の間の細かい休み時間、経済観念に疎い一人暮らしの会社員がコンビニを利用する回数と同じくらい頻繁に通いまくった。

 砕けるなら派手な方が良い。結子は地味地味とした中途半端なことが嫌いである。やるなら全力でやる。やらないなら全くやらない。この見事な男気――女の子だけど――を学業面まで及ぼしていることによって、学校の成績は今一つふるわないが、いったんやる気になればどこまでもやり込んで成績などいつでも上がるだろうと結子はタカをくくっていた。問題はいつやる気になるのかというそのことである。

 それはともかく、「アスカちゃんとお友達になろう大作戦!」について言えば、力一杯やってその結果ダメであれば、依頼者である大和(ヤマト)にも言い訳が立つというもの。そういう考えもあった。

 明日香は休み時間ごとにやってくる結子のことを全く無視していた。結子は、カナダのプリンスエドワード島が産んだ赤毛の少女のごとく矢継ぎ早に話を繰り出すのだが、反応は全く無かった。明日香は広げた本をじっと見つめて、目を上げてもくれない。三組の生徒たちは結子のことを、壁に向かってぶつぶつ言う奇人でも見ているかのような目で遠巻きにしていた。

「何が愛よ。訳わかんないこと言わないで。もうわたしに近づくのはやめて!」

 明日香は怒りの声を上げた。

 ようやく話してもらえるようになったと思ったら、アプローチをやめろというつれない言葉。もし結子が明日香を恋慕う男子だったら、涙目になりながら、「お、お前のことなんかホントは好きじゃねーよ、ブース」と言いながら裸足で逃げ出すところである。しかし、結子は男子ではない。男よりよほど上等な性別である。なので、ぐっと両足に力を入れて踏みとどまった。

「わたし、アスカちゃんと友だちになりたいの」

「無理」

 明日香の目は冷ややかである。

 結子はまだまだくじけない。

「無理なことないでしょ。わたしの手を取って、メアドを交換して、お互いカレシの悪口を言ったり、休み時間に一緒にお手洗いに行ったりすればいいだけなんだからさあ。休みの日にはショッピングに行ったりしてさ、二人で歩いているのにアスカちゃんばっかり男の子から声掛けられるもんだからわたしはちょっと不機嫌になったり、そんなわたしのご機嫌を取るためにアスカちゃんは小物をプレゼントすればいいじゃん。そしたら、わたしはアスカちゃんに同じものを買ったげるから。それを二人の友情の証にするのよ、どう?」

「ヤマトはあなたのことが好きなのよ!」

 その語勢の強さに、二人の近くを歩いていた女生徒が何事かと顔を向けてくるのが見えた。 

「だから、あなたとは友だちになれない。絶対に」

 それだけ言うと、明日香はその小柄な身を翻した。

 結子はもうその背を追わなかった。

 古代中国オタクの友人に聞いたところによると、かつてかの国の乱世に劉玄徳(りゅうげんとく)という王がいたそうだ。彼は己の覇業の大きな力となる男、天才軍師、諸葛孔明(しょかつこうめい)を幕下に引き入れるとき、三顧の礼を尽くしたという。「仲間になってくださいよ」と自宅まで三回足を運んだのである。ところで、結子は明日香とともに天下を平定したいわけではない。劉玄徳とは違って、切実に仲間になって欲しいわけではないのである。にもかかわらず、昨日と今日の二日間、回数にすれば六回以上彼女の元へと押しかけた。十分すぎるだろう。誰からも――明日香から以外は――文句を言われる筋合いは無い。大和だって結子の努力を認めないわけにはいかないだろう。

「わたしはよくやった」

 結子は自分で自分を褒めてやった。そうして、カレシあたりに褒めてもらいたいもんだと思った。明日にでも「褒めて褒めてアピール」をしてみよう。

 滅多に人に気を使わない、いやそもそも気を使うような人と付き合わない結子が計二日間、気を張っていたその気疲れであろうか。その日、家に戻った結子は、夕食を取り自室に下がるとすぐに正体なく眠り込んだ。

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