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その27

 結子(ユイコ)にとってまことに不本意なことではあるが、彼女の初めての友だちは大和(ヤマト)だった。今から十年前、周囲の大人たちをほんわかとなごませずにはいられない可憐な少女だったとき、結子が大和と衝撃的な出会いをしたことは既に述べた。それから、大和と付き合うようになって一緒に山野をかけずりまわったりしているうち、次第に彼女は社交性を身につけていった。常に深窓に隠れレースのカーテンからそっと外をちら見しているだけで満足するような消極的な態度は春の日の淡雪のごとく消え去って、積極果敢に他人に向かっていくようになった。しかしその向かい方はいささか激しいものであり、アイスホッケー選手のボディチェックにも似て、相手を泣かせてしまうこともしばしばだった。

「ユイちゃんはもうちょっと女の子らしくね。そうすれば、顔はママのおかげで可愛いんだから、みんなにモテモテになるよ」

 小学校低学年時代のあるとき、大和と一緒になって捕まえたカエルを近所の子に奪われて、それを取りもどすべくワンピースを泥まみれにする死闘をくりひろげたあと、母に言われた言葉である。ちなみに、泥で泥を洗う激闘のさなか、カエルはどこかへ帰ってしまった。お粗末である。

 幼心に戦いというものの空しさを知った結子は母の助言に従うことにした。それからというもの、できるだけ慎み深く、しかし引っ込み思案に戻るまではいかず、ほどほどに、たまに大和を蹴ったりしつつ時を過ごした。すると、結子の周りには人が集まり始めた。友だちがたくさんできた。中学二年のバレンタインデーの時までは男の子に告白されることはなく――その男の子とは無論のこと恭介のことだ――その意味では結子の考える「モテモテ」とは多少食い違いがあったが、(おおむ)ね母の言う通りになった。

 大事なことは、結子は友だちを作る際に、逆説的ではあるけれど、「友だちを作ろう!」と意気込まなかったということである。初友(はつとも)の大和から今年話すようになったクラスメートに至るまで、結子は友だちを作ろうとして作ったことは一度もない。友だちの作り方を学んだこともない。ケーキを作るのとはわけが違う。友だちというのは気が合えば自然にそうなる状態であって、わざわざ作り上げようとするものではない。気の合わない人と付き合ったって、付き合いを維持するのがわずらわしくなって、いたずらに時間と労力を無駄にするだけである。

「ゆえに、あんたがやろうとしていることは単なるおせっかいだよ、ヤマト。証明終わり」

 結子は、大和の依頼がいかに無益なものであるか、いやむしろ有害なものにさえなりうるのだということを、噛んで含めるように説明してやった。大和は、歩きながら腕を組むと、しばし沈思黙考した。やがて、彼は重々しくうなずいた。結子はほっとした。どうやら分かってくれたらしい。

「なあ、恭介(キョウスケ)。ユイコは気が乗らないみたいだから、やっぱりお前に頼むよ」

 前言撤回。結子は、きょろきょろと辺りを見回すと、どこかその辺にトゲトゲのついた金属バットでも転がっていないか確認した。大和の自分勝手な発言は、じめじめした周りの空気とあいまって、不快指数をぐんぐん上昇させていた。ホームランでも打てばすっきりするかもしれない。

明日香(アスカ)って、オレの他にあんまり友だちいないみたいだからさ。そういうの、良くないだろ」

「あんたは片桐さんの父親か」

「いや、違う」

「知ってるわよ。大体さ、片桐さん自身が友だち欲しいって言ったわけじゃないんでしょ」

「言ってないけど、欲しいに決まってるだろ」

「決めつけ! 勝手にそんな決めつけしてさ、片桐さんの迷惑になるかもしれないじゃん」

「おい、ユイコ」

 大和は急に立ち止まると、鋭い目で結子を見た。

 結子は公平無私な女の子である。自分の発言に何かしら迂闊(うかつ)なところがあったかどうか、素早く吟味したが、

「さっきから、片桐さん、片桐さんって、友だちなら名前で呼べよな、『アスカ』って」

 一瞬後、反省が無意味だったことを知る。

「ねえ、キョウスケ。どうにかしてよ、このバカ」

 まともに言葉を交わしたことがない子といつの間にか友だちにさせられてしまっている結子は、カレシに向かって助けを求めたが、そう言えばカレシは向こう側の人間であることを思い出した。

「ユイコだったら誰とでも友だちになれるよ」

 再び歩き出しながら、温かな笑顔で言う恭介。そういう笑顔は、二人きりのときに愛の睦言(むつごと)を囁くときだけにして欲しい、と結子は思った。されたことないけど。でも、笑顔はステキ。

 恭介スマイルにやられそうになる自分を結子は必死で叱咤した。本人から頼まれてもいないのにいらない世話を焼くなんてバカバカしいだけではなく、絶対に不愉快な目にあうに決まっている。

「ユイコに頼めないんだったら、やっぱ、キョウスケに頼むしかないけど――」

 壊れた音楽プレーヤーのように同じことを繰り返す大和を結子は睨みつけた。

 大和の言葉がイメージさせるビジョン。それは恭介と明日香が二人で楽しげに談笑しているシーンである。恭介はいい。問題は明日香だ。彼女は初めは会話を楽しんでいるだけかもしれないが、そのうち恭介のことを好きになるに決まっている。これはもう決定である。恭介に対して、友人以上の感情を覚えるに違いない。大和の存在など何の歯止めにもならない。そんなことになったらどうなってしまうか。少女コミックお得意のドロドロの展開である。

「どうする?」

 選択肢は無かった。

 泥沼の四角関係を脅しにして清らかな乙女をいいように操らんとするまさに悪魔的ともいえる所業を行う少年に対して、結子は心の中で呪いの言葉を吐いた。

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