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その25

結子(ユイコ)に謝らないなら別れる」

 そんなことを言われた明日香(アスカ)の気持ちは、半ば自業自得なこととはいえ察するに余りある。

 昨日のことらしい。

 数日後に予定されている実力テスト。その対策のため大和ヤマトと図書館で一日一緒に勉強した明日香は、テスト範囲の理解と二人の仲を深められたと一石二鳥の満足感にうっとりと浸り、

「じゃあ、お茶でも飲んでから帰りましょう」

 とまだ明るい夏の夕べの街路を歩き出したときに、彼からかけられた言葉が、

「アスカ、お前、ユイコに何したんだ?」

 という今日一日の充実感を台無しにしてくれるものだった。

「お前が話してくれるの待ってたけど、もう三週間になるからな。いい加減、こっちから訊いてもいいだろ?」

 続けられた大和の言葉に、何のことかとしらばっくれるのはさすがにプライドが許さず、三週間経って多少気持ちも落ち着いたことだし、軽く肩などすくめながら結子との会談の一部始終を話したところ、明日香はカレシの新たな顔を見ることになった。これまで彼女が見ていた大和の顔は、笑っている顔か、困っている顔、普通の顔、しょんぼりしている顔のどれかであったが、今はそのどれでもなかった。ぞっとするほど冷ややかな顔である。

「殴った? ユイコを?」

 静かな口調が、それだけに一層怒りの度合いが激しいことを告げているようで、明日香は結子に対して強烈な嫉妬を覚えた。その後にもしも大和が続けて、明日香の乱暴に批難の声を上げて来たりなどしたら、明日香にしても大いに言いたいことがあったのだが、大和はそれきり口を閉ざし、しばらくしてから冒頭のセリフ、「幼なじみに謝らないなら別れる」宣言をすると、お茶をキャンセルして帰った。

 明日香が謝りに来たのはそういうことが原因らしい。

 道理で謝っているくせに態度が悪いはずである。

 それはともかくとして、話を聞いて結子が感じたのは、

――ヤマトの大バカヤロウ!

 腹の底からわき上がるような怒りである。

 誰が明日香に謝らせることなんか頼んだろう。お節介もいいとこだ。そういうことをさせたいなら、引っぱたかれ事件が起こった直後に大和に訴えに行っているはずである。なぜそれが分からないのか。それだけではない。絶交の件に関しては、結子ははっきりと大和に対して、「信じろ」と告げたのである。それは一面、乱暴に投げつけた信頼であるかもしれないが、二人の間に流れている十年という時間の厚みがあれば、受け止められるはずのものである。それも腹が立つ。まだある。恋を囮にして女の子に意に沿わないことをさせるという卑怯な振る舞いをしたということ。アホだけどそういうことだけはしないヤツだと思ってたのに!

 要するに、結子は信頼を裏切られた。鉄拳制裁は妥当な処置だと万人が認めてくれるだろう。いや、もしかしたら刑が軽すぎるという異議さえ上がるかもしれない。ハイキックの方が良かったかも、と結子が後悔していると、

「いきなり、何すんだよ。ユイコ」

 殴られた大和は頭を押さえながら、不審げな声を上げた。しかし、顔は平然としている。どうやら、どうして殴られたのか分かっているらしい。結子はギュッと拳を握り直した。

「今のはわたしの分。次は片桐さんの分……ていうことにした」

「『ていうことにした』ってどういうことだよ」

「ウルサイ。黙って殴られなさい」

 そう言って、振り上げた拳を振りおろそうとする結子を、大和が止めた。

「待て待て。アスカはオレを殴りたいとか思わないだろ」

 なあ、とひょいっと大和が顔を向けた先に結子も視線を向けると、自分のクラスでないのでちょっと恐縮した様子を見せて立っている明日香の姿がある。そのまま視線を巡らすと、教室の出入り口付近に恭介(キョウスケ)の姿が見えた。

「おいおい」

 押し黙って答えようとしない明日香に、苦笑いを浮かべる大和。

「謝れ」

 結子は短く言った。

 大和は素直に立ち上がると、結子の傍を通り過ぎようとした。

「どこに行くの? 片桐さんにじゃない。わたしに謝れ。そっちはそのあとでやって」

 結子にはひとさまのカップルに干渉する気は無い。明日香の話を聞いたとき、彼女のために感じた義憤というのが確かにあって、しかしそれは彼女をここまで連れてきたことで終わった。あとは当人同士の問題である。罵り合って仲を悪くするなり、雨降って地固まるなり、好きにすれば良い。

 大和は口を少し尖らせるようにした。

「でも、お前だって悪いだろ」

 結子はひるまない。こと大和との関係においては、天にも地にも恥じない対応をしていると彼女は自負している。きっぱりとした顔でそう断言する結子の言葉に、大和は渋面を作った。

「分かった。悪かったよ」

「二度とするな」

「じゃあ、そっちも二度と絶交とか言うなよな。おかしいだろ、カノジョと友だち、どちらか一方を選ばなきゃいけないなんて」

「おかしくない。わたしはカレシを選ぶ」

 結子は、はっきりと言った。

 大和は諦めたようなため息をもらした。

「お前はそーいうヤツだよ」

「良く分かってんじゃん」

 上靴がぺたぺたする音が鳴った。

 振り向いた結子が見たのは、恭介を押しのけて教室の出口から廊下に出る明日香の後ろ姿だった。

「追いかけて!」

 と言う前に大和は走り出していた。鈍感なりに要所は心得ているらしい。

 結子は、ほっと息をつくと、周囲からの視線を感じた。クラスメートの好奇の目に見られながら、結子は咳払いすると、朝の平和な空気をぶち壊してしまったことについて、お騒がせしましたとペコリ、一礼した。

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