その22
結子と大和のように「残念な幼なじみ」=「腐れ縁」もあれば、幸運な幼なじみもいる。互いに気心が知れ合い尊重し合い、恋愛関係に発展しあまつさえ互いを人生の伴侶であると見なす可能性を色濃く持つ。その仲良さげな様子を傍から見ているだけで、くすぐったくなるような、「いい加減にしろ」と空手チョップをお見舞いしたくなるようなそんな二人。
「そういう幼なじみカップルのベストはね、わたしの中では、日向と西村くんなのよ」
結子は言った。
友人の部屋である。六畳の部屋は気持ちの良いしつらえで、眠気を誘うようなけだるい昼の光が差し込んできていた。今日は休日。定期試験のための勉強をするという名目で友人のところに遊びに来たのだ。
「わたしと賢?」
部屋の主である、ラグの上で足を伸ばして座っている彼女は、不思議そうな声を出した。鎖骨にかかるように軽く内巻きにカールされた黒髪が日を受けてキラキラしている。
結子はうなずいた。
「そう。お互いを心から想い合ってるもんね」
足の短い小さな丸テーブルを挟んだ向こう側から、
「想い『合って』はいないって。こっちが一方的に想ってるだけ。ケンはわたしの気持ちに気づいてないもの。これでも苦労してんのよ」
尖った声が返ってくる。
結子はぞんざいに言った。
「告白すればいいじゃん」
「しない」
「なんでさ?」
「あっちから言わせてやりたいから。何か悔しいでしょ。ずっと一緒にいたのに、こっちが一方的にっていうのもさ。だから告白くらいはね」
そういうもんだろうか。さっさと言ってしまった方が手っ取り早いような気もするが。他人事の気安さで、結子がそんなことを考えていると、
「わたしのことより、そっちはどうなってんの?」
話題を変えられた。
結子はニンマリした。
「順調だよ。恭介のわたしへの愛について、一時間くらい講義してあげようか」
「興味無い。そっちじゃなくて、岩瀬くんとのことだよ。いつまで話さない気なの?」
結子はシャープペンを取って手の中でくるくるさせた。
「このまま卒業するまで……かな」
「冗談でしょ?」
「……本気よ」
答えた声は細くなった。「多すぎるランチ事件」と「ロスト・アンブレラ事件」から数日が経ち、大和と話さなくなって実に三週間になろうとしていた。寂しい、というのとはちょっと違うのだけれど、それに似た違和感とでも言うべきものを覚えるようになっていることを、結子は認めていた。
シャープペンが結子の手からラグの上に落ちる。
結子は首を振ると、自分の感傷を振り払うように強い声を出した。
「カノジョがいるんだから、仕方ないよ」
「別にカノジョがいるからって話しちゃいけないってことないと思うけど」
「じゃあ、ヒナタは西村くんが誰か別の女の子と仲良く話してても許せる?」
「許さない」
「ほら」
「わたしはケンのカノジョじゃないもの。ケンの所有者なの。ケンはわたしのものなんだから」
結子はシャープペンを拾い上げると、テーブルの上に置いた。置きながら、友人の顔を凝視してやると、
「まあ、それなりの自信はあるからね」
照れの無い声が返ってきた。羨ましいことである。「キョウスケはわたしの」などという発言は、冗談でさえできそうにない。
「でさあ、ホントのとこ、どうなの?」
テーブル越しにこちらにぐっと身を寄せるようにする日向に、結子は首を傾げた。
「ヤマトくんとのことよ」
続けられた友人の声に、結子も身を乗り出すようにすると、自分の額をゴンと彼女の額にぶつけた。
「痛いなあ! 何すんの?」
日向はのけぞりつつ、自分のおでこを押さえた。
「こっちのセリフ。何言い出すのよ、突然。あんたまで、『わたしとヤマトをくっつけ隊!』のメンバーだったとはね」
「それは誤解。わたしは自分のことで手いっぱいだからね。人のことまで構ってる余裕なんかないもの。ヤマトくんとユイコをくっつけようなんて気はないよ。単なる好奇心」
「同じことじゃん」
「それで?」
「……ヤマトとそういう関係になることを考えたことは一回もありません。ただ……その、大事な人ではあるな。残念ながら」
「ヤマトくんはその辺どうなの?」
「わたしはヤマトじゃない」
「でも、分かるでしょ?」
「……ヤマトもわたしのことは何とも思ってないと思う。少なくとも付き合いたいとか、そういうことは。大体そうしたかったら、とっくに告白してるでしょ」
「繊細微妙な男心かもヨ」
大和には繊細微妙なところなどない。大ざっぱが服を着て歩いているような男である。それに比べると恭介には細やかなところがあって、残念ながら大和と同レベルに大ざっぱなところがある結子には、彼の気持ちを読みとるのは難しかった。
「こう言ったらなんだけど、片桐さんとヤマトくんってバランスが悪いよね。片桐さんって、プライドばっか高くて中身が伴ってなくてさ、てんで子どもだから。それに比べると、ヤマトくんの方は大人だからね。ヤマトくん、かなり振り回されてるんじゃないかな……ねえ、ユイコ、聞いてる?」
結子は別のことを考えていた。
恭介のことである。