その14
女同士の友情より男同士の友情の方が麗しいもののようで、大和との絶交に関しては、恭介から何度か苦言を呈された。
「ヤマト、結構ヘコんでるぞ。結子が何怒ってるのか、分かんないから」
「こういうやり方、ユイコらしくないんじゃないか」
「そもそもはヤマトが原因なんだから、何があったかはっきり言ってやっていいと思うけど」
恭介の言うことはいちいちもっともだったが、結子はその全てを退けた。仮に彼の言う通りにしたとしても、状況は前に戻るだけ。何も良くはならない。結子はいつ、大和に恋する女の子から引っぱたかれるか、あるいはそれに対してカウンターアタックをしてしまうかということを怖れながらビクビク暮さなければならない。冗談じゃない! そんな日常はまっぴらである。今が変革の時なのだ。結子は、選挙戦によく使われそうな安っぽいスローガンを声高に叫んで、恭介を苦笑させた。
「でも、ユイコ。この頃、オレのことたまに『ヤマト』って呼んでるよ。心の底では話したいんじゃないの、ヤマトと」
「キョウスケ、こんなこと言って怒らせたくないんだけど、でもこれから長く付き合えるとしたらいずれは言わなきゃいけないことだから言うね。キョウスケってあんまり冗談の才能無いよ。ただ、もしそんなことがこれからあったら、わたしの心臓をえぐり出してあなたに差し上げます。もらってください」
「いや、心臓だけもらっても仕方ないからいいよ」
「わたしの気持ちを受け取ってくれないの?」
「気持ちだけでいいよ」
絶交期間、十日を数える頃になると、さすがに今回はいつもとちょっと様子が違うぞということに気がついたのか、大和がちらちらと視線を送ってきているのに結子は気がついた。朝のホームルーム前とか、授業間の小休憩、昼休み、下校するときなどなど、まるでバレンタインチョコを渡すタイミングを狙っている女の子のようにちょこちょこと見てくるものだからうっとうしい。とはいえ、
「言いたいことがあるならはっきり言えば!」
などと言ってやることも、もちろん、絶交中なのでできない。と言うか、そんなことを言ってしまったら絶交の意味が無い。そうして、仮に大和が何か実際に言ってきたところで、話すつもりなどなかった。せいぜいが、「わたしと話すなんて十年早くてよ」という高飛車な富豪令嬢ばりの冷たい一瞥を返してやるくらいで、後はもう徹底無視するつもりである。結子は、我ながらちょっと暗いかも、と思わないでもないのだが、他に名案があるわけでもなく、投げられる大和の視線にイライラっとするたび、
「今がチェンジの時!」
という言葉を呪文のように繰り返して、己の決意をガードしようとしていた。
この決意の殻にガンとハンマーを打ちつけてきたのが結子の最愛の人である。もとから恭介は結子のプロジェクトにいい顔をしていなかったわけだが、国交断絶状態が二週間になろうとする頃、
「もうやめろよ」
と常日頃穏やかな彼から強い声を聞いた。恭介は、絶交なんかしていても事の本質的な解決にはならないからもうストップするべきだということを淡々と、しかし結子の目を見てしっかりと言った。
いつものように学校帰りに家まで送ってくれた、その結子の家の前である。夕暮れに、西の空が柔らかな赤に染まっている。校門を出てから、共通の友人のことやこの頃それぞれのクラスで起こった事件など仲良く話してきてすっかり胸があたたまっていたところへの不意打ちだったので、結子は正直ムッとした。何で最後の最後でそんなツマラナイことを言うのか、という話である。気分を害された結子は軽く目をつぶってから、
「キョウスケはさ、わたしとヤマトのどっちが好きなの?」
目を開いて言った。これはやたらとクサレ縁男子をかばうカレシに対して素直な気持ちで訊いたわけであるが、言葉にしてしまってから、この「わたしとコレコレどっちが好き」という質問は女の子として一度はしてみたいものだったということに気がついて、ちょっとテンションが上がった。結子は、綻びそうになる口元を慌ててキュッと引き締めた。
「どっちも好きだよ。だから、こんなの良くないって思ってるわけだから」
恭介は予想していた通りの答えを返してきた。
結子は予想が当たっても全く嬉しくなかった。とはいえ、「ユイコの方がずっと好きだよ」などということを言われても、素直に信じられたかどうかは別の話である。
結子は、すっと恭介に近づいた。少し上にある彼の顔に向かって、結子は、もしこのまま大和と絶交し続けていたら自分のことを嫌いになったりするか、と静かに訊いた。
「いや、それは無いよ」
即答である。
「じゃあ、いいや」
「ユイコ――」
「今終わったらそれこそ意味ないもの。とりあえず続けてみるから好きなようにさせて」
恭介はつきかけたため息を飲み込んだ。そのあと、
「……で、いつまで続ける気なんだよ?」
いう。結子は、その質問には答えず、今日こそ家に寄っていくようにと誘ったが、やはり断られた。