僕は彼女に『笹かまぼこ』と言わせたい
「うーーん、うまく出来ないなあ」
ゲームセンターの隅。剥げかけたネオンの下で、拓海は膝を折り、荒い息を吐いていた。
足元の4つの矢印パネル。画面から降り注ぐノーツに足が追いつかず、判定は無常にも「D」。手ぬぐいで額の汗を拭い、ポケットの100円玉を探す。
その時ーーー背後でスニーカーが床を擦る小さな音がした。
振り向くと、オーバーサイズの黒パーカーのフードを深くかぶり、大きなマスクをつけた少女が立っていた。
フードの隙間から覗く、少し陰のある、引き込まれるように大きな瞳。
(……あれ? あの娘……配信者の結城ゆうきじゃ―――)
拓海は息を飲み、自分の口を両手で塞いだ。
ーーー結城ゆうき。
画面の中の彼女は、いつもおどおどしていた。
コメントに上手く返せず、すぐに噛んでパニックになる弱気な少女。
しかし、ひとたび曲が始まると別人だった。
自宅の自室に本物の業務用筐体を叩き込み、防音マットの上で難易度「超絶」の楽曲を軽やかに踏み切る超絶テクニック。
その圧倒的なギャップで一躍人気者となった伝説の配信者だ。
だが一年前、アンチの粘着と誹謗中傷に耐えかね、彼女は突如ネットから姿を消した。
(生きとる……本当に、元気にしてたんだ)
胸の奥が熱くなる。拓海は震える手で100円玉を投入した。
選んだのは、彼女が昔「最初の壁」と言っていたアップテンポな楽曲。だが、力んだ足はすぐにもつれ、画面には『GAME OVER』の文字が浮かぶ。
「あー……また駄目だ……」
「あ、あの……っ」
消え入りそうな声に振り返る。少女――ゆうきが、両手を胸の前で握りしめ、おどおどと足元を指差していた。
「左下のロングノーツ……っ、裏のクラップ音に……合わせると……っ」
「……結城さん?」
名前を呼んだ瞬間、ゆうきは「ひゃっ!?」と肩を跳ね上げ、露骨に後ずさった。
「ち、違いますっ! 人違いですっ!」
「僕、ずっとファンでした! 自宅に実機置いて『Beat-Step』踏んでる動画、何百回も見ました! 生きててくれて……本当に良かった……!」
畳みかける拓海に、ゆうきはマスク越しに瞳を潤ませ、小さく縮こまった。
「……死んでないですぅ……。驚かせて、ごめんなさい……っ」
それから、放課後のゲームセンターで二人並ぶ時間が増えた。
ネットの悪意に傷ついてゲームを捨てたつもりだったが、どうしても足が向いてしまったのだという。拓海が静かに100円玉を積み上げると、彼女はおどおどしながらも手本を見せてくれた。
「ひ、膝を……柔らかく……っ」
曲がかかった瞬間、彼女の体がしなやかに躍動する。細い脚がパネルの上を滑り、ノーツを完璧に砕いていく。その美しさに拓海は見惚れた。
プレイ後、ベンチで並んでジュースを飲む。
「拓海さん……どんどん上手になって……私なんかより、ずっとすごいです……」
そう言って胸の前でジュースの缶を握りしめる彼女。その横顔を見るたび、拓海の胸の奥が締め付けられた。
(……もう一度、あの笑顔が見たい)
かつて、彼女の配信には定番のやりとりがあった。気弱な彼女に、ファンがわざと「笹かまぼこって10回言って!」とコメントを送る。
断れない彼女はプレイしながら真面目に「笹かまぼこ、笹かまぼこ……あぅっ! 噛みましたぁ……っ!」とパニックになり、最後には恥ずかしそうに泣き笑いするのだ。
あのキュートすぎる「笹かまぼこ」と照れ顔。
トラウマを抱えた今の彼女に、ただ頼んでも「無理ですぅ……」と断られて終わるだろう。
仕掛けるなら、断れない完璧な盤面で、不意打ちで読ませるしかない。
拓海は一人、密かな「準備」を始めた。
ーーー決戦の日。
拓海はゆうきを、隣町のゲーセンにある二人プレイ用のダブルス筐体へ連れ出した。
「二人で協力プレイ? 私、足引っ張ったら……っ」
「大丈夫です。クリアできたら、僕の願い事をひとつ聞いてください」
選んだのは、かつて彼女が配信で最高記録を出していた伝説の難関曲。
コインが投じられ、重低音が響く。
「行きます……っ!」
ノーツが降り注ぐ。右側で舞うゆうきの動きは流麗そのもの。拓海もこの一ヶ月間、血の滲むような特訓で叩き込んだステップで必死に喰らいついた。
コンボ数が700、800と跳ね上がる。
ラストの同時押しラッシュを完璧にシンクロさせて踏み抜き――
『CLEAR!!』
「やったぁ……っ!」
ゆうきが小さく弾けて笑う。
ネームエントリー画面に切り替わると、彼女は慣れた指さばきでパネルを叩き、二人のタッグ名『TAK&YUK』を一瞬で登録した。
ドン! と重厚な音とともに、スコアボードが画面に踊り出る。
『LOCAL TOP RANKING』
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1st : TAK&YUK - 999,000 pt
2nd : 笹かまぼこ - 995,100 pt
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「よかったぁ、1位になれ……ふぇ?」
1位になった自分たちの名前の、すぐ下。それまで1位に君臨していた、拓海が一人で毎晩通い詰めて叩き出しておいた元の1位記録。
そこに刻まれたひらがなを目にした瞬間、思考が追いつく前に声が出た。
「……さ、笹かまぼきゅ…ッ!?」
不意打ちの文字列に混乱し、見事に噛んでしまった自分に気づいて「はわわっ!?」と両手で口を押さえるゆうき。顔が耳まで一気に真っ赤に染まっていく。
(……あ、噛んだ!! よっしゃぁぁぁーーー!! 生
『笹かまぼこ』&絶品のかみかみいただきましたーーー!!)
心の中で大歓喜のガッツポーズを決めた拓海。
ゆうきは涙目になり、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ってジタバタとパニックになった。
「た、拓海さんっ……! 私にこの為に、一人で通ってハイスコア出しておいたんですかぁ……っ!?」
「へへ、大成功です!」
「ふぇぇぇ……っ! いじわるですぅぅ……っ!」
「あの頃の、噛んで照れてた可愛いゆうきちゃんの笑顔が……僕の前で、もう一回見たいです」
覆った指の隙間から、真っ赤な顔で拓海を見つめる。
「……大バカですぅ……っ」
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
でも、それは傷ついた時の涙ではなかった。
「ふふっ……ひどいです……噛んじゃったじゃないですかぁ……っ。くす……あははっ!」
泣きながら、両手で顔を隠しながら、それでも眩しい笑顔で大笑いするゆうき。
彼女は袖口で雑に涙を拭うと、拓海の服の裾をキュッと小さく掴んだ。
「……私、もう一回……配信、始めてみようと思います」
「え……!?」
「一人だと、また怖くなっちゃうから……っ。拓海さん、私の隣で……バカなことして笑わせていてください……っ」
拓海の胸に、愛おしさが溢れ出す。
「はい! 隣でずっと『笹かまぼこ』って叫び続けます!」
「ふぇっ!? それは配信事故になっちゃいますぅ……っ!」
ふたりは顔を見合わせて、また弾けたように笑い合った。
ゲームセンターの隅、ノスタルジックなゲーム音の中で。
二人の新しいステップが、優しく重なり合って動き始めた。
初めて書いた短編でしかも恋愛もの……
なかなか難しいですね。
もっとこうしたら良くなるなど、アドバイス頂けると幸いです。




