魔王を倒した勇者、吸血鬼になる!?〜最強聖属性の婚約者に浄化されそうです〜
「ははは! 痛快だなあ、勇者アルス! 私を滅ぼしても、お前の人生はここで終わりだ!」
世界を恐怖に陥れた魔王──その正体である伝説の吸血鬼が、俺の聖剣に心臓を貫かれながら、狂ったように笑った。消滅する直前、執念の一撃。魔王の鋭い牙が、俺の首筋に深く突き刺さる。
「我が呪いを受け入れ、次は、お前が世界に仇なす化け物となるが良い……!」
ゴボリ、と禍々しい闇の魔力が俺の体内に流れ込んでくる。あまりの激痛と衝撃に、俺の意識はそこで暗転した。
♢♢♢
「……う、ん……」
どれくらい眠っていたのだろう。ゆっくりと目を覚ますと、視界に映ったのは静まり返った魔王城の玉座の間だった。魔王の姿はどこにもない。塵一つ残さず滅ぼせたようだ。
「……生きてる、よな?」
体を動かしてみる。どこも痛くない。むしろ、視界が異常なほどクリアで、遠くを這う虫の足音まで聞こえるレベルで五感が冴え渡っている。違和感を覚えて、玉座の近くにあった姿見の鏡の前に立ってみた。
「お?」
鏡の中にいたのは、いつも通りの俺だった。目はもともと血のような赤色っぽい琥珀色だから変わり映えしない。服装も、聖騎士団お仕着せの勇者甲冑のままだ。なんだ、魔王の呪いなんて大したことなかったな……不発だったのか?そう思った瞬間、背中に奇妙な圧迫感を覚えた。背中を丸めると、衣服を突き破って、禍々しい漆黒のコウモリのような羽がバサァッ! と広がった。
「うわあああ!? 羽生えてる!?」
やっぱり呪われてた! 完璧に吸血鬼になってるじゃん俺!パニックになりかけ、脳内で「なくなれ、なくなれ」念じてみる。すると、羽は生き物のように背中へと吸い込まれ、綺麗に消えてなくなった。
「あ、しまえるんだ。便利だなこれ」
よく見れば、牙も少し伸びている気がするが、口を閉じればバレないレベルだ。世界を救った勇者が吸血鬼になりました、なんて聖騎士団にバレたら即座に討伐対象だ。速やかに隠蔽するに限る。
「よし、とりあえず王都に帰ろう。リーシャも待ってるしな」そうと決まれば行動は早い。俺は魔王城の重々しい扉を押し開け、一歩外へと踏み出した。その日の王都周辺の天気は、雲一つない大快晴。遮るもののない、さんさんと輝く強烈な太陽の光が、吸血鬼の俺の全身に降り注ぐ。
ジリジリジリジリジリッ!!!
「あッッッつううううううい! 痛い痛い痛い! 焦げる! 皮膚が炭になる!」
一瞬で全身から煙が立ち上り、凄まじい激痛が走る。普通の吸血鬼なら直ぐにで灰になるレベルの致死ダメージだ。しかし。俺のステータス画面には、異常な数字が並んでいた。
【現在HP:9,980,000 / 9,999,999(※太陽光によるダメージ:毎秒20,000)】
【パッシブスキル:『超回復』発動中(※自動HP回復:毎秒50,000)】
減った端から、それ以上の速度で肉体が超高速再生していく。
「焦げる→治る→焦げる→治る」の無限ループ。
「あ、熱い……熱いけど……死にはしないなこれ……」
数分も歩いていると、脳がバグったのか、だんだん「ちょっとピリピリするサウナ」くらいの感覚に思えてきた。人間、慣れれば太陽光の直撃だって耐えられるものである(もう人間じゃないけど)。
「よし、ちょっと熱いけど問題なし! 行くか!」
♢♢♢
そうして俺は、全身からうっすらと蒸気(※肉体が焦げては超高速再生する煙)を立ち上らせながら、なんとか王都へと辿り着いた。
出迎えた国民たちは、俺の姿を見るなり大歓声を上げる。
「おお、見ろ! 勇者様の体から立ち上るあの白いオーラを!」
「魔王の残滓をその身で浄化しながら歩いておられるのだ……! なんという神聖な覇気だ!」
⋯⋯違う。これ、ただの肉が焦げた煙だから。サウナ上がりみたいになってるだけだから。そんな勘違いの嵐を爽やかな笑顔でスルーしつつ、俺は王城の謁見の間へと足を踏み入れた。
重厚な扉が開くと、そこには玉座に座る国王と、その手前に立つ最愛の人、第一王女のリーシャの姿があった。
「アルス様ぁぁぁーーーっ!」
俺の姿を認めた瞬間、リーシャが目に涙を浮かべ、中央の赤い絨毯を猛烈な勢いで逆走してきた。いつも通りめちゃくちゃ可愛い。だが、今日の彼女はいつもと違った。俺の無事を一心不乱に祈り続けた結果だろうか、彼女が纏うピュアな聖属性のオーラが、俺の持つ国宝の聖剣すら霞むレベルでパチパチと輝いている。歩くパワースポット状態だ。ヤバい。物理的に眩しい。
「待て、リーシャ! 来るな! 離れろ!」
「もう、アルス様ったら照れて私を遠ざけようとするなんて、意地悪です!」
ガシィッ!!!思いきり正面から抱きつかれた瞬間、俺の細胞が一瞬で悲鳴を上げた。
【聖属性によるダメージ:毎秒30,000】
【太陽光による日焼けダメージ:毎秒20,000】
【パッシブスキル:『超回復』によるHP回復:毎秒50,000】
引き算を試みた俺の脳内で、完全に計算が一致する。
マイナス五万、プラス五万。つまり、収支はジャストゼロ。死なない。計算上は、絶対に死なない。だが、俺のHPバーは『9,999,999』の最大値のまま、ものすごい勢いで火花を散らして硬直している。
肉体が「焦げる・治る」の限界を超え、もはや細胞レベルで超高速の再生バトルが始まっていた。熱いとか痛いとかいう次元を超えて、胸のあたりが猛烈に痒い!
「もう、アルス様。お体がガタガタ震えて、すごい湯気が出ていますわ。そんなに私との再会が震えるほど嬉しかったのですか?」
「あ、あ、ああ……お前の愛が、熱すぎてな……」
俺は白目を剥きそうになりながら、引きつった笑顔で口から血を流しながらも、なんとか耐える。
それを見た国王が、深く頷いて玉座から立ち上がった。
「うむ! 固い絆で結ばれた二人に言葉はいらぬな! アルスよ、見事魔王を討ち取った褒美として、二人の婚約を正式に承認する! 明日はさっそく、若い二人で街へデートに赴くが良い!」
盛大な拍手が謁見の間を包む。デート!? 遮蔽物のない外で、この歩く聖属性レーザーと一日中一緒にいろと!?
(明日、豪雨になってくれ……! 頼むからバケツをひっくり返したような大雨になってくれ……!)
俺は心の中でそう激しく絶叫しながらも、リーシャの嬉しそうな笑顔に免じて、彼女を抱き返し続けるのだった。
♢♢♢
翌日。俺の必死の祈りも虚しく、空は雲一つない大快晴だった。
ジリジリと肌を焼く太陽光(毎秒20,000ダメージ)を『超回復』で相殺しながら、俺はリーシャと並んで街を歩く。
「アルス様! 今日は私がどうしてもお連れしたいお店があるのです!」
リーシャが嬉しそうに俺の手を引っ張る。
彼女の手から伝わる聖なるオーラ(毎秒30,000ダメージ)と日光が合わさり、俺のHPの収支は現在ジャストゼロ。少しでも刺激が加われば即座にマイナスへ転じる限界状態だ。
そんな俺が連れてこられたのは、俺が魔王討伐の旅に出る前にはなかった、今街で大流行中だという新進気鋭の飲食店だった。
看板には、見覚えのある文字で『拉麺・次郎』と書かれている。
(待て、ラーメンだと……!?)
前世の記憶を持つ転生者である俺は、その時点で嫌な予感しか浮かばなかった。
店内に入ると、強烈な豚骨の香りと共に、山盛りのもやし、そして──尋常ではない量の刻みニンニクが乗ったどんぶりが運ばれてくる。
「これ、最近この国に現れた別の『旅人』の方が広めた料理なのですわ! スタミナ抜群で美味しいと大評判なのです!」
「あ、ああ……(おい他の転生者、誰だ! 吸血鬼の天敵マシマシの料理を流行らせてんじゃねえよマジで許さねえぞ……!)」
冷や汗を流す俺の前に、リーシャがフーフーと麺を箸で持ち上げ、弾けんばかりの笑顔を向けてきた。
「さあアルス様、あーん、ですわ!」
愛する婚約者からの『あーん』。拒めるはずがない。俺は覚悟を決め、ニンニクの塊ごと麺を口に放り込んだ。
グッッッハアアアアア!!!
胃袋に直接マグマを流し込まれたような激痛が走り、ステータス画面が真っ赤に点滅する。
【ニンニク(直撃)によるダメージ:毎秒10,000】【現在HPの収支:マイナス10,000】
ヤバい! 初めて回復が追いつかなくなった! じわじわと、だが確実に俺の最大HPが削られていく!
「アルス様? お口に合いませんでしたか……?」
「い、いや! 美味いぞ……!(死ぬ死ぬ死ぬ!)」
俺は涙目で残りのラーメンをマッハで胃袋に流し込み、気合でなんとか食べきった。
なんとか死線を越えた俺に、リーシャはさらに追い打ちをかけるように巾着袋を取り出した。
「あ、それと、これは私からのプレゼントです。アルス様にお揃いで使ってほしくて」
袋から出てきたのは、まばゆい輝きを放つ、お洒落なデザインのブレスレットだった。
「教会の聖水でトリプルエンチャントしてもらった、特注の純銀製なのですわ! 魔除けの効果があるそうです!」
(純銀製! しかも聖水トリプル盛りだと!?)
「さあ、お付けしますね!」
リーシャの手によって、俺の手首にそのブレスレットが装着された。
じゅうううううううううううううっ!!!
「ぐ、ふ……っ!」
今度は手首からステーキが焼けるような音がして、本日一番の濃い白煙が立ち上る。【純銀&聖域デバフ:毎秒25,000ダメージ】幸い、ラーメンを完食したことでニンニクの継続ダメージは消えていたが、今度は手首が常時燃えている状態になった。
日光(20,000)+リーシャ(30,000)+純銀(5,000)=合計55,000ダメージ。毎秒5,000の赤字である。
「まぁ、アルス様。ブレスレットから凄い聖なる光(湯気)が! やはりアルス様は神に愛された勇者様なのですね!」
「あ、ああ……綺麗だな、リーシャ……」
(※痛すぎて血の涙を流しながら)手首を激しく超回復させながら、俺は彼女の無邪気な笑顔を守るため、迫り来る死のカウントダウンに一人で立ち向かい続けるのだった。
その日、俺はなんとかhpを1000残し生き残った
♢♢♢
そして月日は流れ──ついに俺とリーシャの結婚式当日がやってきた。
式場は、国で最も由緒正しき大教会。アウェイである教会の内部に足を踏み入れ、俺は心の中でガッツポーズを決めていた。
【大教会の聖域デバフによるダメージ:毎秒10,000】
【リーシャの正なるオーラ:毎秒30,000ダメージ】
空間デバフとリーシャのオーラを合わせて、合計ダメージは毎秒40,000。
対する俺の超回復は、毎秒50,000。
(勝った! 室内だから日光がない分、毎秒10,000の黒字だ! 余裕で耐えられる!)
手首からうっすらと湯気は出ているものの、HPバーは満タンを維持している。これなら世界一綺麗なリーシャのウェディングドレス姿を堪能する余裕もあるというものだ。
「健やかなるときも、病めるときも……」
厳かな神父の言葉に、俺は余裕の笑みで「誓います」と答えた。ここまでは完璧だった。そう、ここまでは。「では、誓いのキスを」神父に促され、リーシャが愛おしそうに目を閉じて顔を近づけてくる。お互いの唇が触れ合った、まさにその瞬間──。
ゴオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!
教会のステンドグラスから、あり得ない密度の神聖な光柱が差し込み、俺たちを包み込んだ。二人の結婚を祝福する、本物の『神の加護』が発動してしまったのだ。
【神の祝福による正属性の超・限界突破ダメージ:毎秒9,999,990】
(あぶっっっっぶねえええええええええええ!?!?!?)
脳内のステータス画面がバグったように激しく明滅する。
毎秒約一千万ダメージ。俺の最大HPは『9,999,999』。つまり、一秒間キスを続けるだけで、俺がこの世から浄化しかける計算だ。
しかし、ここで世界最強の勇者(吸血鬼)のチートスペックが、生存本能のままに強制覚醒を果たす。
【パッシブスキル:『超超超回復』自動発動(※毎秒10,000,000回復)】
死ぬ。生き返る。死ぬ。生き返る。俺のHPバーが、最大値と残りHP『9』の瀕死ラインを、目にも留まらぬ超高速で往復し始めた。
「瀕死(あ、天国が見え──)→全快(生き返ったァ!)→瀕死→全快(おのれ神めぇ!)」の無限ループ! 脳の処理が追いつかない! 痛いとか痒いとかいう次元じゃねえ! 体がプラズマ化しそうだ!!
「おおおおお……!! 勇者様が神の御光と一体化しておられる……!」
「なんという奇跡だ! これぞ真の聖なる結婚式だ!」
参列者たちが号泣しながらスタンディングオベーションしている。違う、一体化してない、これ細胞レベルで爆発と再生を繰り返してるだけだから!!
「ふふ、アルス様、情熱的ですわ……」
唇を離すと、リーシャが顔を赤らめて幸せそうに微笑んだ。神の加護はまだ続いており、俺のHPは現在進行形で「死と生」の境界線をマッハで反復横跳びしている。
ガタガタと震えながらも、俺は口から血を吐きそうになりながら彼女の手を握りしめた。
(魔王戦がおままごとに思えるレベルでキツい……! でも、この最高の笑顔を守るためなら、俺は何いくらでもたえてやる……!)
世界を救った最強勇者の、絶対に一瞬も油断できない新婚生活(限界インフレバトル)のゴングが今、盛大に鳴り響いたのだった。
(完)
好評だったら続く⋯⋯かも
連載「お前さっき言ったよな」もよろしくお願いします




