ヒロインと言われましても、私はただの男爵令嬢です ~転生した姉が暴走しましたが、私は幸せになります~
下記タイトルの後日談を掲載しました。
『あの日の女の子を取り戻す方法 〜後日談〜』
全寮制のハルムス学園。
王国最難関にして、卒業できれば将来は約束される。
そんな学園に通うこととなった子どもを誇らしく祝っている貴族たちの合間を抜けて、私は姉を探す。
フジーア男爵家の悩みの種― 長女 オリビア・フジーア。
姉がこの先どうなるのか、きっと私にかかっているのだろう――
オリビアは幼い頃から読書好きの物静かな少女だった。
知識が豊富で優しい姉が私の自慢だった。
それが今から3年前、三日三晩高熱にうなされた姉は起きたら別人のように変わってしまった。
見向きもしなかった派手なドレスを好み、宝石商を呼び付けて大量の宝石を購入しようとした。
あの時は家族総出で止め、ことなきを得た。
長子の姉から私に男爵家の継承権が移るほど、両親の心は姉から離れていく。
それでもハルムス学園入学で父は胸を撫で下ろし、安堵していた。
だが―
最近になり高位貴族から姉に対する抗議の文書が届いたのだ。
曰く、このままでは高位貴族に対し不敬を働きかねない、と。
文書に頭を抱えた父は、同じくハルムス学園入学を控えた私に姉の監視と抑止力としての行動を指示した。
そんな父の言葉を反芻していた、その時だった。
「そこのピンク髪のあなた。
もしかしてフジーア家の方ですか?」
振り返ると、綺麗な金髪に紫紺の瞳が神秘的な美女。
隣にはグレーの髪色に琥珀色の瞳をした、背の高い男性が立っていた。
二人とも学園の制服を着ている。
着慣れた佇まいに上級生だと判断し、丁寧な挨拶を心がける。
「お初にお目にかかります。
仰る通り、フジーア男爵家が次女、クロエにございます。
クロエとお呼びください」
美女は隣の男性と目線を交わし頷いた。
「急にごめんなさいね。
私はアリーシャル公爵家のイライザと申します。
イライザと呼んでちょうだい」
その名に、私の背筋が自然と伸びた。
「俺はアルション伯爵家のランスロットだ。
ランスロットと呼んでくれて構わない」
筆頭公爵家の姫君と騎士団長の子息に声をかけられ唖然とする。
そして、姉が関係しているのだと悟るのに、時間は要らなかった。
「実はクロエさんの姉君、オリビアさんに関わることなのだけれど……
オリビアさんが、私の婚約者である第二王子のハロルド殿下に言い寄っていて……正直、迷惑しているの」
イライザは言いづらそうに目線を彷徨わせた。
抗議文で把握していた内容だったが、当事者からの言葉に鈍器で殴られたような衝撃を受ける。
「あ、姉がご迷惑をおかけして申し訳ございません!」
二人の顔を見ることができない。
「私で出来ることでしたら、何なりとお申し付けください。
もちろん、姉の行動を止めるため全力を尽くします……」
目の前がぼやける。
どうやら涙が溢れそうになってるようだ。
羞恥と申し訳ない気持ちで震える私の手を、イライザは優しく包み込んでくれた。
「大丈夫よ。クロエさんが悪い訳ではないもの……。
ごめんなさい。
クロエさんがオリビアさんと同じような方だったらと警戒し過ぎていたみたい」
イライザの優しさに、涙が目から溢れてしまう。
すると、横からハンカチが差し出された。
「使うといい」
不器用なランスロットの優しさに笑顔になる。
涙を拭き、意を決した私。
「私はこれから姉に会いに行ってきます」
イライザは頷きランスロットを見やる。
「わかったわ。
ただ、クロエさんが心配だからランスロットを連れて行ってくれる?」
監視の意味なのか、それとも姉の行動が思っていた以上に酷いのか。
イライザの意図は読めないが、感謝を伝える。
「お気遣いありがとうございます」
私が落ち着くのを見計らってランスロットは声を上げた。
「さて、行こうか」
ランスロットと二人、姉を探していたのだが……。
姉は呆気なく見つかった。
「お待ちになって、ハロルド殿下。
入学式の後、校内を一緒に散歩しませんか?」
「フジーア嬢、僕には婚約者がいるんだ。
前から言っているが、控えていただきたい」
姉は威厳ある黒髪の男性に付き纏い、男性は側から見ても困っている様子が見てとれた。
姉の行動に真っ青になる私。
悲しみと震えを握りつぶすように手に力を入れる。
ランスロットに目を向けると、あれが説明した現場だと言わんばかりに頷いた。
勇気を振り絞り姉の元へ歩く。
先ほど知り合ったばかりなのに、そばに居るランスロットの存在がありがたかった。
姉とハロルド殿下の目の前でお辞儀をする。
「ハロルド第二王子殿下。
先にお声がけする不敬をお許しください。
フジーア男爵家、次女のクロエと申します」
殿下は私の後ろにいるランスロットの目線で状況を察したらしい。
「なるほど……。
クロエ、問題ない。……この場は、任せたぞ」
私とランスロットの登場に姉が戸惑った隙をつき、殿下は姉から逃げるように去って行った。
「オリビアお姉様、お久しぶりです」
「クロエ、あんた何邪魔してんのよ?」
姉は鬼のような形相で私を睨みつける。
私の背後にいるランスロットにも気づいたようだ。
「殿下とは校内を案内してもらうイベントがあったのに……どうして上手くいかないの!?
しかもクロエがランスロットと一緒に……?
ヒロインだから!?なんの苦労もせずに攻略対象と仲良くなるの!?
私は殿下に名前を呼んでもらったことすらないのに!!」
爪を噛みながら早口で何かを捲し立てる。
その姿にたじろぐが、イライザのことを思い出し一歩前に出た。
「お姉様、ハロルド第二王子殿下は婚約者の方がいらっしゃいます。
フジーア男爵家長子として節度と品位を伴った行動をしてください」
私の言葉に、沸点の低い姉の感情は臨界点を超えたようだった。
顔を真っ赤にし激昂した。
「うっさいわね!
ヒロインだからって調子に乗って上から命令してんじゃないわよ!!」
姉が私にツカツカ歩み寄ると、私の頬を思いっきり打った。
私は予想外の暴力と衝撃で地面に突っ伏し姉を見上げた。
「……お姉様?」
暴力を好まない心優しい大好きな姉。
そこにいたのは私のことを憎いと言わんばかりに表情を歪める姉がいた。
私の心の中にいる読書好きで優しい大好きな姉が死んだ瞬間だった―
ランスロットは急いで私を庇い起こしてくれた。
そんなランスロットと私の様子を見て更に気を立てた様子の姉。
「……私の邪魔をしないで!」
そう言い残すと去って行った。
呆然と姉に打たれた頬に手を添える私。
「医務室へ行こう……」
ランスロットは優しく声をかけてくれた。
入学式の事件以降も、両親と手紙のやり取りを行いながら姉を止めようと動いた。
けれど、何をしても姉には響かなかった。
姉の行動に、言葉に両親も私も限界だった。
そんな日々が繰り返されたある冬の日―
「クロエ、待ちなさい」
「お姉様……?」
珍しく、姉から声をかけてきた。
嬉しいよりも警戒心が勝る私に、姉は自身の要求を口にする。
「2ヶ月先にある卒業パーティーで着るドレスなんだけど……お父様に言われた予算を超えちゃったのよね」
そう言うと姉は私の足元に紙を投げ捨てた。
拾い上げ確認するとドレスの注文票だった。
卒業パーティーのドレス代として相場のおよそ二倍。
キャンセルができる期間はとっくに過ぎていた。
「え?……なにこれ?」
「あんたお父様に気に入られてるじゃん?
代わりに支払いお願いしておいてね」
「……あ、待ってッ!」
踵を返す姉に縋り付き呼び止める。
「お姉様!これは……いくらなんでもあんまりです!
貴族として、家族として……領地民とお父様母様を……皆を悲しませるようなこと、しないでください!!」
「うるっさいわね!」
「このままでは悪評が付き、お姉様の結婚も難しくなってしまいます!」
「……はぁ?」
一瞬にして姉の雰囲気が変わった。
「!!」
姉の豹変ぶりに、思わず私は後ずさる。
「私が!攻略対象と!仲良くなれないのは!
お前がいるからだろうが!!!」
姉に強く肩を掴まれ、揺さぶられる。
「や、やめてください……!」
周囲に人の気配はない。
後ろには噴水。
抵抗するが姉の力には敵わない。
「私があんたの代わりにヒロインやるからさぁ……。
あんた死んでよ?」
姉はそう言うや否や、私を噴水に思いっきり突き飛ばした。
バシャン
刺すような冷たい水の感覚、遠くなる音。
姉の笑い声が遠のいて行く。
もがけばもがくほど、水は体から熱を奪い麻痺させていく。
(ランスロット様……)
最後の力を振り絞って手を伸ばす。
「クロエ!!!」
大きな手が私の手を握ってくれた。
その暖かさと安心感。
私の危機に駆けつけてくれたのがランスロットだと言う嬉しさを残し、私の意識は暗転した。
迎えた卒業パーティー当日。
姉はピンク色の髪が映える黒に赤がアクセントのドレスを身に纏っていた。
周囲は姉のドレスに釘付けである。
上質な生地、精巧なレース、散りばめられた宝石。
しかし、皆が注目する理由は別にある。
理由はドレスの色合いはハロルド殿下を指し示していたのだ。
しかし華やかなドレスとは対照的に、姉の表情は暗い。
噴水での件もある。
姉とは関わりたくないが、渡す物があるため私は仕方なく姉へと近付いた。
噴水に突き落とされて以来、対峙したのはこれが初めてだった。
「お久しぶりです。お姉様」
「あら、クロエ」
まるで噴水の件がなかったかのように話す姉。
恐怖心が込み上がる。
「今日は渡すものがあって……」
そんな私には目もくれず、辺りを観察していた姉は何かに気付き私を軽く突き飛ばした。
「後にしてくれる?今から私、忙しいの」
発言に不安を覚えた私は、姉の視線の先を見た。
ちょうど、ハロルド殿下とイライザが入場してきたタイミングのようだ。
そんな姉とイライザを見て私は目を見張り、会場中も騒ついた。
同じドレスを着ていたのだ―
ショックを受けるイライザに、忌々しい表情で姉を睨むハロルド殿下。
対して姉は満面の笑みを浮かべている。
「フジーア嬢……。
なぜイライザと同じドレスを着ている……?」
「ハロルド殿下。
殿下のお気持ち、私はわかっていますわ」
怒りのあまり小刻みに震えるハロルド殿下。
そんな殿下に姉が猫撫で声で話しかける。
まるで会話にならない状況に会場中が、恐怖を覚えた様に静まり返った。
ハロルド殿下の護衛として側にいるランスロットが警戒して姉と殿下の間に入る。
「私の気持ち?何を言っているかわからないが……
何故お前は私がイライザのために仕立て送ったドレスと同じドレスを身に纏っているんだ?」
今までハロルド殿下は、姉に苦渋を強いられてきた。
卒業する今日に至っても変わらない現状に疲れを滲ませている。
イライザは殿下に支えられなんとか立っているが、姉の得体の知れない行動に顔が真っ青になっている。
「ハロルド殿下が私を好いているからこそ、ですわ?」
そんなイライザを嗤うように姉は殿下との関係を仄めかす。
私は入学して以来、私に良くしてくださったイライザの悲痛な表情に我慢できず前へ出た。
「お姉様!これは……いくらなんでもあんまりです!」
「ちょっと!私の邪魔をしないでよ!!」
イライザから姉を離そうと、腕を掴み無理矢理下がらせる。
しかし姉は動かないどころか、振り払われる。
「ハロルド殿下。いえ、ハリー様!!
ハリー様を心より愛しているのは、そこの女でもなくクロエでもない……この私ですもの」
うっとりと宣う姉。
私は恐怖のあまり動くことができなかった。
「何回も言うが、私に近づくな!!愛称を呼ぶな!!
私がお前を愛することなど、死んでもない!!」
イライザを庇うように抱き締め、腹立たしげに姉を睨み声を荒げるハロルド殿下。
「なぜそんなことを言うのですか?
あ!もしかして公爵家が怖くて婚約破棄を言い出せないのですか?」
姉の言うことが一つも理解できない殿下。
「……は?なにを言って……?どうかしている……」
姉がしでかしている状況に我に返った私は、自分の頬を打ち気合を入れる。
「ハロルド殿下、我が姉が申し訳ございません。
この不始末、どのような処罰をも受入れる所存です。
しかし、この場は祝いの場。
一旦、姉と私はこの場を辞したいと思います」
殿下に断りを入れ、これ以上迷惑をかけないよう、混乱した会場から姉を連れ出そうとする私。
そんな私の考えを否定するように、姉が私に牙を向いた。
「いつもいつもいつもいつもいつもいつも!!
いつもなんで私の邪魔ばかりするのよ!!」
姉が私に向かい手を振り下ろす―
しかしその手は私に当たることはなかった。
見上げると、ランスロットが姉の腕を掴んでいる。
姉はランスロットの手を外そうと踠いていた。
「……ちょッ!放しなさいよ!」
ランスロットは姉を鋭く睨むと殿下に向き直る。
「ハロルド殿下。
この場を借りて告発をしても良いでしょうか?」
「……申せ」
イライザの顔を見た殿下は、ランスロットの告発内容を察し許した。
異例の事態に会場中が騒めく。
姉は心当たりがないようで、余裕の表情をしていた。
「フジーア男爵令嬢。
ハロルド第二王子殿下とアリーシャル姫君の婚約は公然の事実だ。
君はそんな二人の間に無理矢理割って入ろうとしただけでなく、ハロルド殿下へ付き纏った。
いずれも、不敬罪に当たる行動だ。」
内容を聞いても姉は焦る様子を見せない。
「婚約が公然の事実?
権力でハリー様の自由意志を押さえつけてるだけじゃない!
それに付き纏い?居合わせただけよ!」
姉の反論に、ハロルド殿下が切り返した。
「権力なんて使われてない。
始まりは政略的な意図があった。
だが、私はイライザを愛しているから一緒にいるのだ!」
殿下の発言にイライザは感極まった様子でハロルド殿下の胸に顔を埋めた。
二人の様子に会場中からは祝福の声が上がる。
「……はぁ?愛してる?」
ハロルド殿下の言葉を聞き、姉が俯き何かブツブツ言っている。
ショックを受けたのかと心配し側に近寄った。
そんな私に聞こえた言葉は耳を疑う内容だった。
「王子が悪役令嬢と……?え?バグ?
愛してるって何?私がヒロインじゃないから?
イベントと選択肢はちゃんと踏んだはず……」
言ってる意味はわからないが、反省してないことだけはわかった。
そして姉は顔を上げ、ランスロットを見る。
「……じゃあランスロットで我慢してあげるわ」
「お姉様!!!」
太々しい姉の態度に我慢ができず、私は叫ぶ。
淑女にあるまじき大きな声が出てしまった。
それほど苛立ちが止められない。
そんな姉にランスロットも我慢の限界だったようだ。
「黙れ!!」
ランスロットの声が会場に響き渡り、次に会場はシンとした。
「不敬罪を働き、不誠実な行動をとるお前を心底軽蔑する。
……そんなお前でもクロエは最後まで止めていたんだ」
ランスロットが私のことを心配そうに見つめる。
「お前はそんな優しいクロエに対し、暴言を吐き暴力を振るい。
…冬の寒さが厳しいあの日、明確な殺意を持ってクロエを噴水へ突き落としたんだ!」
あの後、私はランスロットに助けられた。
一歩遅ければ助からなかったそうだ。
それでも2週間は寝込み一時命の危険もあったらしい。
「そんな姉妹の喧嘩に口を挟まないでよ!
ランスロットには関係……ない……あれ?」
ここで姉は何かに気づいたらしい。
「クロエのドレス……」
私はこの日、ランスロットにプレゼントされた、腰から足元にかけ美しい広がりを見せるAラインが特徴的な琥珀色のドレスを着ていた。
「は?ランスロットルートのドレス?クロエ……あんた……」
表情の抜け落ちた顔で私を見る姉。
ランスロットは私を引き寄せ姉から隠した。
「姉妹のことだからと控えていたが、これ以上は無理だ」
ランスロットは私を抱きしめながら姉にとある事実を言った。
「先日、私とクロエは入籍し夫婦となった。
したがってクロエはアルション伯爵夫人だ。
平民のお前とは立場が違う」
姉が理解できないといった表情で私を見る。
「は?結婚?伯爵夫人?夫婦?え?
……てか平民って?……何言って……?」
ランスロットが発言する衝撃的な事実の連続に姉は思考を放棄するかのように笑った。
そんな姉に私は、両親から姉への手紙を手渡した。
「お姉様、渡したいものがあると声をかけたのを覚えていますか?」
姉は震える手で開封し中を読む。
「……え?フジーア男爵家が無くなった……?
私たちが平民……?!」
すると、姉は手紙をビリビリに破り床にばら撒いた。
「こんなの……嘘に決まってるわ!!」
「近衛兵!!」
私に掴み掛かろうとする姉を、ハロルド殿下が呼んだ近衛兵が取り押さえる。
「私“たち”と言ったが、正確にはお前だけだ」
そんな姉を見下ろしランスロットは冷たく言い放った。
「は?どう言うことよ!?」
焦る姉の問いに私が答える。
「父上と母上は城での働きが認められて一代限りの男爵位を下賜いただきました。
その男爵位は特殊で、子ども……つまり私たちは貴族と名乗ることができません」
「じゃああんたも平民じゃない!
そんな女が伯爵夫人になんてなれる訳……」
「その問いには私が答えよう」
ハロルド殿下が冷たい表情で、床に取り押さえられている姉を見下す。
「フジーア男爵家の取り潰しが決まった際、ランスロットとクロエの仲を考え取り潰し前に王命で入籍させた」
「……どうして…どうして!?クロエだけ!!?
ヒロインだから?!私がヒロインじゃないからなの!?」
ハロルド殿下の発言に、理解できない内容で言い募る姉。
そんな姉に殿下はしゃがみ込み、姉へ何かを呟いた。
「ゲームのことばかりで、お前が現実を見なかったからだろう?」
「……は!?なんで!!」
ハロルド殿下に何かを言われた姉は酷く取り乱したが、近衛兵に連れて行かれた。
連れて行かれる姉を私は複雑な気持ちで見送ることしかできなかった。
「クロエ、王家と公爵家は不敬の罪をフジーア男爵家とクロエに背負わすことは望んでいない。
……お前は被害者なんだよ」
ハロルド殿下の優しい気遣い、イライザの笑顔に“全てが終わった”ことを察した私はランスロットの胸に顔を埋め泣いた。
「お疲れさん。
これからは自分の幸せなことを考えような」
ランスロットが優しく頭を撫でてくれる。
その手つきに涙は後から後へと枯れることがなかった。
「今日この場に参加している皆の者。
中座した上に、この様な光景を見せてしまい申し訳ない。
水を差したが、改めて本日の卒業パーティー楽しんでくれ」
殿下の発言に、会場は次第に賑わいを取り戻した。
ランスロットと私はあの後すぐ会場を後にした。
「大丈夫か?」
ランスロットが心配そうに私を覗き込む。
その表情に、声に、あの時の記憶が蘇る。
「大丈夫です……。
あの時のことを……噴水から助けてもらった時のことを思い出しました」
私の発言にランスロットは真っ赤になりそっぽを向いた。
噴水から助け出される際ー
「クロエ?クロエ!!」
「頼む!目を開けてくれ!!」
「私はクロエが好きなんだ……!」
私に愛の告白をしてくれた。
冷たい水の中、体力を奪われ動けない私の耳に届くランスロットの声に驚いたのを今でも鮮明に思い出す。
「……あまり虐めないでくれ」
そっぽを向きながら、顔を真っ赤にし言い募るランスロット。
「ふふふ。ごめんなさい。
……ランスロット様はいつから私のことを?」
私の質問に対し、向き直り真剣な表情をするランスロット。
「最初、フジーア男爵令嬢と対峙した時……。
暴言を吐かれても、暴力を振るわれても家族を思い行動するクロエを守りたいと思った」
硬派でいつもそんなことを言わないランスロットの告白に当てられ、顔に熱が集中する。
「クロエが周りの人を大切に想う分、私がクロエを大切にしたいと思ったんだ」
不意に私の手をランスロットは包み込む。
「クロエ、愛してるよ」
私は大切な姉を失った代わりに、大切な夫と巡り会えた。
「私も愛してます、ランスロット様」
家へ続く道を満天の星空の下走る馬車。
私たちは静かに口付けを交わした。




