第2話 誤エレベータ
あの画家が描いた絵は今自分の手元にある。画家は「あっ」と言ったあと絵だけを残して消え、雨も降り出したので、結果私が持って行くことにした。断ってもよかったのだが、あの画家の感情はキャンバスへ突き刺さっていたのだ。思いを込めすぎていたので、だから絵が動いて見えるのだろう。
いつから、この屋敷にずっと閉じこもるようになったのだろう。時計の針が動くとこの部屋の完璧は崩れていってしまうため、ずっと前から止まっている。唯一私に時を知らせる太陽も、たくさん見すぎてしまったため、とても早く動くように感じてしまい、ほとんど意味をなさなかった。
絵はあまり通らない廊下の壁に立てかける。その廊下は薄暗く、絵が光っているように見えた。本当に光っていたのかもしれないが、もう一度確認する気にはその時にはなれなかったのだ。後で見ればいいと。
長い廊下をぬけ、久しぶりに外へ出た。雨が上がったばかりで独特の土と草のにおいが辺りに満ちている。近くの道をうろつく、恐らく、先ほどの画家を探している人がいた。金色の腕輪が近くの草が歪められて映し出されている。
自分のちょうど肩より下ほどまである、赤茶色の髪がなびく。風が強く吹く。身体が宙へまう。空に向かって高く打ち上げられ、突然止まった。私が突然重くなる。
自分の身体が落ちていた。
人々の叫び声が聞こえ、私の意識は残らなかった。
「顔はきれいなのに変な格好」「あ、起きた」
となりに、自分からしたら変な格好をした人が座っている。身長は私と同じぐらいだ。
「ここどこですか?」
「大学のキャンパス内」
聞く必要なかったのかもしれないが、ここはどう考えても私のいた世界とはずれたものだった。聞いたことがあるのだ。あちら側の世界の太陽は青いと。ここのキャンパス内に水路があり、浅い水の表面が白く青く光っている。
「熱中症なってそうだねー」
口の中にストローをくわえさせられた。ストローの口をつけない部分の先にやわらかい袋がついていて、ストローの先から甘いのだかしょっぱいのか、よく分からない液体が出てくる。砂糖入り塩水だ。
「不安だから補水液」
ストローが口からなくなる。
「このくらいでいいか」
地面に横向きで寝そべっていることに気がつく。私は起き上がり、口の中の砂糖入り塩水をなめた。
「今話せるんだ。あなたヘンなところから来たよね? その格好でここにいるってことは」
「はい。なんというか、争いばっかのとこから来ました」
「そうかぁー」
となりの人は、何もない場所から白いカードを取り出すと、私の近くに置く。白いカードには空と同じ色で[接続エレベータ 権限]と書かれていた。
「帰れるよ。あなた。帰れるけど物理的に遠いから時間かかる。すぐには帰れないね」
「私はどうすればいいんですか?」
「そのカードにアスタリスクが印刷されてるから、青色が濃くなってる方へ向かって歩いて」
白いカードを傾けると、色の濃い部分だけ切り取られたように、私にとって同じ方向を表す位置にとどまり続けている。北西に進めばいいらしい。
「三時間ぐらい歩かないとつかないけど、絶対行けない距離ではないし、これしか行く方法がない。終点にエレベータがあるからそれに乗って帰ればいい」
エレベータではなくエレベーターが正しい気がしたのだが、ここは元いた世界とは違うのだと改めて思い、注意はできない。
「ごめん。わたしは用事があるからついていけない」
となりの人はものすごい速度で大学の建物内へ入って行った。私は家に帰るために歩く。
不思議な世界だ。屋外のむき出しの道なんてものは存在せず、全て建物の中なのだ。一番大きな建物の天井には人造の空がはられている。その建物の中に小さな建物が敷き詰められて、真上から見れば倉庫のように見えるだろうか。
ちょうど歩く方向に民家ではない三角屋根の建物があった。入るしかなかったので私がドアノブをつかむと、キイという音をたて開く。鍵はかかっていない。