第四章 「サンタイム」
——聖夜の鐘が鳴る。
迎えた十二月二十四日——クリスマスイブ。二十一時半。
北海道の某所、すっかり闇に包まれたその上空で、奇怪な格好をした十人の人間が顔を合わせていた。
「お久しぶりね、白髪男」
「元気そうだな、変態サンタ帽女」
ささやかな装飾が施された小さなソリに乗った男女が、互いのソリを近づけて挑発を行う。そのソリの前にはそれぞれ一頭のトナカイ。さらにその周囲に、各四頭ずつのトナカイがスタンバっていた。
太郎はゆっくりと、大きく息を吐き、白く流れていくそれを目で追った。
「緊張してるのかい? ティラノ」
「まあ……。なんだかドキドキして、でもワクワクもしてて、すごく落ち着かないです」
肩を叩いてきたのはキューピット。普段通りのその笑顔で、太郎もわずかに落ち着きを取り戻す。それでも、はやる鼓動を抑えることはできない。
「ハハッ、いいねいいね! 存分にドキドキしなよ! なんたって僕らは、夢を届けるサンタのトナカイ——今夜がまさに、その晴れ舞台なんだから!」
「へっ! おうティラノ、しっかり頼むぜ? お前が攻撃もらうなんてヘマしたら、俺たちは終わりだからな」
「う……」
「ドンダー、プレッシャーかけちゃダメだよ! ティラノ、ティラノがいる限り私たちの勝機は消えない。だから頑張ろうね!」
「それはプレッシャーとは違うのかな、ダッシャー」
キューピットのツッコミに太郎も苦笑いする。
「冗談だよ。俺が守る以上、お前が攻撃されることはあり得ない。任せとけバカ!」
「もちろん、僕もサポートするよ。共にやり切ろう!」
頼れる仲間達の言葉に、太郎は力強く微笑んだ。
『——え〜、聞こえるかのぉ? こちら本部〜、ワシじゃ〜』
インカムから、年老いた男性の声が聞こえてくる。
「聞こえてるぞ、雪森さん。感度良好だ」
『え〜、もう間もなく、サンタの座をかけた「プレゼント配り対決」を開始する。両者共、準備はできておるか?』
「おう! ばっちりだぜ!」
「いつでも大丈夫だよ〜?」
力強く返事をするサンタ二名。そのトナカイ達も、気合い十分の態度を返した。
「……ティラノ、ちょっと」
「え? どうしたの、ダンサー」
小声で話しかけてきた寧桜。その手には、小さな鈴を持っている。
「これを……。これを持っていれば、あなたがどこにいても私にはすぐにわかる」
トナカイのレーダーに反応する発信機のようなものだ、と寧桜は教えてくれた。
「……役割的に、必要だと思っただけ。どこかにつけておいて」
驚いた顔をする太郎に、寧桜は付け加えるようにそう言った。太郎は慌てて頷き、ズボンのベルトにくくりつけた。
「……やり遂げましょう、必ず」
「うん……‼︎」
そう言って、二人は互いの持ち場に戻る。
『——ではこれより、「プレゼント配り対決」を開始する。よ〜い……、スタートじゃ‼︎』
二十二時ちょうど——運命の夜が始まった。
*
鈴木健太——十四歳の中学二年生——は、まだ幼稚園生の妹に頼まれ絵本の読み聞かせをしていた。健太の父親は数年前に他界し、母親は今日も夜勤で家にいない。妹を寝かしつけるための読み聞かせは、もはや健太の日課となっていた。
「ねぇお兄ちゃん……、今年はサンタさん、くるかなぁ?」
ふと、目を瞑った妹のカナデがそんなことを口にする。健太は少し迷ったあとで、そっとカナデのおでこを撫で、優しい口調で答えた。
「そうだなぁ、今年こそ来るといいなぁ……」
ふと、カナデが目を開けて健太を見る。健太は慌てて、次の言葉を紡いだ。
「……き、きっとサンタさんは、歩くのがものすんごく遅いんだよ。いつもたくさんのプレゼントを背負っているから、なかなかうちに辿り着かないんだ。だから……、今年来なくても、来年には来るかもしれないな……」
枕元に置かれた靴下。サンタさんのためにとカナデが用意したおもちゃのクッキー。それらを見て、健太は胸がとても苦しくなった。
「……あのなカナデ、実は——」
「——なんの音だろ……」
ふと、カナデが窓の方を見てつぶやく。それを聞いて、健太も口を閉じ耳をすませた。
——ドーン…… ドーン……
かすかだが、遠くの方で音がする。それはどこか、花火の音に似ている気がした。
「……こんな時期に花火?」
健太は立ち上がり、窓の方へと歩き出す。サクラも起き上がり、健太の後ろをついてきた。
——ザッ、ガラララッ
窓を開けると、十二月の冷たい夜風が部屋に吹き込んできた。どこにも、花火のような光は見えない。
「気のせいか……? うっ、さむ! ごめんサクラ、すぐ閉めるから——」
「……お兄ちゃん、あれなに?」
「え……?」
サクラが指差し、健太も目をやる。向こうの空から何かが近づいてきているのが見えた。
「——な、なんだあれ⁈」
はるか上空、真冬の夜空に、光がはじける。それはまるで花火のように、多くの花弁を夜空にばらまき、そして消え——ることなく、地上に降り注いでいた。はじけた光の大輪は、その光のカケラ一つ一つがなにかの形となり、ゆっくり地上に降下している。目をこらしてみても、遠すぎるからか小さすぎるからか、それが何であるか見抜くことはできない。
「お兄ちゃん、近づいてくるよ」
次々とはじける花火。その最前線は徐々に近づき、やがて健太達の視線の先、すぐ近くまでやってきた。
「なんだよ、あれ……」
上空で、なにかが飛び回っている。遠くてよくわからないが、大きな何かと、小さい何かが飛び回っている。
——すると次の瞬間、大きいなにかがはじけ、無数の光の軌跡が夜空に残る。
その軌跡の一つ一つは、やがて小さなプレゼントボックスとなり、そのうちの二つが、ゆっくりと健太とサクラのもとに降りてきた。
「わっ! プレゼントだよお兄ちゃん! お兄ちゃん、プレゼント!」
飛び跳ねて声をあげるサクラ。窓辺に近づいてくるそれを、サクラはギュッと抱きしめた。何が起こっているのかわからない健太——それでも目の前に現れたそれはしっかりと受け止める。
——その時、空から高らかな声が聞こえてきた。
『ファ〜ッハッハ〜‼︎ メリ〜クリスマ〜ス‼︎』
想像よりも高く陽気なその声は、暗い街に響き渡り、健太の心に響き渡った。
「——ねえ聞いた⁈ メリークリスマスだって! 今の、サンタさんだよね! ね! ね!」
おおはしゃぎするサクラ。ふと目をやると、サクラはなにやら驚いたような顔をしてこちらを見ていた。
「……お兄ちゃん? どうしたの?」
——なにが? その言葉が、口からうまく出てこない。
「どうして、泣いてるの……?」
その言葉を聞いて、健太は崩れるように泣き出した。膝をつき、プレゼントを抱え、うずくまるようにして泣き出した。
「うぅ、う、うぁぁ、ぁぁぁぁ! あぁぁ〜‼︎」
声をあげ泣きじゃくる健太の頭を、サクラがそっとさすってくれる。
「……どうしたの? 大丈夫?」
戸惑いながらも声をかけてくれるサクラの優しさに触れて、健太はぐしゃぐしゃの顔のまま起き上がる。
それからサクラに微笑むと、共に窓の外に顔を出して大きく息を吸い込んだ。
「「——サンタさ〜ん‼︎ ありがとう〜‼︎」」
二人の声は、遠く輝く星々にまできっと届いた。
*
「綺麗だな……」
流星のように降りそそぐ光のカケラ達を見て、太郎はつぶやいた。この一つ一つがきっと、子ども達の笑顔になる——そう思うと、胸が熱くなる想いだった。
——だが、いつまでも感傷に浸ってはいられない。いつだったか寧桜が言っていた
『——私たちは演者、自分たちが感動に溺れてはならない。心は熱く、けれど頭は常に冷静に——そうして、お客さんに感動してもらうの』
太郎は気合いを入れ直すと、タイミングを合わせ再びフードを被った。
——対決は接戦だった。このプレゼント配り対決は、陣地取りゲームに近い構成をしている。同じ地点からスタートした両チームが、違うルートを通って日本各地にプレゼントを配る。一度通ったエリアには反対のチームは行けない。最終的に、どちらがより多くのエリアに、より多くの子ども達に自分のチームのプレゼントを配れたかで勝敗が決するのである。
予想通り、ローズチームは以前よりも連携の精度を高め、より早くプレゼントモンスタ―を倒せるようになっていた。加えて例の『配布量二倍』という力によって、ものすごい速さで多くのエリアを制覇していく。
一方のサンタローチームも、負けてはいなかった。十二月に入ってからの徹底したチーム練習によって強化された連携、そして、サンタローが開発した新たなトナカイスーツ『ルドルフ』——その能力である『超強力バフ』——によるトナカイ達の超強化も合わさって、一個体に掛ける時間の短さは圧倒的。ローズチームを大幅に上回るスピードでプレゼントモンスターを倒していった。
『——中間報告〜。現在、両チームの配布状況はほぼ互角じゃ。ただ……、わずかにサンタローチームがリードしておるぞ。……ん〜、頑張れローズちゃん‼︎』
「肩入れが過ぎるだろ、あのジジイ!」
そう言いながら、サンタローはニヤッと笑った。
雪森の報告が確かなら、今リードしているのはこちらのチーム。このままそのリードを守れれば、勝てるということだ。
だが、そう上手くはいかないであろうことに、サンタローと太郎は気づいていた。
「みんな、体力の消費が激しい……」
基本的に動きが少ない太郎は、他のトナカイよりも視野を広く持てる。凄まじい速度でモンスターを倒していくサンタローチームのトナカイ達、けれどそれは、息つく暇もないほどに動き続けているということでもある。このままのペースを維持できないことは明らかだった。一方、向こうのチームの行動量はこちらの半分。今は互角だと言っていたが、向こうが最初から全力を出しているとは限らない。最初から全力を出す作戦のこちらにとって、それはあまりに不利な状況。
ちらりと、太郎はサンタローの方を見る。サンタローのソリにはモニターが付いており、相手チームの状況を簡易的にだが確認することができるのだ。サンタローの表情を見る限り、状況はあまりよくないように思えた。
そこから一時間が経過した深夜一時。
『——中間報告〜。現在、両チームの配布状況はほぼ互角じゃ! 本当に互角、どちらが上回ってもおかしくないぞ? ロ……、両チームとも、頑張るのじゃ!』
それは、サンタローチームにとっては嬉しくない報告だった。徐々にではあるが、ペースが落ちている。このままいけば、次の中間報告では逆転が告げられ、そこからの巻き返しの手段はほぼない。そのことを、サンタローはもちろん、トナカイ全員が自覚していた。
「みんな……」
ソリを移動させるダッシャー、モンスターの攻撃をかいくぐり攻撃を行う寧桜、モンスターに狙われる対象となるサンタローと太郎の間を往復しその攻撃を防ぐドンダー、全員の状況を見ながら必要であれば攻撃も防御も行うサポーターのキューピット。皆それぞれ、疲労の影が浮かんでいた。サンタローも少しでも負担を軽減しようと的確な指示を出し続けているが、状況は良くならない。太郎は、自身の無力さに下唇を噛んだ。
——とその時、ドンダーがよろけた。あまり移動に長けていないドンダーは、二箇所を守るために得意ではない移動を繰り返していた。それにより溜まった疲労のあらわれ。ほんの一瞬、サンタローの防御に向かうのが遅れる。
「ダッシャー‼︎」
ドンダーが叫び、ダッシャーは急いでモンスターから距離を取る。しかし、突然の事態に連携が乱れる。
「逆だダッシャー‼︎」
サンタローが叫ぶ。ダッシャーが回避した方向は、ダンサーやキューピットがいるのとは反対側だった。直進で向かってくる虎型のモンスターに対して、誰もフォローに入れない。
「——まずいっ‼︎」
キューピットはすかさずドローンをまわす。が、それは単体でモンスターを止めるほどの力を持たない。
——サンタローが攻撃されれば、プレゼントを配ることはできなくなる。
とっさの判断、サンタローを守るための機転——太郎はフードを被り、モンスターのターゲットを自分に変更した。それにより、トラ型のモンスターはサンタローに触れる直前で静止した。
「……よかった」
——が、次の瞬間。トラ型のモンスターは進路を反転、まっすぐ太郎に向かって飛びかかってきた。とっさの自己判断だったため、他のトナカイはターゲットが変わったことに気づくのが遅れる。全員サンタローに寄っていたため、距離も離れている。
「やばいやばい……‼︎」
あまりの迫力に、回避行動を取ろうとする太郎。しかし、能力発動中は移動できない。
「——フードを外せ‼︎ ティラノッ‼︎」
「え——」
トラの牙が、ティラノを捉えた。
——ガンッ‼︎ ドゴォーン‼︎
丸かじりされる太郎。その直後、トラははじけ、爆風によって太郎も遠くへ飛ばされる。
高速で流れる風景と激しい衝撃を全身で感じながら、太郎は何が起きたのかを必死で理解しようとしていた。
——ガサッ、ガサガサ……
落ちた場所は、どこかの森だった。ところどころに走る鈍い痛みを感じながら、太郎は自分の行いを悔やんだ。
「……終わった」
自分が攻撃をくらったことで、『サンタの魂』は失われてしまった。もうサンタローがプレゼントモンスターを出すことはできない。つまり、あの魔法のような方法でプレゼントを配ることはもうできない。勝負には負け、サンタローとそのトナカイはすべてを失う。サンタローの勝利を願い力を注いでいた多くの人々、新米の自分を信じ役割を託してくれた全ての人々の期待、想いを、太郎は裏切ってしまった。そのことが情けなくて、悔しくて、悲しくて、太郎は誰もいない森の中ではを食いしばり涙を流した。
今頃みんなは何を思っているだろう。個人の勝手な判断で勝負を捨ててしまった自分に対して、何を思っているだろう。それを思うと怖かった。
「——大丈夫?」
突然、足元の方から声がした。仰向けのままアゴを引くと、そこには寧桜が立っていた。
「……どう、して」
「——それ。それがあったから、私が一番早く来れた」
寧桜は、ベルトにくくりつけてあった鈴を指して言った。
「そっか……」
そう言って、太郎は腕を置いて顔を隠した。取り返しのつかないことをした自分は、一体どんな顔で会ったらいいのかわからなかった。
「……ごめんね」
すると、寧桜がそんなことを言う。
「私がもう少ししっかりしてれば、あなたを守れたかもしれなかった……」
「そんなことっ! そんなことない! あれは僕のミスで、責任で、間違いで……」
太郎は上体を起こし、やがてうつむいた。
「……ごめんなさい」
謝って済む問題ではなかった。けれど、謝る以外の手段を知らなかった。
「…………これからどうしようか?」
場違いに晴れやかな声で、寧桜が言った。それが太郎を気遣ってのものだと、気づかないほど太郎も間抜けではなかった。
「これから、か……。どうしようね……」
言って、太郎は考える。パッと思いついた道は二つあった。
一つは「逃げる」こと。もう一つは「立ち向かう」こと。
その言葉を並べた時、まず最初に逃げたいと思った。それは、太郎にとって選び易い選択肢だった。こわいもの、つらいものから逃げること、それは決して痛みのない選択ではないことを太郎は知っている。それでも、その痛みはすぐそばに迫っている恐怖に比べれば大したことのないものに見えた。
——だが、太郎は知っていた。「逃げた痛み」は、「向き合う痛み」よりも確実に、そして長きに渡ってこの身を襲うことになると。
——もう一つ。太郎は決めていた——自分はここで変わってみせると。トナカイ見習いとして日々を過ごすなかで、毎日苦しみに打ち勝つように自主練を続けるなかで、毎日のように、心のなかで叫んでいた。逃げ出した過去、弱い自分——そんな自分を、好きになれずに苦しんだ自分。その全てに決着をつけたい、今度こそ、胸を張って「やり切った」と言いたい! その想いが、太郎の全身に刻まれていた。
——だから。
「諦めたくない……」
太郎はそう口にした。絶望的な状況で、自分のせいで招いたこの状況で、傲慢さを自覚しながらも口にした。
「——僕は、諦めたくない‼︎ プレゼントを配りきって、このクリスマスイブをきちんと終わらせたい……‼︎」
ありったけの想いを込めて、策もなにも無いままに、心だけで叫んだ。
立ち上がった太郎を見て、寧桜は驚いたような、けれどすぐにどこか納得したような表情を浮かべた。
「——へっ、なんだよ、全然落ち込んでねえじゃねぇか」
すると、空の方からドンダーの声がした。憎まれ口を叩きながら降りてくるその顔は、不思議と怒りには染まっていない。
「ティラノ! 大丈夫⁈ ごめんね、私……。私が回避する方向を間違えたから、こんなことになっちゃって……」
続いてダッシャーが降りてくる。ダッシャーは泣きそうな表情をして、太郎に駆け寄った。
「そんな、……全部僕のせいだよ。僕が勝手なことをしたばっかりに」
「まっ、すぐにフードを外すってことを思いつかなかった点に関しては、お前が悪いな!」
視線を向けた先、ドンダーは肩をすくめて小さく笑った。
「……冗談だ。俺が最初に連携を崩しちまった。誰かのミスだって言うなら、これは俺のミスだ。すまねぇ、みんな……」
「そんな……」
頭を下げるドンダーを見て、太郎は声を震わせた。
「——きっと誰のせいでもない、みんなそれぞれに至らなかった点がある。当然、僕にもね。すまなかった」
キューピットはそう言って地上に降りると、ドンダーに続けて頭を下げた。その姿を見てダッシャーが、続けて寧桜が頭を下げる。太郎もそれにならい、誰よりも深く下げるつもりで頭を下げた。
「ふぁっはっは、お前ら何してんだ? 相当おかしな見た目になってるぞ?」
「サンタロー……」
トナカイ達は顔を上げる。サンタローはにこやかに微笑みながら、トナカイ一人一人と目を合わせた。
「責任の所在って話をするなら、結果のすべては俺の責任だ! うぬぼれんなバカども! …………プッ、あ〜っはっは‼︎」
キョトンとするトナカイ達を見て、サンタローは笑い出す。あまりに空気を読んでいないその笑い声が次第に面白くなり、トナカイ達も一人、また一人と笑い出した。人気のない山のなか、五人の笑い声だけが響き渡った。
「——さて、それでこれからどうするかだが……、ティラノ、お前さっきなんだか面白いこと言ってたよな? もう一度聞かせてくれ」
サンタローの言葉で、トナカイ全員の視線が太郎に向く。一瞬ビビる太郎、けれどすぐに気合いを入れ直すと、力強い目をしてその場にいる全員を見つめ返した。
「——僕は、諦めたくありません! 今からでも、プレゼントを配りを再開したいです!」
太郎の言葉に、皆それなりに驚いた顔をする。
「……配るって言ったってお前、どうやって。もうプレゼントモンスターは出せないんだぜ?」
「それは……、わかりません! 方法なんて、何一つ思いついてないです……‼︎」
「わからないってお前……」
「——それでも僕は、ここで終わらせたくない! 逃げ出したくない! たとえ無駄だったとしても、可能性を探したい! 最後まで足掻きたいんです!」
目を丸くするドンダー。その横にいたダッシャーが一歩前に出る。
「私も……‼︎ 私も諦めたくない! たとえ勝負に勝てなくたって、最後までサンタのトナカイとしてつとめを果たしたい!」
その言葉で、キューピット、ダンサー、ドンダーの三人も一歩前に出る。
「みんな……。……サンタロー、これが僕たちの意志です! ——って、あれ?」
覚悟を宿した凛々しい瞳で振り返った先、サンタローはいなかった。サーッと視線を走らせると、サンタローは乗ってきたソリの位置に戻っている。近づいてみると、サンタローは何やらとても驚いたような顔をしてモニターを覗き込んでいた。
「……ヤバい。終わったかもしれない」
ポツリと放たれた聞き捨てならぬその言葉に、トナカイ達も慌てて駆け寄る。
「え? あ……」
覗きんだモニターには、空中でホバリングをするだけのトナカイと、わんわん泣いているローズが映し出されていた。サイドにあるステータス表示が、何が起こったのかを簡潔に説明する。
『魂 ロスト』——ローズチームも、『サンタの魂』を失ってしまったのだ。
思いのほか両チームの距離は近かったため、太郎達はローズチームに合流した。
聞くところによると、彼女達がサンタの魂を失った原因も、トナカイが半数になったことによる連携ミスらしい。緊急時のとっさの判断で、これまでの訓練のクセが出てしまった。そして、その連携に不可欠なメンバーが、今晩はいなかったのだ。
大見栄を切って出て行った形のローズチームのトナカイ達は皆、気まずさなのか悔しさなのか、黙ったままうつむいていた。
「両者ともプレゼントも配る力を失った、と……。もう勝負どころじゃないな……」
「ぐすっ、このままじゃプレゼントを配り切ることすらできない! 私はサンタの代わりなのに、こんな失態! うわ〜ん! もうサンタさんに顔向けできないよぉぉぉ!」
子供のように泣きわめくローズ。成人をこえた女性があんな風に泣くのを始めてみた。
「……その通りだ。俺達は勝負ということに意識をとられて、一番大事なことをおろそかにしてしまっていた……。勝利にこだわるあまり、『子供達に無事にプレゼントを届ける』というサンタとして一番大切なことを忘れてしまっていたんだ」
サンタローは悔しさに顔をゆがめ、トナカイ達も自らの愚かさを悔やんだ。
「……そうだ、思いつきました!」
そんな中、太郎だけが笑って口を開いた。突然の発言に、まずサンタローが顔を上げる。
「……ティラノ、思いついたって、何を……?」
「プレゼントを配る方法です! まあ、思いついたと言っても配り切れる保証なんてどこにもないですけど……。でも、これ以外には思いつかないです!」
太郎の言葉に、うつむいていた両チームのトナカイ達も次々に顔をあげ、その策に興味を示す。
「……どんな方法なの? 教えて、ティラノ!」
最初にたずねてきた寧桜に、太郎は両腕をバッと広げて答えた。
「——ここにいる全員で、プレゼントを配達するんです! 一軒一軒、手作業で!」
太郎の発言に、みな目をパチクリさせた。
「トナカイスーツにはワープ座標が組み込まれるんですよね⁈ だったら、プレゼントを基地から送ってもらうこともできるはず。五人だったら相当厳しかったですけど、十人ならいけるかもしれない……‼︎」
「——待て待て待て! ティラノくん、きみ何言ってるか分かってるのか⁈ 僕たちがあと何軒の家にプレゼントを届けなきゃいけないと思ってる! 残り時間はあと四時間ちょっと、進捗はようやく関東を終えるあたり、とても配り切れない!」
太郎のトンデモ発言に、ローズチームのコメットが声をあげる。
「——でも! やらないよりはやった方がいい! たとえ間に合わなかったとしても、それは今ここで立ち尽くしている理由にはならないはずです……‼︎」
太郎の熱に、ローズチームの空気も変わり始める。
「……コメットさんの速度があれば、沖縄にだってすぐにたどり着けるでしょう。コメットさんだけじゃない。皆さん、僕なんかとは比べ物にならないくらいすごい力を持っている。きっとできます! やりましょう! 最後まで、足掻きましょうよ……‼︎」
響き渡る太郎の声。その背中を最初に叩いたのは、ドンダーだった。
「へっ! クソ生意気な見習いがよ……。やってやろうじゃねぇか! 先輩トナカイなめんなよコラ! ——おうっ! お前らも、トナカイ名乗ってんだったら根性見せろ‼︎」
ひとり、また一人と、トナカイ達の目に熱が宿る。
「……やれやれ、ティラノに全部持ってかれちまったな」
「サンタロー……」
「想像以上だよ、ルドルフ……!」
サンタローはニカッと笑うと、ローズのもとへ飛んでいって、右手を差し出した。
「俺たちはサンタだ。互いに敵だったというのも事実だが、子供達にプレゼントを届けることを指名としたサンタ同士であるということもまた事実。俺たちの使命のために、ここは一つ、協力しよう。……そのあとのことは、クリスマスを終えたあとで考えよう!」
サンタローはそう言って、まっすぐローズを見据えたまま口元だけでニッと笑った。
「……そうね。あなたのことは気に食わないけれど、今の言葉には大賛成。協力しましょう! 私たちで力を合わせて、立派にサンタをやり遂げるの! みんな、やるわよ……‼︎」
ローズも同様にして笑い、グッとサンタローの手を取った。
「よっしゃ〜‼︎ やってやるぜ〜‼︎」
「「「おお〜‼︎」」」
「ふふ、まさかこんなことになるなんてね。これはあなたの想定内? キューピット」
「まさか。ティラノは僕の想像を超える、とんでもないやつだったよ。ヴィクセン」
「レーラ! プレゼントの転送はいけそうか?」
『——問題ありません、サンタロー。ローズチームにいったトナカイ達に関しても、転送機能は使えそうです』
「よ〜し!」
高まっていく熱、みなぎるエネルギー。高まる士気に身をゆだね、太郎は心をふるわせる。
「いきましょう! 皆さん!」
「「「「「おっしゃ〜‼︎」」」」」
胸アツ共同戦線が、ここに結成された。




