第三章 「サンタクエスト 3」
イキイキとした動き、コミュニケーションの取れた連携、みなぎる闘志——チーム練習再開一発目の模擬戦は、チーム全体が以前とは比べ物にならないほどの力を発揮して、前回の二倍近い速度でプレゼントモンスターを倒すことに成功した。キューピットも今はドローンの半分以上を仮想敵を作るために使っているため、実際はもっと力を発揮できることになる。つまり、当初の目標であった『二倍の速度で倒す』はほぼクリアされたと言える。
その成果に、互いの成長を讃え、喜びを分かち合うトナカイ一同。
——サンタローが部屋に飛び込んできたのは、そんな時だった。
「——できた! できたぞっ! 今年のイブに向けた秘密兵器が‼︎」
その言葉を心待ちにしていたトナカイ達。太郎は四人のトナカイそれぞれと目を合わせ、共に期待を高め微笑んだ。
部屋を移動するトナカイ達。通されたのは前方は暗くなった中くらいの部屋。暗がりの中に、サンタローと同じくらいの大きさの影が一つ。布に被された何かが置いてある。
サンタローはマイクを取ると、布のはじを掴んでニヤリと笑った。
「ついに完成したんだ! 見てくれ、これが俺たちの最終兵器! ティラノ専用トナカイスーツ、『ルドルフ』だぁ〜‼︎」
引っ張られる布。バーンと照明が照らされ、一体のマネキンが姿を現した。
「「「「え?」」」」
「ん?」
「……え、僕?」
予想があったわけではない。だから、予想外というのは語弊がある。しかしそれでも、四頭のトナカイ、そして太郎にとって、それは想定外のワードだった。
「そうだ! これが俺たちがローズチーム勝つための力! 超強力なバフサポーター、ルドルフだ! ごちゃごちゃ言うのも面倒だし、百聞は一見にしかずだ! 今から『スノウドーム』で模擬戦をしよう! 行くぞ!」
何が何だかわからぬまま、太郎はレーラに渡されたスーツと共に、更衣室へ放り込まれた。
「お待たせしました……」
「「「「おお……‼︎ ……お?」」」」
着替えを終え、新衣装で現れた太郎を見て、サンタローチームのトナカイは声をもらす。
太郎自身も鏡で確認したが、新たな衣装は一言でいうとやたら『普通』だった。オーバーサイズの茶色のフード付きパーカーに、黒色のワイドパンツ。足には赤色のワークブーツを履き、頭には実際に生えているように見えるトナカイのツノ。これまでの練習スーツとも、他のトナカイ達のスーツとも違う——何とも日常的で、特別感に欠けるデザイン。
「……それ、ほんとにトナカイスーツなの?」
ダッシャーが尋ねてくる。
「そうみたい……。ほら」
太郎は浮上し、空中を移動してみせる。まるで普段着をまとっているかのような感覚、それが新鮮で面白かった。
「本当にトナカイスーツね……」
「で、これがどう特別なんだ?」
「ふっふっふ〜、よく聞いてくれました‼︎ ティラノ、ちょっとそのままフードをかぶってみてくれ。ツノは干渉しないようになってるから」
サンタローの指示に従ってフードをかぶる太郎。フードには小さな耳と真っ赤な鼻の飾りがついており、どちらかが特殊素材なのかツノはフードを透過する。フードを被ると、ちょうど頭がトナカイのようになった。
「これでどういう……、って……、え⁈」
ふと視線を戻すと、太郎以外のトナカイ四人のスーツが淡く発光していた。突然の出来事に、彼らも驚き疑問を投げかけている。太郎自身も、わずかに発光しているようだ。
「ふっふっふ……、これがルドルフの効果。ルドルフがフードを被っている間、周囲にいるトナカイは、基本性能とプレゼントモンスターに与える効果が超強化されるんだ! ちょっと試してみよう。ティラノ、一回フードを外してくれ」
フードを外すと、トナカイ達の発光がおさまる。それを見届けると、サンタスーツをまとったサンタローは、プレゼントモンスターを召喚した。
首にプレゼントをぶら下げた、雄牛型のプレゼントモンスターが姿を現す。雄牛は形を成すと、プレゼントモンスターの習性に従い、『サンタの魂』を持つサンタローめがけて突進し始めた。すかさず、ディフェンダーのドンダーがサンタローと雄牛の間に入る。
「今だ! フードを被ってくれ!」
フードをかぶる太郎。先ほどと同じように、周囲のトナカイ達が発光し始める。
「……これでどういう」
「——ドンダー! こっちはいい、ティラノを守れ!」
「「え?」」
——次の瞬間、太郎の目の前に雄牛の巨大な頭が現れる。急な方向転換、雄牛は太郎に向かって猛スピードで突進してきた。
「あ、やばいかも」
サンタローの物騒な一言。
とその時、なにかがもの凄い速さで太郎にぶつかった。雄牛とは違う方向から矢のように駆け抜けたそれに抱えられ、太郎は雄牛の突進を回避することに成功する。それは、サンタのソリを引っ張る役割を担う機動性に長けたトナカイ、ダッシャーだった。
「あ、ありがとうダッシャー……」
「え……、なに、今の速度……」
お礼を言う太郎。一方、ダッシャーは目を見開いて何か驚いたような顔をしている。
「危ない! まだ後ろから来てるよ!」
キューピットの叫び声。一瞬反応が遅れるダッシャーと太郎。そのまま衝突しそうになったところで——
——ヒュン‼︎
一閃。発光した寧桜が、凄まじい速度で雄牛の首元にあるプレゼントを切り裂いた。その速度に、周囲はもちろん、本人すらも驚きを隠せなかった。
雄牛は花火のように光となり、プレゼントを撒きながら消えた。
「ふ〜……。危ない危ない、練習で『サンタの魂』を失ったらシャレにならないからね……。——どうだ? 今のがルドルフの力、トナカイ達の超強化だ!」
明らかにこれまでとは違う動きを見せたトナカイ達。ドンダーやキューピットも、自身の変化を感じているようだった。だが——
「——待ってください。何か腑に落ちない……。急にこんな強化が可能なんですか? なぜこれを、能力としてティラノにだけ付与するのかもわからない。……サンタロー、まだ何か隠してますよね……?」
キューピットの言葉の通り、皆驚くと同時にどこか腑に落ちないという表情をしている。それを受け、サンタローはフッと笑った。
「さすがキューピット、鋭いな。いや、他のみんなも違和感は感じてるみたいだ……。その通り! もちろん、この能力には代償がある! ティラノ、お前はもう気づいてるんじゃないか?」
サンタローの言葉に、全員の視線が太郎に集まる。太郎自身も、その言葉によって今感じている違和感に確信を得る。
「……動けないです。フードを被ってからずっと、この位置に吸い寄せられてるみたいに」
「動けない……?」
「そう、それが一つ目。——そしてもう一つ。実は今、俺はプレゼントモンスターを出せないんだ。俺の『サンタの魂』は今、ルドルフのトナカイスーツの中にある」
「——え⁈」
一際大きな声で驚いたのはドンダーである。まだ言葉の意味がよくわかっていない太郎とは対照的に、他のトナカイはその事態を深刻そうに捉えていた。
「なるほど……、そういうことですか」
「その通り。この力は、サンタの魂を危険に晒すことで超パワーを獲得する力なんだ。ちなみに、サンタスーツと半径十メートル以上距離がないと発動しない」
太郎が疑問風に視線を送ると、キューピットが詳しく説明してくれた。
「サンタの魂が失われると、プレゼントモンスターを召喚できなくなる——つまり、プレゼントを配れなくなるんだ。サンタはプレゼントモンスターに対してリスクを背負うことで、超常的な現象を引き起こしている。まあ、僕たちの認識上はね。ともかく、僕らにとって最も重要な役割は、プレゼントモンスターを倒すことというよりも、『サンタの魂』を守ることなんだ。……だけど、この能力はその逆をやっているんだ」
キューピットの説明で、太郎もぼんやりではあるが理解を進める。
「まあ、そういう言い方もできるけどな。けど俺は、違う捉え方をしてほしい! この力は、弱さを強さに変えてるんだ! 身動き一つできないトナカイ、強さのカケラもないその存在によって、他の全員が強化される——それは何だか、カッコいいことじゃないか……?」
「…………」
「……ところで二人とも、そろそろ離れてもいいんじゃない?」
寧桜の言葉で、太郎はダッシャーに抱き抱えられたままだったことに気づく。
慌ててフードを外す太郎。移動に自由が戻り、トナカイ達の光も消えた。
「サンタロー、僕よくわかってないんですけど……、この力って、僕の行動次第では、勝負どころかプレゼントを配り切ることすらできなくなる、それだけのリスクを含んだ力ってことですよね……」
真っ直ぐ目を見て確認する太郎。サンタローは表情そのままにうなずいた。
「それって、僕の行動次第では、皆が積み重ねて準備してきたクリスマスイブを、失敗に終わらせてしまうかもしれないってことですよね……⁈」
「そうだね、そういう力だ」
「……いいんですか? 僕、怖いです……。そんな責任、負えるだけの自信がない……。僕個人の責任はいくらでも負ってみせるけど、人の、皆の大切な想いを背負って行動するのは……、……こわい。とってもこわいです……」
太郎は拳を握り締め、うつむきながらそう言った。
「そうか……。……でも、君の周りのトナカイは、どうやらそうは思ってないみたいだぞ?」
「——え?」
顔を上げる太郎。目に入ってきたのは、こちらを真っ直ぐ見つめるダッシャー、キューピット、ドンダーの顔だった。
「いいんじゃないかな! 私は、ティラノになら任せられる。私、ティラノがバカ真面目なの知ってるし!」
「僕もそう思う。誰も君の、責任感を疑ってないよ。それに、これだって全部ティラノの責任になるわけじゃない! 君の弱さを、僕らが支える。そうして僕らは強くなる。……これは、そういう力だろ?」
「へっ! その通りだ! 勝手に全責任感じてんじゃねぇよ。失敗したらお前のせいだぁ? アホか舐めんな! 俺が守るんだ、お前はしっかり俺らを強化してくれればいいんだよ! ……よかったじゃねえか、大活躍だぜ」
三人の言葉に、太郎は胸を奥を振るわせる。
「……これが、君が積み上げてきたものみたいだな、ティラノ」
「……っ、はいっ‼︎」
サンタローの言葉に、太郎は力強くうなずく。堪えていないと、このまま泣き出してしまいそうだった。
「……それで? ダンサーは何かあるか?」
これまで口を挟んでこなかった寧桜。その顔は、感情の読み取れない真顔——笑うでもなく、拒絶するでもなく、ただ何かを考えているような顔に見えた。
「私は……。——私も、今の彼を支持したい。……それに、これはサンタローが編み出した対抗手段。断るっていうなら、私が許さない」
寧桜はそう言って、まっすぐに太郎の目を見た。それだけで、太郎には十分だった。
「だってさ! で? どうするティラノ? やるのか、やらないのか。君はどうしたい?」
わずかに目頭に溜まっていた雫をぬぐい、太郎は言葉をくれた全員の顔を見た。
大きく息を吸い込んで、腹の底から想いを叫ぶ。
「やります! やってみせます‼︎」
太郎がサンタローの基地に来てからおよそ二ヶ月。十二月の頭。
この日、太郎は初めてトナカイとして認められた気がした。
*
クリスマスが二週間後に迫ったある日。
サンタローも交えたチーム練習を終え、日課の自主練に向かおうとしていた太郎に、寧桜が声をかけてきた。
「——ねえ、今日このあと時間ある?」
「いや……、このまま自主練にいこうかと思ってたけど……」
「じゃあそのあとは? 夜、時間ある?」
「え? そのあとは、特にない……」
「そう。じゃあ自主練終わったタイミングで連絡して。私も適当に時間潰して待ってるから」
そう言って寧桜は去っていった。
「……えっ! なに⁈」
突然の事態に、疑問と期待と妄想が入り混じる太郎の脳内。好きな人からの「終わるの待ってる」発言に、集中しろという方が無茶だった。
心なしかいつもより早く自主練を終えた太郎は、すかさず寧桜に連絡、更衣室で着替えると、トナカイ達にとっての出入り口であるトナカイステーションに向かった。
扉を開けると、そこに寧桜が立っていた。
「あ、来た」
「……お待たせ」
なんてことない様子で寧桜が言う。プレートを見たところ、他のトナカイはもう基地を出ていった後のようだ。残っているのは『ティラノ』と『ダンサー』の二枚だけ。
「じゃあ行こっか。このあと予定ないんだよね? ちょっと付き合って」
あえて何をするのか深く訊かずに、太郎は「うん」とうなずいた。
「——黒胡椒味噌、麺はかためで、それ以外は普通で」
「あ、僕は醤油で……」
「アブラの量、味の濃さ、麺のカタさはどうしますか?」
「あ、全部普通でお願いします……」
店員のお兄さんが威勢のいい声でオーダーを厨房に伝える。連れてこられたのは、いわゆる『家系ラーメン』と呼ばれるラーメン屋だった。
「……えっと、ダンサー、これは?」
「寧桜。今の私は、夜にラーメンが食べたくなったけど一人で入るには微妙な時間だからボディガードを連れてきた女子高生。ありがとう、付き合ってくれて」
そう言いながら寧桜はコップに水を注ぎ、一つを太郎に差し出した。先ほどから、いちいち「付き合う」というワードが引っかかるのは子供っぽいだろうか。
「……ラーメン、好きだったんだ」
太郎が言うと、寧桜はコップをカンッ、とテーブルに置いた。
「——好き。家系も二郎系も好きだし、フードコートで食べれるようなシンプルな飾り気のないラーメンも結局大好き! 麺類が好きっていうのがあるけど、なんだかんだでラーメンが一番好きね」
寧桜がこれまで見たことのないペースで喋り出す。その様子を見て太郎は目をパチクリ、寧桜はコホンと咳払いをひとつ挟んで、今度は落ち着いたペースで喋り出した。
「けど私の友達にラーメン好きっていなくて。別に嫌いではないんだけど、太るものを食べたくないみたい。だから、普段は一人で行ってるの。人と来るのは久しぶりね……」
「……一人で慣れてるなら、僕を呼ぶ必要ってあったの?」
「言ったでしょ? 今日は夜遅いから念のため」
そこに、店の名を冠したラーメンが二つ運ばれてくる。なにか引っかかったような気もしたが、すぐに忘れてしまった。
店を出ると、すでに補導される時間ギリギリになっていた。
初めての家系ラーメンは、正直とても美味しかった。ご飯が無料で食べ放題というのも、太郎にとっては嬉しい衝撃だった。おかげ食べ過ぎてしまい今はちょっと苦しい。寧桜はというと、『完まく』といってスープまで全て飲み干していた。太郎もそれに倣って全てご飯と一緒に口に入れたから思うが、女子高生でこれをやるのはちょっと信じられない……。
「はぁ〜! おいしかった! 満足まんぞく」
自然とお腹の辺りをさすりながら歩く二人。通り過ぎる車のヘッドライトが、二人の影を急速に近づけては消していった。
「もうこんな時間だね……。えと、どうしよ、お、送ってくよ……‼︎」
ベタなセリフだけに、言っていて恥ずかしくなってしまう。
「ううん、大丈夫。……代わりに、もう少し話さない?」
「え?」
視線の先には、ひっそりとした公園。太郎と寧桜は、そこにあるベンチに腰掛けた。
「今日があたたかくて良かったね、寒かったら座ってなんていられなかった」
「はは、でも僕はちょっと寒いかも……」
十二月の頭。あたたかいと言っても「冬のなかでは」程度の話である。
「そうなの? 私なんてスカートなのに、その横でそんなこと言うんだ……」
寧桜がジト目でそう言う。なんだろう、今日の寧桜はやたらと表情が豊かだ。
「あ、そうだよね……、ごめん」
「まじめに謝らないでよ。冗談だよ、ごめんね寒いのに」
すると、寧桜はそのままベンチから腰を少し浮かせ、太郎のすぐ横の位置に再び腰を下ろした。二人の間にあった空間がなくなり、互いの体が密着する。
「——えっ⁈ ちょっ……‼︎」
「こうすれば、少しはマシ……?」
突然の行動に驚き寧桜を見る太郎。一方の寧桜は、太郎とは反対側に顔を逸らしている。恥ずかしさとドキドキから、太郎もついそれに倣ってしまう。触れ合った箇所のわずかな熱だけが、互いの存在をハッキリと確信させる。
「……ねえ、一つ聞いてもいい?」
「な、なに……?」
「——どうしてあなたは、人をあきらめないの?」
振り向くと、こちらを見つめる寧桜と目が合った。
「いま、チームはすごくいい感じ。ダッシャーも、ドンダーもキューピットも、みんな前よりもイキイキしてる。あなたのおかげで、イキイキしてる……。どうして? どうしてあなたは私たちを受け入れられたの? 私はあなたを拒絶し、ドンダーもあなたを拒絶した。自分の無力さは毎日のように痛感してたはずだし、弱さを見せるのは怖かったはず……! なのに、あなたは向き合い続けた——自分と、人と。結果、みんながあなたを中心にしてやる気をみなぎらせている。あなたに影響されて、頑張ろうとしている……」
寧桜は瞳を震わせながら言葉を紡ぐ。すぐ近くにある愛しい人の儚げな表情に、太郎は思わず唇を重ねる自分をイメージしてしまった。
「——なんであなたは、向き合えるの?」
けれど太郎は、それを振り払い、まっすぐな瞳に答えることを選ぶ。
「ほんと、僕はそんなに大した人間じゃないんだけどな……。ダ、寧桜の言ってること、なんとなくわかる気がする。僕がみんなに影響を与えてるっていうのはちょっと信じられないけど、弱さを見せるのが怖いっていうのは、わかるよ……」
「うん」
「……僕さ、中学のとき部活を辞めてるんだ。一年生の夏に。バスケ部でさ、それまで運動もロクにしてこなかったから、練習がキツイのなんのって! 同級生も、向こうはミニバスの経験者でしかも友達同士、ペア練習とかはいつも一番最後に決まって、『遅い!』って先生に怒られてた。ほんとキツくて、毎朝起きるのが憂鬱で——でも、練習終わりの達成感は嫌いじゃなかった。死ぬんじゃないかって思うくらい走って、でもやっぱり生きてるって感じる瞬間が心地よくて、全部出し切ったあとに汗を冷やす風が嫌いじゃなかった……」
太郎は正面に浮かび上がる帰り道を見つめる。
「部活を辞めた後、ずっと苦しかった。戻る勇気はないくせに、ずっと苦しかった。逃げ出してしまったことを、心の底から後悔した。今でも、あのとき誰かが声をかけてくれたら、って毎日のように思う……」
太郎の言葉を、寧桜は黙って受け止めてくれる。
「僕が頑張っているのは、そういう過去と決着をつけるため、そういう自分を変えるためでもあるんだ……! 一度逃げて、何度も逃げて、逃げるのが当たり前になって、そういうものだって受け入れて……。——それでもまだ、って叫んでる! ——何度逃げたって、あきらめたくない! なりたい自分を、あきらめたくないって! そうやって僕は、今日まであそこで過ごしてきたんだ」
そこまで言って、太郎は再び寧桜の方を見た。寧桜は正面の光景をながめ、太郎の話を受け止めながら何かを考えているように見えた。
「もしかしたら、私も、楽しかったのかもしれない……。練習終わりに、くだらないことで笑ったりはしゃいだりするのも、きっと、嫌いじゃなかった……」
寧桜もまた、太郎とは違う景色を見つめているようだった。一見よくわからない言葉、けれど、その意味が太郎にはよくわかった。
「……寧桜は、どうしてダンス部を辞めたの?」
だから、太郎はもう一度尋ねてみることにした。かつて拒絶されたことのあるこの質問を、再び寧桜に投げかけてみることにした。
「……笑う人たちだったから。私の真剣さに、ついてこれない人たちだったから」
今度は、寧桜は拒絶することなく答えてくれた。寧桜は続ける。
「私は、踊りに真剣に向き合いたかった。部活とか、大会とか、そういう枠を超えて、生きる意味がここにあるって——生の意味、時間の意味、この世の認識、意識と世界、そういう全てを探求するために、踊りをしたかった」
寧桜の声に静かな、けれど確かな熱が宿る。
「——けれど、彼女たちはそれを笑った。彼女たちの興味は別のところにあった。彼女たちは、この域に入ってこれなかった。私は、そんな彼女たちと一緒にいるのが嫌で部活を辞めた。私を嘲笑った彼女たちを、内心で嘲笑いながら辞めた。……それからしばらくして、世界一バカで真剣なサンタローに出会ったの。自分の信念を貫き通し実現してみせるその姿に憧れて、私はトナカイになった……」
寧桜は遠くの日々を見つめ、わずかに微笑んだ。太郎は沈黙を続けることで先をうながす。
「——私は、私の選択が間違っていたとは思わない。……けど、最近わからなくなる。私は、彼女たちに一度でもちゃんと自分の想いを伝えていただろうか、って。一度でも、彼女たちのことを信じて説得しただろうか、って。もしかしたら、私はただ恐れていただけなのかもしれない……。自分の領域が、熱がおびやかされるのを恐れ、自分を守っていただけなのかもしれない。——今も、それを続けているのかもしれない。あなたを見ていて、そんな風に思うようになったの……」
寧桜はそう言って、静かにうつむいた。
「……僕は、すごいと思うけどな。自分のこだわりを持ってそれを貫き通せることは、とんでもない強さだと僕は思う。きっと僕は、寧桜のそんな姿に惹かれていたし、憧れていたんだ……」
太郎は自分の身体が少しだけ熱くなるのを感じる。
「——僕にとっての寧桜は、他者に流されない強さと一人で向き合い続けられる強さ、人が気づかないことに気づいて、やると決めたことを淡々とをやり遂げられる——そんな強さを持った人だ。……ううん、そんなカッコつけた言い方じゃないな。人とは少し違った笑顔、いつでも変わらない綺麗な立ち姿、口数は多くないけど、いざ言葉を発する時にはハッキリと、踊る姿は他の何よりも美しい——それが、僕にとっての寧桜だよ」
太郎は寧桜を、寧桜は太郎を見つめる。向き合う二人、寧桜は困ったように顔を逸らした。
「そんなにカッコいい人間じゃないよ、私は……。ただ、弱いだけ……」
自嘲するように笑う寧桜。太郎は、キューピットの真似をするようにニッと笑った。
「じゃあ、僕たちは弱いもの同士だね」
寧桜は驚いたような顔をして太郎を見る。太郎はそれを一瞬だけ受け止めると、タッと立ち上がって背後で座ったままの寧桜に向き直った。それから一つ、覚悟を決める。
「あのさ! 僕、夢があるんだよね!」
「……急になに?」
不審げな顔を向けてくる寧桜に、太郎は笑顔を返す。そのまま沈黙が流れ、やがて寧桜が口を開いた。
「…………どんな夢?」
「よくぞ聞いてくれました! 僕、月に行きたいんだ! 月から地球に向かって、ヤッホーって言いたい! それで、返ってくるのにどれくらい時間がかかるのか測りたいんだ!」
突然の発言に、寧桜はキョトンとした顔をする。
「……フッ、なにそれ、どういうこと? なんの話?」
「——笑ったな⁈ 僕は真剣に言ってるんだ! それを嘲笑うなんて、なんてひどいことをするんだ! 人の想いを嘲笑うのは、最低の行為なんだぞ⁈ 見てろ! 僕は必ず月に行く! 月からお前に、ヤッホーって言ってやるぜ‼︎」
「…………」
「…………っ」
芝居がかった調子で走り切った太郎。今さらになって恥ずかしさが漏れ出る。寧桜は今度こそ呆れたような驚いたような顔をして、しばらく太郎を眺めていた。
「……な、なんか言ってよ」
動くに動けない太郎は、最後の決めポーズのまま寧桜に話しかける。すると、それをきっかけにして、寧桜は弾けたように笑い出した。
「——ぷっ、あははははは‼︎」
「な、なんだよ! そんなに笑わなくたっていいだろ〜!」
笑い転げる寧桜。太郎は顔を真っ赤にして、それを見ていた。
「フッ……、おかしな人だね、ティラノは……」
やがて、落ち着いた寧桜が目元に溜まった雫を拭いながら言った。その言葉で、太郎のなかにある光景がよみがえる。
太郎は一度呼吸を整えると、平静を装い、含みのある笑みを作って口を開いた。
「……太郎。今のは、太郎としての言葉」
「へ……?」
沈黙が流れ、太郎はボッと音を立て赤くなる。
「あ、あ〜! もうこんな時間だ! 帰ろう帰ろう! 遅くなったら補導されちゃうよ!」
短い間に二連発。いたたまれなくなった太郎は、その場から逃げるように振り返り、荷物を掴んで歩き出した。
そんな太郎を見て、寧桜が後ろで小さく笑い声を出す。振り返ると、寧桜の優しい笑顔と目があった。
「……楽しみにしてるよ、太郎」
そう言って、寧桜は太郎の横を通り過ぎていった。
太郎のお顔は、再度真っ赤に染まっていた。
*
十二月二十三日。クリスマスイブの前日。
普段は何もないトレーニングルームに、いくつものテーブルや設置されている。その上には、ビュッフェ形式でさまざまな料理が置かれており、正面の壁には『前夜祭』と書かれた横断幕が吊るされていた。参加するのはサンタローサイドの全職員、トナカイ、そしてサンタロー。いよいよ翌日に迫ったクリスマスイブに向け、皆気合いを入れていた。
「——男子トナカイの部屋はこっちだぜ!」
ドンダーに連れられ、太郎はこれまで入ったことのない部屋の扉を開ける。そこには、二段ベッドが二つ置いてある、この基地の中では狭めの部屋が広がっていた。
クリスマスイブ前日の今日、トナカイ含む全職員は、基地に泊まりこみで明日に備える。すなわちお泊まりイベント! お風呂で友情を深めたり、気になるあの子のお風呂上がりに遭遇したり、部屋で好きな子を明かし合い、コッソリ部屋を抜け出して密会したりする——そんな青春チャンスが盛りだくさんのイベント! 意識してないと口では言っても、いやでも期待が高まってしまう。
——が、イブ前日のトナカイ達にそんな時間はない。夜中に活動するため、明日は日中眠りにつく。そのため、夜を徹して明日のリハーサルを行い、それが終わったらすぐに寝る。
イベントが何もなかったかと言えばそうではない。共に励んでげた仲間と語り、笑い、明日への士気を高める。そんな時間はしっかりと重ねた。
——そして現在。不安が頭をよぎりうまく眠りにつけなかった太郎は、気を鎮めるために消灯後の基地内を散歩していた。
無機質な廊下は明かりが消えているため暗く、要所要所にある天窓から差し込む日光だけが室内を淡く照らす。そのまま歩き進んでいると、まだ明かりがついているエリアに辿り着いた。
「お、ティラノ。どうした、眠れないのか?」
「サンタロー……」
かつてレーラと話をしたこともあるラウンジ、そのソファに、サンタローがあぐらをかいて座っていた。手招きするサンタローに誘われ、太郎はサンタローの正面に腰掛ける。
「ここで何をしてるんですか?」
「別に何も。ただボーッとしてた」
「ボーッと、ですか……」
「お? ティラノはボーッとすることの偉大さを知らないのか? 人間、何も考えないでいることの方が難しくなってくんだぞ〜? ボーッとする時間ってのは、意図的に作るもんなんだ。現にティラノも、頭が騒がしくなってきたからここにいるんだろ?」
サンタローは愉快そうに笑う。図星を突かれた太郎は、悔しそうに目を逸らした。
「大丈夫だ、明日はきっとうまくいくよ。安心しろ、俺たちがついてる! せっかくのクリスマスイブだ、楽しもうぜ……‼︎」
そう言って励ましてくれるサンタローを見て——太郎は迷う。これは本当に、言うべきことだとうか、と。
ふと、ラウンジの明かりが消える。差し込む朝日によって、
けれど、このままではいけない——そう思い、意を決して口を開いた。
「あのっ……‼︎ ……ずっと聞きたかったことがあります」
ボリュームを間違えた大声、サンタローは意外そうな顔をして太郎を見る。
「なんだ? 改まって」
「真面目に答えて欲しいんです、……サンタローは、サンタクロースはいると思いますか?」
突然の質問、けれどサンタローは普通の表情をして答えた。
「いると思うよ」
「……姿が見えない、存在が証明できないのにですか?」
「そうだ。存在が証明できない、けれど不在も証明できない。目に見えない、聞こえない、けれど確かに存在——」
「——確かに存在するもの、サンタはそういう、気持ちとか愛情とか、目には見えないけれど確かに存在して、世界を包んでいるものの一つ。だから、姿が見えないこと、存在が証明できないことは問題じゃない。サンタクロースは確かに存在する、そうですよね?」
太郎の言葉に、サンタローは少し驚いたような顔をしたあと、フッと笑った。
「ニューヨーク・サン新聞の社説だな。新聞社に投稿された八歳の女の子からの『サンタクロースはいるんですか?』という質問、それに答える形で掲載された社説——世界一有名な社説と呼ばれるものだ」
太郎はコクリとうなずく。
「——そうです。僕は最近、初めてこの記事に出会いました。感動したんです! あの文章には、僕の迷いを打ち砕くものがあった。サンタを信じていて良いんだって、救われた気持ちになったんです。……ただ、だからこそ今、僕はサンタローの活動に矛盾を感じてしまっているんです……」
太郎の言葉を、サンタローは黙って受け止める。
「見えないものであるサンタを、見えるものに変えることで『信じられるもの』へと変えるのは、サンタローの意思と矛盾してませんか⁈ 見えないけれど信じられる——そんな状態を作るのが、そんな心を人々に取り戻させるのがサンタローの目的ですよね? サンタを演じて、サンタに実体を持たせたら、それは『見えないものは信じられない』と言ってるのと変わらない。それはサンタを否定する行為じゃないんですか? サンタローなら、それも全部わかってますよね……⁈」
まくしたてる太郎。核心をついている実感があった。
「その通りだな。さすがだティラノ。サンタのあり方についてそこまで突っ込まレたのは何気に初めてだよ。確かに、ティラノの言う通りだ。俺の行為は、本質的にはサンタを否定しているとも言える」
けれどサンタローはあっさりとそれを認めた。その平然とした態度に、太郎は戸惑ってしまう。きっとサンタローなら、いつものように笑って想像を超えることを言ってくれると思っていた。
「認めるんですか……? じゃあサンタローは、一体なんのためにこの活動をしているんですか……‼︎」
次の瞬間、これまで底の見えなかったサンタローの瞳に、ふと人間らしい影が宿る。冗談でも言うように、けれどどこか自嘲するように、ハハと笑いながらサンタローは口を開く。
「そうだな……。俺はきっと、サンタがいる世界を作りたかったんだ。実体を持たないサンタではなく、実体を持つ、見て触れられる存在としてサンタクロースが存在する世界——そんな世界を作りたかったんだと思う」
「……でもそれは」
「——わかってる。結局俺は、本当の意味ではサンタを信じていないとも言えるのかもしれないな……。それでも俺は、きっと否定したいんだ——サンタを絶対の事実とせず、見えないものにとどめることでサンタの存在を信じない人間の存在を許しているこの世を。そして否定されたいんだ——いち人間でありながらサンタを演じる傲慢さを持ち、それを実行し続けるこんな俺自身を。俺を凌駕する、なにかに出会いたいんだ」
サンタローは上を見上げ、そのはるか遠くを見つめていた。
「……へっ! ある意味で、俺はあの変態女に似てんのかね! あ〜やだやだ」
「サンタロー……」
「ティラノ、俺はやっぱり認めて欲しいんだよ。サンタがいないことにされている世界が許せない。俺が思い描いた世界はこうじゃない! この世を、サンタが実在する世界にしたいんだ! たとえそのせいで、本当のサンタを知るのが俺一人になったとしても……‼︎」
どこか遠く、遠くに向かってそう告げるサンタローを、太郎はジッと見つめていた。
やがてサンタローも太郎の方へ視線を戻し、照れくさそうに笑った。
「なんだよ〜、こんな話するつもりなかったのにな〜。……ティラノ、お前は想像以上なのかもな。いや、『ルドルフ』か」
そんなサンタローを見て、太郎は視線を落とした。
「……僕も、ここで話せてよかった。まだよくわからないことはあるけど……、でも僕は、サンタローが作る世界を見てみたいと思った。だから僕は、明日以降もサンタローにはサンタローでいて欲しい!」
はっきり目を合わせた時、太郎は迷っていなかった。
ふと、向こうの方からカツカツという足音が近づいてくる。
「……レーラだ。俺もそろそろ戻らないとな」
立ち上がり歩き出すサンタローの背中に、太郎は最後に言葉を投げる。
「明日、必ず成功させましょう¬¬……‼︎」
サンタローは顔だけで振り返り、ニカッと笑った。
——ティラノにとって、最初で最後のクリスマスイブ。
太郎はグッと拳を握りしめる。
——デジタル時計がすでに、十二月二十四日を示していた。




