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第三章 「サンタクエスト 2」

「そろそろ、チーム練習やった方がいいんじゃないかな……」

 勇気を振り絞った太郎の先で、ドンダーは鬼のような形相をしていた。あまりの強面、出会った当初だったら失神していてもおかしくないなと太郎は思う。

「なんでテメェにそんなこと言われなくちゃならねぇんだ……」

 怒鳴ってくれた方がまだ耐えられた。怒りを噛み殺すように放たれたその言葉は、もはや慣れ親しんだ怒号よりもはるかに恐ろしかった。

「だ、だから、さすがにそろそろチーム練習をするべきだと思う、んだ!」

 信じられないが一応は同級生。敬語まで使い出したらおしまいだ、という本能の叫びに従いなんとかタメ口をキープする。こわい。

「っ、チーム練習に反対しているのはドンダーだけだよ! みんなチーム練習が必要だと思ってる! だから——」

「——誰に言われた?」

 太郎を見下ろす鋭い視線。高い身長、大きな筋肉、低い声。それら全てが、太郎を縮こまらせる。

「……別に誰にも。でも、ダッシャーはやりたいって言ってた。僕だって、必要だと思う!」

「何様のつもりだ? 俺はやらねぇよ。大体、ダンサーが言ってきてないなら意味がない。俺はあいつに腹立ってんだ! どうしてもっていうなら、アイツに謝らせるんだな!」

 ドンダーの迫力に、太郎は引き下がるしかなかった。


「——冗談じゃない」

「ですよね……」

 練習終わりに寧桜に尋ねてみるも一蹴。太郎はトボトボと家に帰った。


     *


「——おい! ここに荷物届いてなかったか⁈」

 倉庫に響き渡る胴間声。太郎は内心ビビリながらも首を振る。

「おかしいな……。ちょっと待ってろ!」

 そう言い、ドンダーはどこかへ歩き出した。気になった太郎はこっそり後ろをついていく。

 たどり着いたのは電話ボックスだった。通路のはじに、いっそ清々しいほど堂々と立っているそれは、駅前などで見かけることのある公衆電話が入った電話ボックスのそれだった。

 ドンダーはその受話器を取り、誰かと電話で話し始める。会話の内容を聞き取るため、太郎は身を隠しながら電話ボックスと距離を詰めた。

「——だから大至急送ってほしいんです。はい……、いやだから、最優先で! はい、こっちも大勢の仕事と笑顔が掛かってるで。ええ、絶対ですよ⁈ すぐに送ってください!」

 いつも太郎を縮こまらせる迫力のある声をそのままに、ドンダーは何かを催促し、電話を切った。

 ——とそこに、向こうの方から知らない三十代くらいの男性がやってくる。

「ドンダー、ごめんねありがとう! それ新人が担当してたんだけど、ちょっと業者の方が遅れちゃってたみたいで、優しい子だから後回しにされてたっぽいんだよね。ドンダーが言ってくれて助かった!」

「うす! 次は頼みます」

 それだけ言って男は奥へ、ドンダーはもといた倉庫の方へ歩き出す。それにより、太郎はドンダーと鉢合わせすることになった。

「あ? お前何してんだ!」

「いや、これはその……」

「とっとと倉庫戻れ! 仕事はいくらでもあんだよ‼︎」

 怒鳴られ、ドンダーのあとをついていく太郎。

「……役割、か」

 そう呟いた時、太郎にはいつもの強面が少し頼もしく見えた気がした。


「……あのさ、いつもこの料理って、なんのために作ってるの?」

 その日、太郎はいつもの皮剥きをしながらドンダーに尋ねた。それは気まぐれかもしれない。それでも太郎は知りたいと思っていた。ドンダーのことを、知りたいと思っていた。


「——おっ、今日のメニューは八宝菜か! いいねぇ!」

「私もうお腹ぺこぺこ……」

「いつもありがとうねぇ、ドンダー」

 机と椅子がたくさん置いてある大部屋にて、大勢の人間が一つの列を作っている。その先にあるのは太郎達が作った八宝菜と巨大な炊飯器、味噌汁の入った大食缶。彼らは配膳係であるドンダーから料理ののったお盆を受け取ると、嬉しそうにそれを受け取り、席で頬張っていた。サンタローの基地で働く大勢の人間、そんな彼らが夕飯として食べる料理——それがドンダーが作っているものだった。

『——一応言っとくがこれはトナカイとしての仕事じゃねえ。俺が勝手にやってることだ。あんまり大っぴらに言うなよ?』

 ここに来る途中ドンダーが言っていたことだ。どうやらこれはボランティアで行われていることらしい。

「おや、今日は見なれない顔がいるね」

「あ! もしかしてあれじゃない? 例の九頭目のトナカイさん⁈」

 見知らぬ大人たちに声をかけられ緊張する太郎。

「——やめとけやめとけ! そんな大したもんじゃねえよ、コイツは。ただの皮剥き係!」

 ドンダーがすかさずいつもの嫌味を入れてくる。

「へえ! じゃあやっぱりこの子が! 頑張ってね、期待してるよ!」

「あ……、ありがとうございます……!」

 思わぬ言葉に、太郎は戸惑いながらも嬉しさを感じた。

「けっ! いいからとっとと席にいけジジイども! 後ろの奴を待たせるだろうが!」

「はいはい、いつもありがとね。見習いさんも、また話そう!」

 彼らはそう言って笑顔で列を去っていく。そして、すぐにまた別の誰かがドンダーに話しかけてくる。

「これを、毎日一人で……」

 あたたかなコミュニティ、向けられる信頼と親しみ——その中心にいるのが、普段怖い姿ばかりを太郎に見せているあのドンダーだった。年上のスタッフにいじられ、それに噛み付き笑わせる一連のやり取り。どこか可愛らしくすらあるその姿は、太郎の知らなかったドンダーの姿だった。


 やがて配膳が終わり、二人は撤収。食器の回収を行いながら洗い物の作業を開始した。ある意味調理よりも面倒なこの作業を終えると、太郎は両手にゴミ袋を持って、ドンダーと共に外にあるというゴミ捨て場に向かった。

 二人の間に会話はない。太郎自身も、ドンダーとの会話は避けているところがあった。

「……基地には、あんなにたくさん人がいるんだな。知らなかったよ」

 しかし、今日は少し違った。もしかしたらそれは、他者と親しくしている時の姿を見た安心感からの行動かもしれないし、ドンダーのことを全然知らないのだということを改めて実感したからかもしれない。

「あぁ⁈ お前そんなことも知らなかったのか? この基地で何人の人間が働いてると思ってる! 今日来てたのだって全員じゃねぇ。目に見えねぇところで、多くの奴らがクリスマスのために働いてるんだ!」

 ドンダーは相変わらずの太く迫力のある声でそう言う。

「そ、そんなあの人達に、感謝の気持ちを込めて料理を作ってるの……?」

 ビビりながら、それでも太郎は言葉を繋ぐ。

「ちげえよバカ! むしろ逆だ。本当にアイツらに感謝を伝えたいなら、するべきことが違う。これはただ、俺が気持ちいいからやってることだ」

 よくわからない、というように見つめているとドンダーは「はぁー」とため息をつく。

「……俺たちトナカイは、実行チームってことで日々の仕事はほとんどない。免除されてる。すべてはクリスマスイブの夜に、一年掛かりで繋いできたテメェらの仕事をちゃんと成功させてほしいからだ! 俺たちトナカイには、その役割と責任があんだよ‼︎」

 ドンダーは立ち止まり、ゴミ袋を持ったまま太郎の方へ振り返った。

「だから俺はテメェが嫌いなんだ……‼︎ なんの自覚も責任も感じずに、ただフラッとやってきて一丁前にトナカイと同じ扱いを受けている。それでいて、果たすべき役割を背負う覚悟がまるでない、そんな奴を誰がトナカイとして認めるんだ‼︎ たとえ他の誰が認めても俺は認めない!」

 ドンダーは太郎の持っているゴミ袋を奪い取ると、向こうの方へ歩いていく。

「……少しわかった気がするよ、ドンダー」

 太郎は振り返り、どこかもわからない夜空を見上げる。

 ドンダーの態度は彼なりの理屈があってのものだった。聞いてみればそれは、仲間たちへの誠実さと責任感に溢れたとても真っ当なものだった。

 そんなドンダーの理屈を聞いて、それに納得している自分がいる。そんな自分は、果たしてこれからどうするべきだろうか——太郎は考える。——と同時に動き出していた。

「待てよっ‼︎」

 突然手首を掴まれ、ドンダーは驚いた顔をして振り返った。予想外だったのだろう、そこに先ほどの怒りの感情はなく、キョトンとした表情がそこにあった。

「……あんまりいつまでも、僕のことをナメるなよ? 僕にだって、覚悟はある! 生半可な気持ちでここにいるわけじゃない‼︎」

 太郎は叫ぶ。なにか、自分のなかで大きな何かをぶち破るように叫ぶ。

「……料理のこと、知れてよかった。ドンダーは意地悪で僕にきつく当たってるんじゃないってわかったから。やっぱりドンダーも、尊敬できるトナカイの一人だってわかったから……‼︎ 見てろよ! 僕は絶対、皆から認められるトナカイになる! ドンダーに認められるトナカイになってやる‼︎ 認めさせてやるからな‼︎」

 言い返す隙も与えぬ勢いで、太郎はそう宣言した。ドンダーは呆気に取られていたが、やがていつもの表情に戻ると「……勝手にしろ」と言って再び歩き出した。

 名前のわからない星が、太郎の頭上で輝いていた。



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