第四章 「サンタイム2」
『——日の出まであと一時間! 急げっ‼︎』
サンタローの声に、トナカイ達は止まりそうになる足をこれまで以上の速さで動かす。ローズチームのトナカイ達の協力もあって、太郎達は驚くようなペースでプレゼントを配っていった。かつて敵として戦ったローズチームのトナカイ達、その恐るべき実力も、今となっては頼もしい味方。太郎は胸の熱くなる思いだった。
——しかし、いくらトナカイ達の数が増えたからといって、訪れるべき家の数は膨大、配達を行うのは十二人——圧倒的困難な挑戦であることに変わりはなかった。
『——あと三十分‼︎』
「残りどれくらい⁈」
すでに明るくなっている東の空を見ながら、太郎はたずねた。携帯モニターを見た寧桜は苦い顔をする。
「沖縄、点在する離島はすべて、コメットが回ってくれた。四国もダッシャーとプランサーが。ただ、近畿地方に時間を取られすぎた……。中国が半分、九州は手付かずのまま……‼︎」
「くっ……‼︎ 諦めちゃだめだ! 一軒でも多——」
「——一軒でも多く、一人でも多く! そうだよなぁ⁈」
「ドンダー……。そうだよ! 頑張ろう!」
「へっ! お前は無理に遠く行こうとしないで、船のしたを担当してな! 移動は俺たちベテランに任せろ、見習いちゃんよぉ‼︎」
ドンダーがニカッと笑い、太郎もニカッと笑う。二人の会話を通信で聞いた他のトナカイも、それぞれ己を鼓舞するように声を上げた。
そうして再び、トナカイ達は駆け出した。最後の時間を全力を持って駆け抜けた。
『——あと十分!』
「まだまだぁ!」
『——あと五分!』
「まだ五分‼︎」
『——あと一分!』
「うおりゃあぁぁぁ‼︎」
『…………』
すでに太陽が顔を出し、暗かった街に横なぎの光を吹かせている。皆それを、わかっていた。それでも、彼らは止まろうとしなかった。
『みんな、よくやってくれた。そこまでだ。これ以上は、サンタの時間じゃない……』
『そうよ。残念だけどここまで……。トナカイちゃん達、本当にありがとう……』
サンタローの声が、ローズの声が、トナカイ達に終了を告げた。
「……くそっ、くっそおぉぉぉ‼︎」
太郎は声をあげ、誰のものとも知らないマンションの屋上に拳を打ちつけた。声をあげて悔しがるのは、初めてのことだった。そんな太郎の様子を、寧桜とドンダーは黙って見守っていた。
結局、太郎達が配れたのは本州まで。日がのぼった後も、そこまではサンタの二人も粘っていた。けれど九州は、そこにいるたくさんの子供達に対しては、一つもプレゼントを配ることができなかった。皆そのことを自覚し、そして悔やんだ。
『——ちょっと待ってくれ!』
その時、全員に対して一つの通信が入る。
『……なんだこれは、どういうことだ⁈』
困惑したような声、それはコメットの声だった。
『どうしたコメット! 何があった⁈』
『コメットちゃん! 『どういうことだ』ってなに? 何を見たの?』
『コメット!』
コメットの声に、サンタの二人、そしてキューピットをはじめとする他のトナカイも叫ぶように声をあげる。
『口で説明するより見てもらったほうが早い……。みんな、今すぐ九州に来てくれ』
その言葉を聞いて、各地に散らばっていたサンタとトナカイは一斉に九州に向かった。
「これは……」
福岡県に集合したサンタロー達が見たのは、信じがたい光景だった。
「プレゼントが……、届いている……?」
誰一人として手をつけていなかった九州の家々、その全てに、サンタロー達が用意したのと同じプレゼントボックスが、九州全域の子供達に届けられていた。
ステルスシールドを張りながら各県を巡るサンタロー達。その全ての場所で、同じプレゼントボックスを見た。
「なんで……」
『……一応お伝えしますが、基地のプレゼントの在庫は減っていません。九州に配る予定だった数だけ、きちんと余っています』
レーラが通信でそう告げる。明らかな動揺したその声が、それが事実であることをものがたっていた。
「……これ以上確認する必要はないな」
十二人のサンタ一行は、どこかのビルの屋上に着陸し、眼下に広がる街を眺めた。喜ぶ声が飛び交う、その風景をながめた。
「サンタだ……」
サンタローは、小さくそう呟いた。けれどその声は、この場にいる全員にしっかり届いた。
十一人は小さくうなずくと、西へ消えていった夜を見つめた。
きっと彼らは、夜と共に次の場所へ向かったのだ——ここにいる役者達には、それがわかった。その強い実感が、役者達の勲章だった。
*
そうしてサンタロー達は、クリスマスイブを終えた。思わぬトラブルによって勝負については曖昧になったままだし、スーツ姿で人に姿をさらしたことについても問題になるだろう。
——けれどそれは全て、サンタロー達がこれから向き合っていくことだ。
太郎はトナカイスーツを脱ぎながら、すっかり慣れ親しんだ更衣室の壁にある小さな傷をなでた。
太郎がトナカイとして働くのは今年のクリスマスイブまで、最初にサンタローとそう約束した。だから、今日がこの基地で過ごす最後の日でもあった。
更衣室を出ると、寧桜が立っていた。驚いた顔をする太郎を、寧桜は真顔のまま見つめる。
「……いくの?」
その言葉を聞いて、太郎は胸が締め付けられる思いだった。
「……うん。これからサンタローにスーツを返しにいく。ダンサーも……、ありがとう」
そう言って太郎は歩き出した。寧桜は一歩だけ太郎を追いかけてきたが、それ以上はついてこなかった。
「——はい、お疲れさ〜ん」
「……へ?」
想定外の空気感に、太郎は目をパチクリさせる。
「……え? どうした? もう帰っても大丈夫だぞ? スーツもちゃんと受け取ったしな。ほんとありがとう! ティラノのおかげですごい助かったよ! お疲れ様!」
ニッコニコの笑顔でそう言って送り出してくれるサンタロー。あまりに軽いそのテンションに、太郎は説明を求めレーラの方を見た。
「お疲れ様、ティラノ。私もすごく感謝してるわ……。これからも身体に気をつけて、元気でね……?」
しんみりとした空気感でそう言うレーラ。けれどやはり、そうではない感が否めない。
「……え、あれ? 僕が変? こういうのってなんかこう、もっと感動的にっていうか、もっと惜しまれるものなんじゃないか、って思ってたんだけど……。他のトナカイ一人もいないし……」
なにかの冗談なのではと、おどけてみせる太郎。しかし、そんな太郎にサンタローは奇妙な目を向けてくる。
「……どうしたティラノ、もういいぞ? 実はもう結構眠いんだ。なるべく早く行ってもらえると助かる」
「……そりゃもう十時近いですし、——って、そうじゃないでしょ! なんかおかしくないですか⁈」
眠い目をこするサンタローに、太郎は最後の抗議を行う。それを受けてサンタローは、デスクにあるボタンの一つを押した。直後、太郎の足元がベルトコンベアーのように動き始め、出口の方へと連れて行かれる。
「——えっちょっ、サンタロー⁈」
「今までお疲れ様! 元気でな!」
そうして太郎は、サンタローの基地を出ていった。
最寄駅に転送された太郎は、一つため息をついてから家へと向かって歩き出した。
夜通し飛び回った後に見る朝の街は、なんだかとても穏やかに見えた。
「……あそこを飛んでたんだよな」
ふと空を眺めながらそんなことを呟く。言葉にすると、もうあそこには戻れないのだという寂しさが込み上げてくるようで、太郎はトボトボとした足取りで家に帰った。
「おかえり! 時間早かったわね。マサヤくんの家、楽しかった?」
玄関に入ると母親がそう声をかけてきた。基地に泊まるのに、適当な嘘をついていたことを思い出した。
「……うん、楽しかった。でも疲れたからもう寝る……」
それだけ言って、太郎は自分の部屋に向かった。
気分が落ちている。きっと寝不足のせいもあるのだろう。早く寝た方がいい。
そう思い、部屋の扉を開けた。
「……あれ?」
自分の部屋、自分のベット——その枕元に、大きな赤い靴下が置いてあった。けれどそれは一切膨らんでおらず、ペッタンコなままだ。不審に思いながらも、太郎は飛びつくようにその中に手を入れた。
——ガサッ。
ふと、手に何か紙のようなものが当たる。引っ張り出すと、それは一枚の手紙だった。
『——親愛なるトナカイ見習い君へ
この三ヶ月間、一生懸命頑張ってくれた君にプレゼントを用意しました
君が最高に喜ぶプレゼントを考えて、結局一つに決められませんでした
もう一枚の紙に用意したプレゼントを記しておきます。欲しい方に丸をつけてください
メリークリスマス! サンタロー』
太郎は指を擦り合わせ、重なっていたもう一枚の紙を見た。
「——っ」
『サンタローからのクリスマスプレゼント どちらか選んでね♡
候補1 プレイステーション5、任天堂スイッチなど、ゲーム端末詰め合わせ
候補2 トナカイとして、もう一年』
その文字を見た瞬間、太郎は胸が熱く、落ちていた気分が晴れわたっていくのを感じた。
「っ〜! サンタロ〜‼︎」
太郎は笑みを浮かべ、手紙を胸に抱いた。その目尻にはうっすら涙が溜まっていた。
「こんな嬉しいプレゼント、生まれて初めてだ……!」
太郎は手紙を机の上に置くと、ボールペンを使って『候補2』にぐるぐると丸をつけた。
すると手紙は、七色に輝き出し、太郎はその手紙に吸い込まれた。
『——ふぁ〜っはっは〜! 最高だぁ‼︎』
ゆがむ景色の中で、太郎はあの時と同じように、すっかり慣れ親しんだその声を聞いた。
目を開くと、そこはサンタローの部屋だった。あの時よりも少し片付いた部屋に、サンタロー、レーラ、そしてトナカイ達が立っていた。
「——おかえりティラノ。君ならきっとこっちを選ぶと思っていたよ」
ニッと笑うサンタロー、太郎は潤んだままの瞳でニコッと笑った。
「サンタロー……。僕は——」
「——もっとも、こっちは君がゲーム機を選んだとしても一度基地に呼び戻すつもりだったけどね!」
「え?」
サンタローが指を鳴らすと、背後の大きなモニターに『反省会』の文字がデカデカと表示された。
「——覚えているかな、ティラノ君。そう! ここで初めて君と会った時のことだよ。僕は君とひとつ約束をしたはずだ! もし君が、トナカイの仕事でやらかしたなら……?」
やけに演技がかった調子でサンタローは言う。まったく覚えていない太郎は、なにも答えることができない。
「——そう! 君のあるものを、みんなに公開する約束だったのさ! ……そして君は、今年のクリスマスイブでそれなりにやらかした。十分、実行するに値するよねぇ‼︎」
「「「「「ウェ〜イッ」」」」」
なにやらよくわからないが、トナカイ達はノリノリだ。
「え〜……。……って、あれ? ダンサーは? っていうかあれれ? なにこの格好⁈」
全員いると思っていたトナカイ、よく見ると寧桜がいない。ルージュとローズがいないのは普通としても、それ以外の七人がいるこの状況で寧桜がいないのは不自然だ。加えて、太郎は今になって、自分の服装がやけにきっちりした礼服、タキシードに変わっていることに気がついた。
「ようやく気づいたか……。だがもう遅——」
その瞬間、部屋の扉が気持ちいつもより勢いよく開いた。
「——ちょっとサンタロー、どういうことですか⁈ 急に転送されたと思ったらこんな格好で、『サンタローの部屋に来い』ってメモが置いてあ……、って……」
「え……? ダンサー、その格好って……」
部屋に飛び込んできた寧桜は、綺麗なドレスを着ていた。どこかウェディングドレスにも似たシルエットの淡いミントグリーンのドレスをまとったその姿に、太郎は思わず見惚れてしまう。
「ティラノ……、なんでここに……」
驚いたような顔をする寧桜。チラリとサンタローの方に目で疑問を投げかけている。
「くっく……! どうだいティラノ、約束は思い出したかい?」
心底楽しそうな声。周りのトナカイ達も、なにやらとても楽しそうだ。欲を言えば、そちら側に混ざりたかった。
——でも、思い出した。そういえば、そんなことも言ってたなぐらいに些細な言葉だったけれど、確かに言っていた。映像で僕を脅した後に、言っていた。
——でもきっと、思い出さなくても同じことをしていたと思う。目の前に現れた、彼女のこの美しい姿を見たら、きっとなにも言われなくたって同じことをしていたと思う。
——だからこれは、僕の心からの決意だ。
「——寧桜さん‼︎」
大声で彼女の名を叫んだあとで、太郎は彼女の前にひざまずいた。
驚く彼女の表情、その瞳をしっかり逸らさずに見つめながら、太郎は想いを込めて言葉を紡ぐ。
「この三ヶ月間、僕はあなたを同じトナカイとして近くで見てきました! その中で、僕はあなたのことを前よりも知ることができた。知れば知るほど、この気持ちは大きくなった!」
周囲から「おおっ⁈」と歓声があがる。
一瞬、太郎の脳裏に夕焼けに染まる空き教室の風景がよぎる。
太郎は息を思いっきり吸い込み、心の限りを尽くして想いを叫んだ。
「サンタクロースは、絶対います……‼︎ 森下寧桜さん! 僕はあなた好きです! 付き合ってください……‼︎」
そう言って、太郎は顔を伏せ右手を差し出した。
周囲の歓声に、わずかに笑い声や困惑の声が混ざる。けれどやっぱり、一番うるさいのは自分の心臓の音だった。
ふと、視界の端で寧桜のまとっているスカートの裾が揺れる。その一挙手一投足に、太郎の心臓はその鼓動を早める。
「……さすがサンタね」
寧桜が小さくつぶやいた。その直後、太郎の右手に、寧桜の右手が重なる。
「——こちらこそ、よろしくお願いします」
バッと顔を上げる太郎。そこには頬を桃色に染め、これまで一度も見たことがない柔らかい笑みをこちらに向ける、寧桜がいた。
「……っ、やった……、いやったぁ〜‼︎」
「「「「「「「「ヒュ〜‼︎」」」」」」」」
太郎は飛び跳ね、周囲は歓声をあげる。
メモ用紙が舞うサンタローの部屋で、二人は互いの手を取った。
十二月二十五日、クリスマス。太郎と寧桜は恋人になった。




