クエスト 『寧桜と太郎』
「いきましょう! 皆さん!」
声を上げる仲間達の姿を視界に入れながら、寧桜はその中心に立つ男を見つめていた。
二宮太郎——高校二年になって同じクラスになった少し冴えない男の子。気弱で自信がなくて、人に流されやすくバカにされてもヘラヘラして、嫌いなタイプだと思った。
でも、彼は友達に「サンタはいると思う」と言っていた。それを聞いた時、寧桜は少しだけ期待した。けれど告白された時、それは裏切られた。寧桜はガッカリして、太郎を嫌いになった。
同じ基地で働くようになって、少しだけ見る目が変わった。気弱だし、すぐに逃げ出す軟弱者。それなのに、彼は成長することをやめなかった。何度逃げ出しても、必ず戻ってきた。
寧桜は高校一年生のとき、ダンス部を辞めていた。それは端的に言うなら、メンバーと価値観が合わなかったから。自分の踊りを追求するのに、この人たちと関わっていてはならない、そう思ったからだった。
寧桜は日頃から、日常というものがくだらなく思えて仕方がなかった。踊りを追求している時が一番楽しい、ゆいいつ『生』を実感できる時間だった。ダンス部を辞めてからは、トナカイとしての時間もその一つになった。それらは寧桜にとって、充分な意義を感じる時間だった。一方で、それ以外の時間、学校での時間やたいして面白くもない人間と話している時間は、寧桜にとって苦痛でしかなかった。けれど、それをそのまま態度に出すほど寧桜も不器用ではなく、寧桜は日頃から波風立てない仮面をかぶって生活していた。そんな自分が、好きではなかった。
『——ダンサーって、普段ウソついてるよね』
そんなある日、自分を好きだと言ってくれた男がそう言った。見抜かれた気がした。
寧桜は疲れていた。ありのままの自分で居られる場所を探していた。その時彼女は一瞬、彼にその場所にみた気がした。
——本当はわかっている。
人に自分を見せられないのは、自分の弱さだと。志を共有できなかった仲間を不要と切り捨てたのは、彼女達を焚きつけ巻き込むだけのコミュニケーションを嫌ったから、それをするだけの自信がなかったから。自分を伝えることを怖がり、こちらから先に壁を作ることで、弱くもろい大切な自分を守ってきた。
——それが間違っているとは、寧桜は決して思わない。
けれど寧桜は、出会ってしまった。自分の弱さをこれでもかとさらけ出し、案の定なんども何度も傷ついて、それでも諦めずに食い下がる太郎の姿に。その愚かなまで弱さに心を動かされ、集まり協力する人々の姿に。そして気づいてしまった、自分もその一人であるということに。彼が持つ寧桜にない強さに、次第に惹かれていっている自分がいることに。
*
夜を徹して窓辺で待っていた少女にプレゼントを渡すと、寧桜は優しくほほえんだ。
突然の空飛ぶ少年少女達の出現に、眠りについた街がわずかにざわめいているのを感じる。不足の事態とはいえ、姿を明かすことを容認したサンタローはやっぱりどうかしている。ホログラムで作ったマスクで鼻から下は隠しているが、こんなものは気休めにしかならない。明日から一体どうするというのだろう、本当に愚かだ。
「ふふ……」
——そうか、今自分は愚かなことをしているのだ。守りに入ってばかりの自分にも、こんな愚かなことができるのだ。
そのことが、寧桜には嬉しかった
「どうしたの? ダンサー」
上空に待機している巨大な戦艦——プレゼントをまとめて運ぶために密かに製造されていたらしい——にプレゼントの補充に戻る途中、ティラノが声をかけてきた。その気の抜けた顔が、先ほどの頼もしい顔とはまるで別人のようで、寧桜はなんだか笑ってしまう。
「また笑った……。なにか面白いことでもあったの?」
「アハハ……、ううん。こんなことになるなんて、あの時はまったく予想してなかったなって思って……」
「あの時って?」
「それはもちろん、初めて基地で会ったあの——」
言いながらふと、寧桜は少し下を飛ぶ太郎の方を見た。キョトンとした太郎の顔、その下には、まばゆいばかりの夜景が——輝く大地が広がっていた。
「……そっか。ここが月なんだ……」
寧桜は小さくつぶやき、その口をキュッと結ぶ。急速に上昇すると、下の方で驚くティラノに向かって大きく叫んだ。
「——ねえ! そこから『ヤッホー』って言って‼︎」
「え、なんで⁈」
「いいから‼︎」
わけがわからないという顔をするティラノ。けれど寧桜が一切引かないからか、やがて覚悟を決めたように息を吸い込んだ。
「や……、ヤッホ〜‼︎」
突然の大声に、船から地上に戻ろうとしている別のトナカイ達が好奇の目でティラノを見ている。それを見て、ティラノは顔を赤くした。
「ありがとう太郎。夢は届くんだね……」
「え、なに? 何か言った? っていうか何で急にヤッホーなのさ、恥ずかしくて死にそうだよ……」
そう言って、太郎は逃げるように寧桜を追い越して船へと飛んでいく。
「——ほんと、こんなことになるなんて思わなかったな、あの時は」
寧桜は頬を染め、目を細めて微笑んだ。
その瞳には、頼りない男のいた空き教室の風景と、月に行った愛しい男の背中が映っていた。




