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安楽死サービス

作者: 雉白書屋

 現代、地球の人口は増え続けている。同胞が生まれているというのに、悲しいことにそれを喜べないのが現状だ。国同士の摩擦、移民と現地住民の対立、社会を覆うさまざまな軋轢も生まれてしまっている。そして、これに伴い、これまで禁止されていたものが次々と緩和されていった。

 その一つが、安楽死の合法化である。

 人々が公に自ら命を終える権利を得たことで、社会は大きく様変わりした。企業はこぞって安楽死サービスに参入し、テレビやネット、ラジオでは連日、『最高の最後のひとときをお届けします!』という華やかな広告が流れた。

 新しいビジネスは急速に拡大し、技術の発展を促す。一方で、粗悪なサービスを提供する業者も現れ、安楽死に失敗して植物状態になるなどの事故が多発した。

 時間が経つにつれ、そのような悪質な業者は摘発され、また競争力の低い小規模な会社は淘汰されていった。

 大手企業の競争は激化し、次々と豪華なプランが打ち出された。オーケストラの生演奏付き、最高級ホテルでの最後の晩餐、さらには花火大会まで含むといった人生のフィナーレを華やかに彩るサービスが人気を集めた。

 意外なのか、それとも当然なのか。安楽死を望むのは病に苦しむ者だけではなかった。むしろ、健康でありながらも人生に絶望した者たちのほうが多かった。そして、彼らの多くは裕福ではなかった。

 それでも豪華なプランが続々と登場した背景には、安楽死希望者の臓器再利用が合法化されたという事情があった。

 貧しい者は安価で豪華な安楽死を求め、富裕層は高価な健康な臓器を求める。歪ではあるが、この共存する構図が社会に根付いていった。

 そんな中、ある新興企業が急成長を遂げ、業界一位に躍り出た。

 その企業の名は『エンドライフ・ホープコーポレーション』。驚くべきことに、同社が人気を集めた理由は、安楽死を提供すると見せかけて、実際にはそれを行わない点にあった。


 記者はその秘密を探るべく、『エンドライフ・ホープコーポレーション』への潜入取材を試みた。同社のプランはたった一つだけで、料金は平凡。契約書には死後の臓器利用に関する項目も含まれ、外見上は他の企業とほとんど変わらなかった。

 しかし、契約書にサインすると、突然謎の薬を渡された。

 当然、飲むことにはためらいがあった。しかし、いざとなれば外で待機している仲間が安楽死を阻止する手筈になっている。この薬に何か秘密があるに違いない。そう確信した記者は、意を決して薬を飲んだ。

 すると、どうだろう――急に生きたくてたまらなくなった。

 もちろん、もともと死ぬつもりなどなかったのだが、不自然に見えないように暗い気分を装っていた。しかし、それがどうだ。急に晴れ晴れとした気持ちになり、笑みを浮かべずにはいられない。

 死の恐怖を和らげるために麻酔薬を使用する業者は少なくない。だが、この薬はその域を超えていた。


「まだ、安楽死をご希望ですか?」


 スタッフにそう尋ねられると、記者は喜ぶ犬の尻尾のように勢いよく首を横に振り、上機嫌で会社を後にした。

 後に血液を分析した結果、その薬が極度の幸福感を引き起こし、生きる意欲を取り戻させる効果を持つことが判明した。



「……しかし、依頼者を薬漬けにしているだけなのではないですか?」


 後日、記者は再び『エンドライフ・ホープコーポレーション』を訪れ、身分を明かし、社長に問いただした。


「それは人聞きが悪いですね」


 社長は微笑を浮かべた涼しい顔で言った。


「確かにリピーターはいますが、一人の方が訪れるのは多くても三回程度で、ほとんどの方は一度きりで二度と戻ってきません。薬の成分もすべて合法的なものです。まあ、かつては違法とされていたものですけどね」


「安楽死が合法化された時期に、いくつか麻薬も解禁されましたからね」


「そうです。でも、最も重要なのは薬ではなく、場所なんですよ」


「場所?」


「人生を終えようとする寸前で思い直すことで、人は自分が本当はどれほど生きたいのかに気づけるのです。……私はね、実は安楽死には反対なんですよ。みんなに生きていてほしい。我々は同じ時代に生まれた同胞なんですから」


 社長は仏のような顔でそう語ったのだった。


 しかしその後、複数の社員が社長のパワハラを苦に自殺していたことが明るみに出て、『エンドライフ・ホープコーポレーション』は倒産した。

 ベンチャー企業の末路としては、さほど珍しくはない話である。

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