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戦場の猫  作者: つな(DD)
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存在意義


 ジオル島よりも大きな、いくつかの都市が存在するフート島、その北東部海岸線に引かれたユ国陸軍の防衛戦線はジオル島の時と比べ、5倍にも膨れ上がる大部隊だった。

 総勢10万の兵と、豊富な支給品、膨大な量の弾薬、砲台。騎兵も増え、万全の体制と言えた。さすがの平和ボケも多少は収まったようだ。

 だが、敵の大国には足元にも及ばないであろうことは皆が気付いていた。

「ミコト中佐殿、予測ではあと二刻ほどで相手軍と接触します」

「わかりました、それでは第二中隊と第六中隊はそれぞれ前進、第七中隊は後方で待機」

 アラタは落ち着かない心持ちだった。前線に立たず、こうして安全な場所から口頭で兵を動かすのは奇妙な気分だった。

 ――いいのか。お前たち。俺はこんな場所からのうのうと指示を出しているだけなんだぞ。その通りに動いて後悔はないのか。死ぬかもしれないんだぞ。


 愚かな考えだった。その答えはとっくに知り尽くしている。アラタもジオル島では、今こうして眼前で指示通りに動き出す兵士たちの中の一人だったのだ。

「……戦争はお嫌いですか、アラタ少佐」

 ミコトが苦笑しながら呟いた。一見揶揄(やゆ)しているようにさえ見える。アラタはそれを知りながらわざと不機嫌を装った。

「あなたは随分楽しいようですね」

 その心中をわかっているミコトはその軽口を甘んじて聞き入れ、また笑みで流した。

「さあ、すぐに戦いが始まりますよ」

 アラタはミコトの優しさに甘えている自分を嫌い、自分よりずっと辛いはずなのに朗らかなままのミコトを呪った。




 戦況は五分五分……これは想像を大きく上回る成果だ。それを支えたのは他でもない輜重部隊だった。

 負傷した兵を素早く保護し、手当に回し、足りない物資を先回りして届けてくれた。相手国はユーリオーリの兵站部がここまで進歩しているとは予想しておらず、思わぬ苦戦を強いられていた。

 何より不気味だったのが、昼間に奇襲をかけその後方支援を絶っても何故かユ軍の士気は衰えず、物資の調達もできていることだった。

 それどころか、いつの間に捜索部隊にでも調べさせたのかユ軍の布陣は完璧であり、敵国はむしろ防戦に回りつつある現状であった。

「輜重部隊はまだ着かないか」

「早く来ないかなあ」

 そして戦場でその頼もしさを実感し、いつしか兵站を軽んじる兵士はユ国軍に一人もいなくなっていた。




「敵国の襲撃にあったと考えるべきでしょう、支援は期待できませんね」

 ミコトが残念そうに言う。それは、支援が来ないことに対してか、物資を運ぶ途中で戦死した仲間を思ってか。

 アラタは強く悔やんでいた。あの時に世間の偏見に惑わされ、いちの覚悟や兵站への思いを理解しようともしなかったことを。そしてそれから一度も話せないまま戦場に来てしまったことを。

「…いち、今どこにいるんだ」

 ――今、このユ国軍を支えているのはいちだ。

 昼は大勢で行われている兵站活動だが、夜の間はいちが一人で戦場を駆け回り敵勢調査、物資の支援、負傷者の救護、伝達……その全てを担っていた。

 兵士たちは夜の闇を抜けて現れ、闇の向こうの情報を持って来てくれるいちに心から救われていた。彼さえいれば夜の(とばり)は恐ろしくなくなった。

 そうして、いちもここに自分の存在意義を見出していた。自分のヤモクとしての能力を、仲間たちが必要としてくれている。強くそう感じることができた。


 その嬉しさで、どんな距離も走り続けられるような気がしていた。




「ヤモクのいちが伝達と支援物資を持って来ました!」

 その夜、アラタのいる中隊にもいちがやってきた。兵士たちはわっと喜び、いちを労った。

「ご苦労だった……いち」

「うん」

 迎えに出てきたアラタを見ていちは気まずげに視線を泳がせる。本当は抱きついてしまいたい気分でいっぱいだったのに。

「あの、これ渡したらすぐ出ないと。北西の敵勢調査を任されてるんだ……」

 二人の間には微妙な空気が流れていた。緊張、安堵、焦燥。

 伝達の紙を渡してそそくさと去ろうとするいちをアラタが思わず呼び止める。声をかけられていちは明らかに肩をビクつかせた。

「いち……その、悪かった。俺、今のお前を凄く立派な兵士だと思ってる」

 アラタはきっぱりと言い切り、その意志の強い瞳をいちに向ける。いちはその言葉に思わず目を見開いてから、くしゃりと年相応な笑顔を見せた。

 アラタはその笑顔を見て、何か考えたようだった。

「……戻るなら伝達を頼んでいいか?急ぐから、少しだけ待ってくれ」

「うん、わかった」


 司令室に戻っていちを座らせ、伝達の返事を用意する間アラタは必死で言葉を探していた。そしてそれはいちも同じだった。

 ――話したいことがたくさんあるんだ。

 だがそれはどれも言葉にはできなかった。静かな時がただただ穏やかに流れていた。




「じゃあこれ、頼んだ。気をつけて行けよ」

「大丈夫、ありがと」

 敵の様子を調べて帰るといういちを心配そうに見送ってアラタは司令室に戻った。

 いちは疲れているようだった。足取りも重たげで、頬にも生気がなかった。あまり無理はするなよと言ったが、無理せずに戦争ができるのかと言い返されてしまった。

 その通りだ。皆いちの体力を心配しつつも、頼らずにはいられなかった。


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