第92話 後は描くだけ……
シンドウ。ストレートに思い浮かぶ漢字は『新藤』。変換して見つかったそれっぽいのは『新道』、『新堂』か。
俺は早速シークレットタブを呼び出して『緑山 桜庭高校』というキーワードにめぼしい漢字を追加して検索してみた。しかし、出てくるのは過去の広報記事であったり、全く関係ない生徒の活動が取り上げられた新聞記事であったりと俺の求めている情報に掠りもしない。
「あ。ねえ。そういえば私のポケぽよ凄いんだよ。新しい星五も無料のチケットで引けたんだよ。見せてあげる」
不条理な流れで千里がタブレットを取り上げようとするので、タブレットを振り上げて千里の手から守った。
ていうか、ポケぽよって何だよ。ソシャゲか。
「分かった分かった。後で見るから。ちょっと調べ物さしてくれよ」
「えーっ。じゃあそれ終わったら見てね。私のポケぽよ。ぷよぷよしたボールのアイコンだからね」
「はいはい」
――しかし、シンドウ先生関連で探っても一直線に記事がヒットすることは無いのか。少なくとも彼は桜庭高校の教諭だった筈で、東海道先生たちが話すことも忌避するような事件の当事者でもあるはず。
となると、シンドウ先生はその事件を切っ掛けに学園から去り、甲塚の家庭からすらも姿を消した筈なんだが……もしかして、俺が想像しているより重大な事件が桜庭にあったのか?
「……」
少し嫌な予感を抱えながらも『緑山 桜庭高校 事件』で検索してみる。すると、ゾッとする程様々な事件が桜庭高校周辺で発生していたことが検索結果だけでも分かった。
――都内私立高校教諭、教え子を自宅に連れ込み猥褻行為(2011)、【部活顧問による指導死か】高一男児、自宅で縊死(2014)、四十代教諭、新人教諭にセクハラか(2015)……。
血なまぐさ過ぎるだろ。
まあ、言っても桜庭高校はマンモス高校だし色々なトラブルがあるのは分かるが……いくら何でも凄惨過ぎやしないか?
どうやら、俺たちが入学するほんの十年くらい前まで――丁度俺たちが小学校低学年くらいは中々荒れた環境だったらしいな。いや、今もどうか分からないもんだ。何しろ俺は学園生活なんてきちんと身を入れているわけじゃない。
取り敢えず、『【副業でバンド活動か】桜庭高校二十代教諭、勤務規定違反』みたいな記事は無いようで良かった。他の事件と比べれば東海道先生の副業なんて可愛いもんだが。
ともかく……今の情報だけではシンドウ先生がどんな事件と関わりがあったか特定は難しそうだ。騙す形で話を聞き出した東海道先生には負い目があるし、まさかそこらの教師を捕まえて話を聞くわけにもいかない。甲塚は論外として――打つ手無し、なのか。
いや、もうここまで来ればいっそのこと当事者に聞くのも有りなのかもしれない。
――甲塚の祖母、シンドウ理事長に。
問題は、シンドウ理事長と俺が全く以て、これっぽっちも面識が無いことなんだが。
調べ物を終えた俺は、さっき千里が言っていたポケぽよの所持ぽよの充実具合を見て感心してあげたり、専用のペンを持っているというのでさっきのエディタで試しに絵を描かせてもらったり、絵描きが集まってたまにやる、落書きに落書きを付け足し合う遊びなんかして、たっぷりクソガキの相手をしてやった。
コーコが店に顔を出した頃には、落ち着いた話し合いを出来るくらいに千里を疲れさせたつもりだ。彼女はいつも通りの汚れシャツ・ジーンズの組み合わせで現れると、どかりと尻で俺を奥へ押しのけて座った。
「さてと。それじゃあ具体的なデザインを決めていこうか」
「ああ。トリックアートっぽいので、ストリートアート風なやつだろ。正直、俺が普段描いてるような人物画からは大分かけ離れている気がするんだよな。もうお前らで煮詰めてった方が良いんじゃない?」
……そもそも、俺が普段描いているものと言ったら人物画というよりはすけべ絵なんだが。そこは勿論建前というやつだ。
「そんなことは無い。ストリートにも、まず写実的な人物画を描いて、そこにストリートらしいディテールを追加していくようなものもある。……そこで、大体三人の総合力が出せそうなデザインを考えてきたんだけどね」
「ほお……」
コーコは鞄からスケッチブックを取り出すと、パッと机の上に広げて見せた。あくまで鉛筆で書いたラフだが、水彩で輪郭のぼやけた色が簡単に塗られている。
目の前の千里が、ポッと顔を赤くした。
というのも、そのイメージというのがまず『青海』にガツンと強いものをぶつけたような穴の絵を数カ所描き、その穴からは青い空と青い海、そして砂浜に立った裸体の女性がこちらの穴の一つを覗き込んでいる絵なのだ。しかも穴の一つから見える乳首にはしっとりとした赤色まで落としているから生々しい。
「ちょ……」
「こんな感じで、女の肌には千里が考えるようなパターンを描くのが良いと思うんだ。穴から見える肌に、それぞれ違うパターンが描かれている感じで」
発案者であるコーコは一向に罪悪感を感じていないらしいから呆れてしまう。本当に、見る人間のことを考えないとここまで発想が行き着くものなのか?
「待て待て。文化祭に描く絵だろ? こんな裸体の女性なんか描いたら怒られるに決まってるだろ。全体的なイメージは悪く無いと思うけど、せめて水着とかさ……」
「え? 何眠たいこと言ってんの? どうせ描いちゃえばこっちのもんでしょ」
「こっちのもんって……お前、名指しで指名されてあのオブジェに絵描くんだよな? 描いて逃げればいいストリートとは違うんだぞ。そこんとこ分かってる?」
「あー。そうだっけ。まあ、何とかなるから大丈夫」
「……?」
やっぱり、何かおかしいな。幾らコーコでも高校生を相手に女性の裸を大写しにしたような絵なんて描かない筈だ。それに、なんだか自棄っぱちになっているような気配があるのは……気のせいじゃないよな。
しかし、突っ込むタイミングは今じゃない気がする。最低でも、アイディアを決める段階では穏便に行きたいもんだし……こっちはこっちで美取のこともあるしな。
「まあ、分かった。仕方ないな……倫理的な部分は俺が監督してやる。高校生はともかく、流石に小学生混じえたチームでこんな絵描いたら事件だろ。それで良いな? 千里」
普段すけべ絵師をやっている俺としては屈辱的な采配だ。
千里は真っ赤な顔のままコクコク縦に頭を振った。いくらクソガキでもこういうとこは子供なのか。
「というか、ハナからそういうのを佐竹蓮に期待してたんだよ。佐竹蓮は、人を描くのだけは上手い――というよりは、人だけは何故か魅力的に描けるからね。全体的なイメージはこれで良い? 大雑把な分担はウチが背景とか細かいとこを描く。佐竹蓮が女を描く。中間千里がディテールを考える」
「俺は良い」むしろ得意分野だ。コーコの無軌道な采配だが、まさか得意中の得意である女体を掻くことになるとはな。「千里も。それで良いな?……と言っても、お前は殆ど出来上がっているようなものか。さっき見せて貰ったしな」
「あ。……うん! 見てよ! 私の描いたやつ!」千里は先程までの羞恥心を忘れて、いつもの見て見てモードに切り替わった。クソガキはクソガキでも単純な一面があるのか。
――ともかく、采配は決まった。後は描くだけだ。……まあ描くだけなのが一番大変なんだけどな。




