第84話 不法侵入
早速甲塚と別れて、俺と郁はヤマガクの校門に入ってみた。ヤマガクの制服がごった返す中を、桜庭の制服を着た男女が人流に逆らうものだから大変居心地が悪い。
これなら郁が付いてきてくれたのは却って良かった。こんな状況、流石に一人じゃ心が折れてしまっただろう。
「それにしても、ヤマガクの制服って良くない? セーラー服だよ?」
郁はこんな状況にもかかわらず、呑気に周囲の女子生徒を見物して歩いている。
「お、おい。お前緊張しないのか?」
「緊張? 何で?」
「何でって、他校に制服で着てちゃ落ち着かないだろ。さっきからじろじろ見られてるし……」
「気にしない、気にしない。じろじろ見てくる人には、逆にこっちからじろじろ見れば良いんだよ」
それチンピラのコミュニケーションだと思うんだけど。まあ、喧嘩することになってもどうせ郁が勝つか。
「……でも、郁が真っ当に頼りになることなんて珍しいな。いつもならお騒がせ担当な筈なんだが」
「うわ。ひっどいこと言うなあ……ん?」
校門から数メートル進んだ所で、何処からともなく年配の用務員らしき人が目の前に現れた。
「ちょっとちょっと、君たち。何してるの。うちの高校の生徒じゃないよね」
「……」
おじさんは警戒心丸出しと言った感じで俺たちの前に立ち塞がる。コーコの話では、ヤマガクは部外者も立ち入ることができる筈だったが……。
「私達、友達に会いに来たんです」
「友達? それなら、学校の敷地外で待ち合わせればいいでしょ」
「ついでに、校内を見学しようと思って……」
「あーっ! ダメダメ!」おじさんは面倒臭そうに頭を振ると、ずい、ずいと両手を広げ、校門の外へ押しやってきた。「ウチの高校はね、見学するにしても用事を足すにしても、立ち入るには許可申請出さなきゃなの!」
「きょ、許可申請?」
おいおい。そんなの初耳だぞ。
「あっ、あっ、あの! その許可申請、ここで出すことできないんですか!?」
郁は押しやられながらも頑張った。しかし、
「ダメダメ! 申請するならホームページのフォームから! それか学内の友達に申請してもらうか! どっちにしろ、当日の申請受理は無理!」とすげなく却下されてしまう。
……学内の人間からの申請?
「ちょ……ちょっと待ってください! だったら、友達が申請してるかも知れないです!」
もう殆ど追い出される直前、といったところで声を挙げた。ずっと黙っていた俺が突然声を出したので、おじさんも驚いたように立ち止まる。次いで、不審げに俺の顔を睨んできた。
「はぁ。何。君の友達が? そんな嘘で私を騙せると思っているのか」
「嘘だと思うんなら調べて下さいよ」
「全く……」
渋い表情で呻くおじさんは、明らかに仕事を増やされたことに苛立っているようだ。右手に持っていたバインダーを開き、目を細めてページを捲っていく。もう外はすっかり暗くなっているので、僅かな街灯を頼りに申請記録を確認しているんだろう。
「名前」
「……はい?」
「名前! 友達の!」
「あ、ああ。えーと、真城紅子。です」
「おんまェ、真城のツレかァッ!!」
「うわおおっ!?」
どうしたことだ。目の前のおじさんがコーコの名前を聞いた途端豹変してしまったではないか。顔は赤黒く染まり、黄色く濁った目玉を力一杯に開いている。
あまりの態度の変わりように、俺は変な悲鳴を挙げてしまった。
「ちょ――何!? どうなってんの!? 真城さんってそんなに有名人!?」
俺と郁が唖然としている間にも、鬼の表情のおじさんがずんずん大股で近づいてくる。
「真城から申請など出とらんぞ!! コラッ!! 貴様ら、××××!! オウ!! ×××××!!」
おじさんの喋る言葉は最早半分も聞き取れないくらい程のダミ声になっている。ヤマガクはこんな裏社会出身みたいな男を校門前に置いて一体何を考えているんだ……!?
「こ、こりゃ猫も杓子も逃げ出すよおっ!」
「何て!?」
郁はわけの分からないことを言い出して、俺の腕を掴んだ。すると、物凄い力とスピードで俺の体ごと校門の外へ逃げ出し始める。最早驚愕することでも無いのだが、俺が状況を呑み込んで地面を蹴り出すまで、郁は片手で俺の体を引き摺って走っていた。一応、郁の怪力列伝として記憶しておこう。
*
校門から二人で全力ダッシュして、二ブロック先の街角を曲がり、ようやく膝に手を付けた。
「ハア……ハァ……な、なんなんだよ! あのおっさんは!!」
「こっちが聞きたいよ! はあーっ、ビックリしたぁ……」
俺が必死に肺の空気を入れ換えているというのに、郁の方は汗一つ掻かないさらっとした表情で一息吐いた。
「ど、……どうやら、コーコは、禄な生徒じゃないらしいな……あんのヤロォっ!」
俺はあまりの理不尽さに腹が立って、思わず地面を蹴りつけた。
何が「ああ、大丈夫。それじゃあ明後日よろしく」だ。全然大丈夫じゃないじゃないか!
「まあまあ。落ち着きなよ、蓮。……考えてもみたら真城先輩って、授業はサボるわ街の壁に絵を描くわ、割と不良な生き方してるもんね。まさか、あんなにヘイトが高いとは思わなかったけど。は、はは……」
郁の引きつった笑いで怒りが冷めてきた。冷静になれば俺が今やっていたのは、あの無様な地団駄ではないか。くそっ。一ノ瀬じゃあるまいし……。しかも郁の前で。……恥ずかしい。
「真城先輩のことは置いといても、校内に入る前に止められるとはねえ。許可が必要っていうのは何となく分かってたけど、事前申請が必要とまでは思わなかったねえ」
「そうだな。……そういえば、ヤマガクって有名人が多いんだったな。もしかしたらそういう生徒のストーカー被害を防ぐために、セキュリティが厳格なのかも」
俺がそれっぽい推測をすると、今度は郁が怒り出した。
「それって失礼じゃない!? じゃあ、私達が有名人のストーカーか何かだと思われたわけ!?」
「あのな。俺たちはストーカーか何かじゃなくて、申し開きの無い程のストーカーなんだぞ。雑誌でモデルやってる飯島の、素性を探ろうとしているんだからさ」
「あ。……じゃあ、私達不審者だったわけ!?」
郁は頭を抱えて仰天している。
今更気が付いたのか……。いや、気が付かなかったから、あんなに堂々と道の真ん中を歩いていたのか。ある意味凄いなコイツ。
「でもどうしよっか? 一旦甲塚さんと合流する?」
「待て待て。校内にも入れないで、おめおめ甲塚のとこに帰れるかよ。怒られるに決まってるじゃないか」
「えー!? じゃあどうするの?」
「……。一旦、コーコに相談してみる」
俺はちょっと郁から離れた建物の影に立ってコーコをコールしてみた。……四コール目で出た。
「佐竹蓮。今日来るんじゃなかったの? 待ってるんだけど」
「おい。お前許可申請出してないだろ」
「キョカシンセー?」
「それが無いと、部外者はヤマガク入れないんだとよ。さっき校門の前で、お前の名前を出したらおっかないおっさんに怒鳴られたんだぞ! 一体全体どんな学校生活してるんだよ」
「あー! あははは、それ多分施設警備のジジイだ。あいつ、いっつもうっさいんだよね。でも、別に校門からじゃなくても入れるでしょ」
「……校門以外から?」
郁と目を合わせると、今の会話内容と俺の意図を察したらしい。建物の影から駆け出て、ヤマガクの周囲を観察する。
「うーん。学校の敷地はぐるっと塀で囲われているみたいだね。高さは二メートル五十……いや、三メートルくらい? ジャンプして届くか……ギリ行ける?」
なるほど。
「おい。周囲は塀に囲われてるらしいけど?」
「大丈夫。大きな三角形の屋根の建物が見えるでしょ。そこの裏辺りは並木の散歩道みたいになってるんだけど、そこからなら人目を避けて校内に入れる」
「それって、不法侵入だよな?」
一応、俺は聞いてみた。
「問題ない。施設警備が監視しているのは結局二箇所ある出入り口だけだから。校内に入ってしまえば、誰も不審がらない筈。でも、教師の目は避けた方が良いかも」
「そうか。分かった」
俺は通話を切った。
……確かに、出入り口の警備が厳重な分、一度中に入ってしまえば許可を受けたもんだと大抵の生徒は思うかも知れないな。
にしても、他校に不法侵入とは。
いよいよ人間観察部の活動も来るところまで来たもんだな。
郁と裏手にある散歩道に移動する間、ふっと悲しそうな眼をする東海道先生の顔が浮かんだ。
これは俺の想像では無い。テストが終わった日の部活で、甲塚の計画を座って聞いていた彼女の顔だ。
「ねえ、佐竹君。わたくし、ここまで来たら甲塚さんに活動を止めろとは言いません。でも、……でもね」と、そのときの先生は悲しそうな眼で俺に言ったのだった。「犯罪だけは、止めてちょうだいね……」
「ああ、くそっ」
なんでこんな時に思い出しちゃうかな。




