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第60話 久しぶりの甲塚

 夏休みが明けて、二学期が始まった。ところが、今年は九月一日が金曜日という中途半端なところだったので、学期始めの挨拶や提出物のなんやかやを午前中に済ませた後はおまけのような二日間の休日に入るのだ。


「こう半端なタイミングで学校始まっても、気合いが入らないよなあ」


 帰り支度をする生徒の中、席でスマホを弄っている甲塚に声を掛けた。久しぶりの制服だが、まだまだ暑いのでシャツ姿になっている。


「そうね……」


 悩ましげな溜息を吐いて、心ここにあらずな返事をしてくる。こんなにぼけっとしている甲塚は珍しい。


「何だよ。お前までぼーっとして……。夏休みボケにでも罹っちゃったのか?」


「馬鹿。違うわよ……飯島の件」


 スマホを覗き込むと、郁がラインで共有した飯島美取の写真が写っている。


 甲塚は小声に切り替えて呻いた。


「まさか、あの怪力オタクが独りで見つけちゃうなんてさ。思っていもいなかったわ」

 

「まあ、美人美人とは聞いていたけどモデルとまではな……」


 俺も小声に切り替えて、しみじみと呟く。


 あの臼井の連れていた相手が、モデルとはねえ。


 郁がやたらと美人と言うから一体どんなものかと思っていたけど、流石に予想の上を行っている。


 というか、臼井にしてもへらへら「好きな人はいる」とか言っておいて、相手がモデルってのは大胆だよな。それでいて郁や甲塚に手を伸ばしそうとしているんだから結構性質が悪い。これでは二人が当て馬みたいじゃないか。


 ――あの夜から、飯島美取についての基本的な事項は俺も調べを付けている。


 飯島いいじま美取みとり。身長一五五センチ、年齢は俺たちと同じ十六歳。『東京美少女百景』にて掲載の後、現在所属している事務所にスカウトされて本格的にモデル活動を開始。……まあ、Wikipediaに書いてあった内容の受け売りだが、今時スカウトで事務所に入るって辺りは凄味を感じる経歴だ。


「私のSNS監視網に引っ掛からない筈よ。堂々と顔も名前も曝して自撮りは勿論加工無し。時によっては公式のおすすめで流れてくるような投稿なんて、逆にチェックしていないのよ。……まさしく、灯台もと暗しってやつ? そこらのコンビニで売ってる雑誌に、一月近く探していた女があっさり載っているなんて。はあ~ぁ……選りに選って、なんで怪力オタクが……」


 甲塚はまた溜息を吐いてこめかみをぐいぐい揉み始めた。


 ……どうやら、飯島美取を郁があっさり見つけてしまったことが相当堪えているらしいな……。


「げ、元気出せよ……。とにかく、見つかったんだから良かったじゃないの。ところで、今日部活は?」


「何言ってんの。今日はどこの部活もやってないわよ……」


「あ。そうなの。道理でクラスの連中が浮ついているわけだ」


 そこでようやく、甲塚の目線がスマホの上から周囲に移った。


 そういえば、周囲では帰り支度をしていた筈なのに全然クラスから生徒が出ていかない。皆ふわふわした表情で友人達と雑談をしているのだ。これは浮ついているどころじゃない。もう、浮いているな……。まあ、夏休み明けで皆久しぶりに顔を合わせたってこともあるんだろうけど。


「それだけじゃないでしょ。もう九月なんだから、来月には定期試験、学園祭なんて厄介なイベントが立て続けに控えてるのよ。そりゃ浮き足立ちもするわよ」


「……定期試験!!」


 すっかり忘れていた。……そうだった。学園祭は置いておくとしても、来月には定期試験が口を開けて待っているじゃないか。


 血の気が引いていく。


 あれ……? そういえば、高校って成績が悪すぎると結構まずいことになるよな……補習とか、留年とか。前回の定期試験といえば、返却されたテストを眺めて「うおっ、思ったより低いな」とうっすら驚いたことくらいしか憶えていない。


 甲塚は三度目の溜息を吐いて、すっと立ち上がった。


「ふう。まあいいわ。とにかく、臼井が連れていたという女は見つかった。問題はどうやって飯島に接近するかなんだけど……」


「ちょ、ちょ、ちょっと待った」


「なによ。……何か、顔色悪くない?」


「ちょっと、移動しよう」


「は?」


 俺は立ち上がった甲塚の肩を掴んで、そのまま人気の無い廊下の突き当たりまで移動した。こういう時、甲塚がひ弱で助かる。なにせこいつは押せば容易く体が前へ歩き出す程体幹が弱いのだ。


「なっ、何。急にこんな、人気の無いところに連れてきて……」


 甲塚は自分の体を抱いて怯えた声を出した。これでは俺が今にも甲塚を襲おうとしているみたいじゃないか。


「そうやって怖がるの、普通に傷つくから止めろ」

 

「ふん。どうだか。私は佐竹の本性が、理性のたがが外れた猿だってこと忘れたわけじゃないんだから」


「理性のたがが外れた猿でも、最近は活動を自粛してるだろ。いい加減俺を性犯罪者扱いするの止めろよな」


「自粛?」甲塚は眼をぱちくりさせて言った。「……言われて見れば、最近あんたのアカウント、絵が上がってないわね。何で自粛なんかしてるの」


 甲塚があまりにも抜けたことを聞いてきたので、こっちの方が唖然としてしまった。


「いやいや。お前が監視してるからに決まってるだろ」


「あんたに絵を描くな、なんて言ったことないでしょ。私の目なんて構わず、えっちな絵を描けば良いじゃない」


 俺は、甲塚の頭がおかしくなったんじゃないかと疑った。しかし、甲塚の眼はいつもの通り清く澄んでいる――とまでは言えないが、取り敢えず正気ではあるようだった。それも、特段自分が変わったことを言っているという感じでもなく、単純に俺がすけべ絵を描かないということを不思議に思っている雰囲気だ。


「いや、だって……同級生の男子がすけべな絵を描いていたら、普通嫌だろ?」


「それを言うなら、東海道も同じでしょ。でも、私は辞めろとは言っていないし、東海道も私の目なんか気にしちゃいない。そもそも、私にとっては秘密を知る、それだけで必要十分なことなのよ。だから、佐竹の活動に関しても、私があんたを利用出来る分、それで良いの」


 な、なんだ……この、大人びた分別の良さは。まるで俺が子供扱いされているようだ。

 

「それに、私は佐竹の絵――嫌いじゃないんだけど」


「え。……甲塚がすけべってことか?」

 

「ンなわけないでしょ……!!」


 殺意を感じるほどドスの利いた声で唸ると、肩を落として頭を振った。


「はあ……。もういいわ。で? 結局ここに連れてきた本題は何なのよ」


 ああ、そうだった。大分話が脱線していたな。


「甲塚って、確か成績良いんだよな?」


「成績? 何よ急に……。まあ、私はそれなりだけど」


 何が「それなり」だ。こちとら甲塚の学力が上位グループに属していることくらいは知っているんだ――という文句は一旦置いといて。


「頼む。勉強を教えてくれ」


 俺は潔く、頭を下げた。


 ――まさか、俺がギャルに向かって勉強を乞う日が来ようとは……。

 


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