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第45話 意外な現実 見えない秘密

 片付けを終えて海から引き上げると、夕食前に一旦風呂に入って履いたままにしていた海パンを脱ぐことにした。一応『温泉』とは書いているけど、風呂場は狭いわ蛇口から水を入れないと到底入れない温度だわで大変チンケなもんだった。


 予定と言える予定はゴミ拾いと食事だけで、あとはほぼ自由時間みたいなもの。風呂に入るタイミングも勝手なのだが、やはり海から帰って潮を流そうと考える連中は多いらしい。俺が一番に入っていた狭い浴槽は、後から後から入ってくる男たちの肉で埋まってしまった。


 こう見ず知らずの、しかもヘイトを買ってる連中に囲まれると流石に居心地も悪いよな、と早くに上がろうとしたら、丁度入ろうとしているショウタロウに前を塞がれて、そのまま出るタイミングを逃してしまう。


 殆ど顔を覚えていない生徒会男子連中の中で、人間観察部の俺一人が浮いている。


 嫌みの一つも言われるかなあ、と思っていたら、「佐竹、やるなあ」と飾り気の無い褒め言葉をある丸刈り男子が言った。


「俺?」


 俺の名前を知っていて、この話し方からすると丸刈りは同学年なんだろう。赤の他人から名前を呼ばれるのなんて慣れていないから驚いてしまった。


「一人であんなにビーチ綺麗にするなんてな」


「別に一人っきりだったわけでもないけど。それに結局ゴミ山は残ったままだぞ」


「あんな量のゴミ、一日二日で片付けられるもんじゃないって。俺たち、ボランティアの主催だってのに佐竹一人に負けてんだもんなあ」


 丸刈りの言葉に、高温で茹で蛸になっている男連中が頷く気配があった。


「はあ……」


 ふと気が付けば、朝に感じたヘイト満載の視線は刺さっていない。


 もしかして、俺は認められたのか?


 俺が頑張っていた姿を見ていたのは他でもない、俺と同じ陰キャ共だったんだ。


 全く無駄だと思っていたゴミ拾いが回り回ってこんなところで得になるとは……。甲塚は俺みたいな人間が頑張ったところで変な奴だと思われるだけだ、とか酷いこと言っていたけど。


「それにしても、あの甲塚と同じ部活とはなあ。何でニンブなんかに入っちゃったんだ」


 この言いっぷりだと、甲塚の悪名は生徒会の中だけではなく他クラスまで轟いているようだ。

 

「それは、まあ、流れで……」


「噂じゃ、佐竹は甲塚に弱みを握られて無理矢理部活に入れられた、なんて言われてるけどな。ははは」


「!?……」


 声が出そうになって、慌ててお湯で顔を洗った。

 

 甲塚の人柄から着想した誰かの妄想に決まっているが、それが事実そのままだから恐ろしい。

 

一息吐いてから、「そんなわけないだろ」と、一応噂を否定しておいた。


「分かってるって。でもなあ」


 丸坊主は自分の丸頭を頻りに撫で、「甲塚と同じ部活なんて、俺からすれば悪夢だね」と、どこか俺を憐れむ調子で言う。


「甲塚は……そんなに悪い奴じゃないんだが」


 口ではそう言いながら、腹の中では「学校崩壊を起こす」と言う甲塚の呪詛が中っている気がした。


 原因不明、正体不明、行き着く場所も分からない、甲塚の憎悪。ともかくそれは、一見平穏な学校生活の真下でドクドクと流れているのだ。

 

「まあ、甲塚さんは仕方ないかな……」


「え?」


 氷室会長が変な感想を述べたので、反射的に聞き返した。


「何ですか、仕方ないって」


「いや、それはほら……あれ」


 見ると、会長の顔はすっかり真っ赤になっている。居もしないハエを追うように視線を漂わせて、急にハッとマトモな表情に戻った。


「チッ。しまった。聞いてなかったか……」


 氷室先輩が慌てて風呂を上がっていこうとする。


「ちょ、待って下さいよ。何ですか? 仕方ないって」


「悪いが、それは俺の口から言えん」


 ばつが悪そうにそう呟いて、石鹸で体を洗い始めてしまった。


 それで察した。


 氷室会長は、甲塚の謎を知っているんだ。


 以前、東海道先生が教師からしても甲塚の扱いには困ると言っていたが、それと関係があるのだろうか。氷室会長の歯に物が挟まったような言い方だとその予感は間違っていない気がする。


 しかし、どうしてどいつもこいつも公言を憚るのか。それが分からない。

 

 『現実』、という言葉が俺の頭に擡げてきた。俺は恐らく、この私立桜庭高校では比較的甲塚と親しい男子である。その俺が、東海道先生や生徒会長が知っている彼女の謎をちっとも知らないという事実が、なんだかとても『現実』という感じだ。


「やっぱ甲塚って訳有りなんか?」


 と、茹で蛸になっている別の眼鏡男が聞いてくる。訳をしらない俺が口ごもると、思わぬ所から、意外な角度でフォローが入ってきた。


「でも、甲塚さんって可愛いな」


 こんなこっぱずかしい台詞を大見得切って言えるのは、この面子の中では一人しかいない。


「ショウタロウ。……マジで言ってるのか?」


 ショウタロウは別に恥ずかしがるでも無く顔を洗った。こういうことを、多分こいつは老若男女に言い慣れているんだろう。


「うん。なんか聞いてたよりオドオドしててさ……あの見た目だからちょっとギャップ感じちゃったよ」


「まあ、それは……な」


 眼鏡男もそればかりは、という感じで事実を認めた。


 丸坊主も既に顔が茹で上がっているというのに、頭を擦ってにたにたとピュアな反応をしている。


「……」


 そうか。甲塚って他の人間からするとそう見えるのか……。


 一見不良のような見た目で凶暴そうな割に、実際接してみると(大部分の人間は)彼女の気弱な部分に触れてもうヤられてしまうんだ。実際、よく見ると小顔だし、一生懸命先入観を排除すれば、まあ美少女と言って差し支えない顔立ちではあるし。


 俺からすればハナから見た目と言動と凶暴さが一致しているわけで、そこら辺は未知の領域である。


 しみじみと自分の知らない世界のことを思っていると、丸坊主が「何だか佐竹が羨ましくなってきたよ」と馬鹿なことを言い出した。


「なんだよ、急に」


「だって、ニンブには甲塚もいるしさ、宮島もいるしさ……」


「それを言うなら、生徒会の方が女子の数は多いだろ」


「女子連中はショウタロウ君にぞっこんだっての!」と、氷室会長が景気よく捨て台詞を吐きながら銭湯を出て行った。


「あの……一応言っておくけど、全員が全員あんな感じじゃないよ」と、ショウタロウが困った顔で弁解をする。


「とか言って、今年の一年は殆どお前目当ての女子だろうが。生徒会の風紀を乱しやがって、どうしてくれんだ」


 眼鏡男が割と迫真の声色でそんなことを言う。


 それが事実だとすれば、うっかり生徒会に入ってしまった一年男子の今後は悲惨なものになるのではないか。いや、まずければ来年の男子ですら……。


「でも、一年女子の中にも非ショウタロウ派はいるでしょ」


 眼鏡男が先輩なのか同学年なのか分からないので、取り敢えず当たり障りのない言葉で反論する。実際、海での活動を見ている限り小薮先輩を筆頭としてショウタロウになびかない女子は数人いたはずだ。


「だから何だ。非ショウタロウ派の女子が俺たちに靡くわけでもないだろっ」


「それはそうですけど、……それを言っちゃおしまいだろ……」


「取り敢えず、勝手に僕を派閥のドンにしないで欲しいな」


「実際ショウタロウはどうなんだ」


 自分で言ってから気が付いた。


 これは立派な恋バナだ。


 しかも、ごく自然な流れで、架空の恋愛トークも要らずにこんなことを聞き出せているんだから、現実というのは分からない。


 ……まさか、この熱湯の浴槽の中でこんな話をすることになるとはなあ。最早頭がぼうっとしてきているというのに。


 だが、ここまで来てしまったら話を聞かないわけにはいかないだろう。


「どうって?」


「朝からお前を見ていると、なんだか随分女子をえり好みしているように見えるけどさ、好きな女子はいないのか?」


 生徒会他男子共の「よくぞ聞いてくれた佐竹クン」的な目線が光る。もう限界だと風呂を上がろうとしていた坊主頭も話の展開を見ようと風呂に入り直しているし。


 まるで大相撲の勝敗を見守るサウナ客のような様相を呈してきた。


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