表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
39/266

第38話 ショウタロウの迷い

 『現場』である海へ向かう道中、例年このボランティアの宿にしているという古びた民宿に荷物を置きに立ち寄った。大して期待もしていなかったが、いざ見てみたら期待を遙かに下回るボロさだ……。


 外壁は積年の汚れが固着した白亜で、普通の一般住宅が複数棟横にくっついたという感じのミニチュア感。バスが入れない入り口の門には一応『旅館 木更屋』と掠れた文字が書いてあるから間違い無いんだろうが……。敷地の隅々にプランテーションが置かれているのは、そうでもしないとあまりにも殺風景だからだろう。


「さあて。俺たち男子は東棟だ」

 

 荷物を肩に担いで前を進む氷室会長に付いていくと、受付に立っていたおばさんに「それじゃ、今年もよろしくお願いします」と頭を下げて、そのまま東棟への廊下をずんずん進んでいった。


 外観では分からなかったが、中に入ってみると思ったより広い。俺とショウタロウ含むその他生徒会男子共を連れた氷室会長は、突き当たりを右に曲がった最奥の部屋に靴を脱いで入った。中に入ると、まあ男八人は転がって眠れるだろうという位の和室が拡がっている。


 一応窓はあるのだが、室内は妙にジメジメとしていて畳もじわりと冷たい。


「よし。荷物を置いたらすぐに出るぞ。この旅館から歩いて十五分くらいの砂浜だからな」


「あの、会長」


 口を開いたのはショウタロウだった。


「どうした?」


「あの……」ショウタロウは気まずそうにに荷物を足下に置くと言った。「ゴミ拾い、僕私服で参加しちゃまずいかな?」


 生徒会の男子連中からどよめきの声が走る。どよめきこそしなかったが、俺も驚いた。


 俺たち非モテならまだしも、まさかショウタロウがそんなことを言い出すとは――まさか日和ったわけではないだろうに。


「何だ、水着忘れたのか? 持ち物欄に書いてあったと思うが」


「いや、水着は一応持ってきたんだけど……」


「おいおい」氷室会長はショウタロウの肩に手を回した。「我らがショウタロウがそんなことを言い出したら俺たちは不安になっちまうよ。一体どうしちまったんだ?」


「……何というか……」ショウタロウは足下に視線を落として呟いた。「水着を着ていっても、僕は女子の期待に応えられないと思う」


「どういうことだ?」


「今回参加している女の子たちには、僕が好きになれそうな子がいない……」


 ショウタロウがとんでもないことを言い出す。


 並の男が言うんなら何を傲慢なことを、と思うところだろうが、こいつはショウタロウなのだ。桜庭高校一年のみならず学年を跨いで女子の羨望を受ける男子なのだ。


 ショウタロウのこの発言に、笑う人間も憤りを感じる人間もここにはいない。


 ただ当惑する非モテ男子がいるだけなのだ。悲しいことに。


 氷室会長の回した腕が力なくするりと抜けた。


「まあ、別に強制するようなもんじゃないさ。しょうがない。俺たちだけでも水着で挑むとするか」


 と、氷室会長が目を向ける生徒会男子部が俯いている。


「おい、どうした!? 俺たち誓っただろう!? 桜散る生徒会で!!」


 桜散る生徒会って何だよ……。


 しかし、ショウタロウが水着を困るのは実際困るかも知れない。


 テンションが下がりに下がった女子達が、ショウタロウに倣って水着から私服になる可能性は割と現実的にありそうだし。……そうなれば貴重な絵の参考資料を目に焼き付けることが出来ないじゃないか。


 それに、こうして見ていると氷室会長の『真夏の水着ゴミ拾い』への思いは並々ならぬものを感じる。今年の合宿に生徒会の三年は参加していない――ということは、来年この活動が開催される頃には氷室会長は引退しているわけだ。


 氷室会長にとって、今年がたった二年のうちのラストイヤーなのだ。


「郁がいるだろ」


 俺は、ショウタロウの前に進み出て言った。


「郁って、宮島さん?」


 俺はショウタロウの口元に顔を近づける。


「郁に既読無視されて、お前結構気にしてただろ。あれはもうショウタロウの中では時効ってことになってるのか」俺は小声で馬鹿な事を囁いていた。「狙っていたんじゃなかったのかよ」


「そりゃ宮島さんは可愛いけどさ……」


 ショウタロウもまた、声を潜めてこんなことを喋った。


「蓮に悪いだろ?」


 ……俺に、悪い?


 ショウタロウが郁と仲良くすることが?


 ――そうか。そういえばショウタロウは、夏休み前に俺と郁が人気の無い階段下で相談していることを目撃しているんだった。


 きっと俺と郁が相当仲が深いものだと勘違いしているんだろう。


「何を勘違いしているのか知らないけど、俺と郁は本当にただの幼馴染みだぞ。何も遠慮するようなことはない」


「蓮……」ショウタロウの方がむしろ困惑している様子だ。「本気で言ってる?」


 ショウタロウのやつ、何をこんなに意地を張ってるんだろう。


「本気も何も、そうする方が郁も喜ぶ思うんだけど……。俺なんか相手するよりショウタロウたちと仲良く夏を過ごす方が良いだろ?」


「…………」


 ショウタロウは迷った挙げ句に今し方足下に置いた荷物を担ぎ直した。


「分かった。……やっぱり僕も水着で行くよ」


「お!? おお……! そうこなくちゃな!」


 俺たちのひそひそ話を聞いていなかった氷室会長は、特に訝しがることもなくショウタロウの急な方針転換を受け入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ