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第246話 輪廻転生の男

 バスの降車口から降りて、ひとまずスマホで現在位置を確認する。


 全然知らない地名だ。


 だが、画面をピンチアウトすれば、数ブロック先の通りに旗のアイコンが立っている。


 ……うん。なんとかたどり着いたらしいな。


 時刻はすでに十七時五十分――もう日は沈んで、家々の窓からは生活の灯りが漏れている。それに、食欲を刺激する温かい匂いも。


 流石に家々の雰囲気も東京の住宅街のそれとは異なるようだ。


 まず、駐車場が広い。というか、取りあえず余った土地を全部駐車場として利用している感じ。古い家は多いけど東京のように底を抜けたようなオンボロは存在しない。それに、ちらほらとシャッターが降りた商店も目立つ。家に間に横たわる長い塀に、さびの浮いたガードレール。


 何より、ここはどこまで歩いても住宅街が続いている。


 これが東京ならすぐに店が集まっている場所に行き着きそうなもんだが、ここらの場合はどこまで行っても家。たまに中華料理屋とかはあるけど……。


 そんなことを考えながら、俺は今、越谷市に立っているのだとしみじみとした。


 今日は学校が終わった後にすぐさま移動を初めて、どうにかここまでやってきたんだ。よくよくルートを整理してみたら、なんと渋谷から越谷市までを一本で繋ぐラインがあった。所要時間は一時間程度。道と言うのは探せばあるもんである。


 しかし、本当はもっと速く来る予定だったんだ。


 普通、社会人というものは十七時くらいに業務を終了するらしい。もし移動中に宇甘建設から幹島省吾が帰宅してしまったら、俺は片道二時間程度の無駄足と貴重な金を浪費をしたことになる。


 ……なるんだが、バスを一本間違えてしまった。


 だって、乗り慣れてないし。普段は乗る必要が無いんだから……。


 ――まあそんなわけで。俺は早足でバス停を後にすると、軽く走って宇甘建設に向かった。


 ここらの道は、予めストリートビューでチェックした通りだ。だが、実際に歩いてみると思った以上に一般家庭の群れの中に宇甘建設は溶け込んでいるように見えた。


 砂利が敷かれた駐車場に、会社の車であろうバンが二台。二階の事務所に電気は――付いてる!


 俺は、慌てて近くに身を潜められる場所を探した。隣の土地とは塀で仕切られていて、向こうには家族が乗るようなワンボックスが数台停まっている。都合の良いことに、事務所の入り口を真正面から監視できるポイントがあった。


 ここで、人が出てくるのを待とう。


 出てくるのが男だったとして、それが幹島省吾であるか、俺には判別できない。だけど、何となく年配ではないんじゃないか、と思う。根拠にはならないが、電話番号も○八○から始まるものだったしな。これは二○○二年から一二年までの期間に割り振られる携帯番号だったはず。


 それに、ここの社員数はたかだか十名もいないくらいの規模感だったしな。


 ということは、少ない人数のうち女性、高齢の人間はフィルタリングできるわけだ。


 ……さて。どうなるか。幹島省吾は帰っていないといいが。


 *


 まず、はじめに出てきたのはぽっちゃりと太った女性だった。事務員として働いているのだろう。愛想好く事務所の中に向かって「お疲れさまでえす」と挨拶をすると、真っ直ぐ俺がいる駐車場に向かってくるんで慌てて奥の車の陰に身を隠した。


 彼女は大きなワンボックスカーに乗り込んで去って行く。……なるほどね。ここは会社の人間が使う駐車場でもある、と。


 それが、大体十八時過ぎのできごと。


 続いて出てきたのが、恰幅の良い総白髪の男。年季の入った作業服を着ていて、明らかに社長、という感じがする。とすれば、あの人が宇甘氏なんだろうな。


 彼は扉を開いてから事務所の中の誰かに向かって軽い雑談をしたようだ。それから、頭を下げずに手だけを挙げて別れの挨拶をする。……彼は、駐車場の車には乗らずにバス停のあった通りへ歩いて行った。


 ……十八時二十分か。


 ぼちぼち俺の帰り道が心配になってくる頃合いだ。だが、そのとき事務所の灯りがパッと消えたのである。


 最後の人間が出てきた。顔は暗がりで見えないが背は高い。


「…………」


 ぼんやりとした思考のまま男の後を追って、通りに出たあたりで、彼が見覚えのある顔をしていることに気がついた。


 全身の毛が逆立ち、震え出す。


 ――新藤君弘。


 新藤君弘が、俺のすぐ目の前を歩いている。間違いない。写真で見た印象よりは、いくらか萎びたような感じだけど。


 どういうことだ?


 新藤君弘は、死んだはずだろう。


 ノベジマは……ノベジマが――何故。


 なぜ俺のすぐ前を歩いているんだ。


 ……通りに出た新藤君弘は、バス停があった方向とは反対側に歩き始めた。この様子だと近くに一人で住んでいるんだろう。コンビニが途中あったが、そこには寄らなかった。節約しているのか、自炊しているのか。


 彼を追ってたどり着いたのは、数ブロック先にあるアパート。


 そこは、以前西原さんと尋ねた女性が住んでいるような造りの建物で、ここでは何故か東京のあそこよりひどく健康的な活気が、全戸の窓から漏れているように見える。テレビのバラエティ番組の音や、子供の笑い声、味噌汁や焼き魚の匂い。


 階段を上がる新藤君弘を路上から眺めていると、まさか、という予感がした。


 まさか、そんなはずは無いだろう。


「おかえんなしゃい。おかえんなしゃい」

 

 新藤君弘が開いた家の扉から、隙間を抜けるように小さな女の子が飛び出る。


 嬉しそうに、「おかえんなしゃい、おかえんなしゃい」と作業服の裾を引っ張り始める。


 新藤君弘は困ったような顔で女の子を抱っこすると、「ただいまぁ」と、家中にいたであろう人間に声を掛けて、家の扉を閉めたのだった。

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