第24話 物販での出会い
ビジュアル男のバンドの演奏が終わると、ファン達の喝采の中を郁が通り抜けてきた。
「ねえ! 今のバンドめっちゃ良くなかった!?」
「まあまあだな……ウッ」
息吐く暇も無く郁の肘が脇腹に刺さって呻いた。
「とか言っちゃってさ! 蓮が後ろでノってたの私見たし! こんな感じで」
郁は気取った風に首をくんくんと動かして見せた。
「お、俺はノってなんかいない」
「またまたぁ。何をそんなに意固地になるかな」
「……今のバンド、ヴィジュアル男のバンドだしな……」
俺は、正直に今ひとつ認めきれない理由を吐露した。
そんな俺に呆れた様子で郁が腕を組む。
「先生の恋人が良い演奏をすることがそんなに不服ってわけかね」
「というか、良い演奏の中に間男がいるのが不服なんだよ」
今度は郁の拳骨が飛んできた。コツンと音が鳴るような可愛らしい動作だったのに、何故か鼻の奥がじんとくるほど威力がある。
「だから、先生に恋人がいたってNTRでも間男でも無いの! 全く……」
「――みんな~!」
演奏の終わったステージ上から、マイクを通さない声が聞こえてきたので,
俺たちは会話を切り上げて振り向いた。
見ると、オーバーオールを着ているベースのお団子頭が、大袈裟な身振りで物販コーナーを指差している。
「グッズ売ってるよー! タオル! Tシャツ! ステッカー! ダンボール一杯あるよー! トートバッグもあるよー! CDは在庫少ないけど、買ってくれた人にはサインあるよ!」
あっちあっち! とお団子頭が物販の方向を指し示すと、ステージ前の群衆が殆ど塊のまま俺たちを避けて移動していった。よく見ると、物販コーナーに立っているのはライブハウスのスタッフではなく、さっきまで演奏をしていたヴィジュアル男とギターだ。
なるほど。ファンからすれば、グッズを買うついでに推しのバンドメンバーとちょっとしたお喋りができるわけか。殺到するわけだ。
傍からその様子を見ていると、案外ヴィジュアル男は愛想良く、かつ効率良くファン達との交流に応えているようだ。対してギターの方は愛想の良さは変わらないものの、一々ファンの相手をして列が捌けていないように見える。
「流石美容師。客商売をしているだけのことはあるな……」
と、目の前をふらっと郁が通過していく。
「お、おい。郁?」
郁は夢遊病のような歩き方で全然捌けていないギターの方の列の最後列に付いてしまう。
慌てて追いついて声を掛ける。
「おい。物販買うつもりか?」
「私、このバンド推すわ」
郁が真剣な表情でとんちんかんなことを言い始めた。
「……俺たち、一応ヴィジュアル男を尾行しているんだけど?」
「蓮はそっちの列お願い。残ってたらCD買って、サイン貰っておいてくれる?」
そう言いながら、郁の並んでいる列が前方に蠢いた。
「いや、だから俺たち尾行してるんだけど? 正面切って顔を合わせてどうすんだよ」
「蓮。いいからそっち並んで」
郁に厳命されて、仕方なくヴィジュアル男が対応している方の列の最後列に並ぶ。
「……おい。顔を憶えられても知らないぞ」
「アハハ! それ考えすぎだって。それに、言うじゃない? 推しは推せるときに推せってさ」
そう笑う郁の方の列が、予想に反してテンポよく前に進み始めた。たまたま言葉少ななファンが続いたんだろう。
「おい、郁! CD残ってなかったら!?」
「えーと、Tシャツ!」
物販スペースのダンボール箱を見る限り、Tシャツの在庫は余裕があるらしい。
「そっちで買えるだろ!?」
「じゃなくて! お揃で! 着よう!」
「えー……」
今日知ったインディーズバンドのTシャツをお揃いで着る二人――想像しても想像しきれないシュールさがある。
ていうかそれ、ペアルックって奴だろ。俺みたいなダンゴムシと服を合わせちゃあ郁の方が恥かくに決まっている。
買うとしたらタオルだな。無難に。それでお茶を濁そう。
それにしても、ヴィジュアル男から物販を受け取らなければならないとは……。
だが、考えようによってはこの男の人間性を見極める良い機会かもしれないな。ヴィジュアル男は学校から近い美容室に勤めていて、裏ではバンド活動に精を出している――そこまでは分かった。ここからは尾行じゃない手段も使っていかなければ、本来の目的である東海道先生の秘密には近づけないという気もしている。
それにしても、このバンドの物販の売れ行きはかなり好調のようだ。たかがインディーズバンドと思っていたが、既に机の横には空になったダンボールが四個ほど積み重ねられている。
特に、Tシャツは一度に数着買う客もいてかなり捌けている。それにしてもトートバッグが売り切れとは……女性人気が高いのか?
「あ……」
気が付いたら、前の客がいなくなっていて、ヴィジュアル男と俺の間に奇妙な空間が出来ていた。男はぼんやり立っている俺を不思議そうに眺めている。
慌てて物販の机の前へ歩いて行くと、丁度隣の列も郁が先頭に立つタイミングだった。
「えーっと……タオルを――」
「ごきげんよう!」
「ごきげんよう……」
目の前のヴィジュアル男が不思議そうに首を傾げた。
男の横から聞き慣れた挨拶が耳に入ってきたので、思わず日頃の習慣で挨拶を返してしまったのだ。
ていうか――
「……ごきげんよう!?」
リアルでそんな挨拶をする人間なんて、俺は一人しか知らない。




