第221話 ショウタロウのトークスキル
部室で時間を過ごした後、校門の前でショウタロウと落ち合う。
軽そうな学生鞄を肩からぶら下げた奴は、校門前の生け垣に座り、スマホも弄らずに暮れなずむ夕陽を眺めていた。遠巻きから見ると腹が立つ程サマになっているんで、思わず舌打ちをしてしまう。
「……あれ!? 蓮! なんでそんな遠くにいるのさ」
「お前が醸し出しているその雰囲気。わざとやってんのかどうか見極めてたんだよ」
「ふっ。馬鹿だな」
ショウタロウは身軽に立ち上がると、歩幅を合わせて歩き出した。
それで、これから俺が何をするかも深く尋ねずに鞄をぶらぶら振りながら俺の進むままにする。こいつにボディガードを頼んだのが今日の昼。向こうからしたらあまりにも突然なことの筈なのに、この余裕は何だ。
「ショウタロウは、これから俺が何処に向かうのかとか、気にならないのか?」
「気になるけど、聞いた方が良いのか聞かない方が良いのかよく分からなかったんだよ。教えてくれんの?」
「行き先は、渋谷から少し歩いたところにあるガード下なんだ。そこにはホームレスが暮らしていて、ちょっと聞きたいことがあって――と、背景事情までを話すと非常に面倒臭い。とにかく、そこには危険人物がいて、そいつを何とかしなければ聞き込みもままならないと」
「ふーん。理解したよ」
「うん……」
ショウタロウは、俺が予想していた以上に話題に食いついて来る気配が無い。これはこれで肩透かしというか、物寂しいというか……。
俺たちはそのまま近くの駅へ向かい、渋谷を通る電車に乗り込んだ。その車中、吊り革に体重を預けているショウタロウが小声でこんなことを聞いてくる。
「そういえば、結局蓮と宮島って付き合い始めたんだっけ?」
「!!……」
俺は一瞬のうちにどうやって言い繕おうか考えたが、そんな俺の顔色で質問の答えは聞かずとも分かっただろう。
「別に隠さなくても良いよ。蓮が僕の秘密をばらさない限りは、僕も蓮の秘密を守ってあげるから」それから、一つ咳払いをする。「……まあ、二人の様子を見る限り、すぐ周りに感づかれると思うけどね」
「え。……」
「隠してるつもりなんだろうけど、女子達の間じゃ噂になってるみたいだよ。なんか、付き合いだした男女は一目で分かるんだとさ。大体、毎朝二人で登校してたんだって? 初めて聞いた時は冗談かと思ったけど、あれマジ?」
「いや――それは、……ほら。幼馴染みなら、一緒に登校くらいするだろ。……」目を細めたショウタロウが口を開いたので、「ああ! うん。そんなのしないよな」と慌てて言葉を重ねる。「分かってるんだよ。分かってるんだけど……。俺たち、小学生の頃から登下校一緒で、中学時代は疎遠になってさ。それが、高校入ってから久しぶりに登校するってことになって……。そんなんだから、どっちかがこんなの止めようって言いだしたら、止めない理由が無いって言うか……言い出せなくて……。うん」
途中から自分でも何言っているのか分からなくなってきたが、ショウタロウは俺の滅茶苦茶なトークに切れ目を見つけては深く頷いている。
「うん、うん。よく分からないけど、何となく分かったよ」
「……お前がモテる理由の一つが分かった。聞き上手なんだな」
「それはそっちもだろ。これが終わったら、美取さんとのこと色々相談させて貰うよ。……ただ、宮島と蓮がってことになると、希子ちゃんがどうかなと思ってさ」
「甲塚か。……ああ。まあ、あいつは平気なんだよ。きっと」
ショウタロウは大きく首を捻ったが、それ以上何も言わずに車窓に目線を投げてしまった。
*
そして、三度目の正直である。ショウタロウもガード下の異様な雰囲気には圧倒されたのか、遠目に立ったところで生唾を「ごくり」と飲み込むのが聞こえた。時間帯は昨日とほぼ同じ。
「こ、こりゃ雰囲気あるね」
「だろ?」
やはり車の通りはあるものの、ガード下を通過する人間は一人も見えない。それも当然だ。向こうの交差点へ渡るにはここが最短経路であるとはいえ、見えるところにはもう別の明るい高架下の通路があるからな。治安が悪いのは一目で分かる道を、わざわざ歩く奴はいない。
「それで、蓮の言う危険人物はどこにいるんだい? できれば、地上で挨拶したいんだけど」
「それが、どういう理屈か知らないんだけど地上にいる内は出てこないんだ。あそこの中に入ったらそのうち出てくるだろう。覚悟しておいてくれよ。アテにしてるんだから」
「全く、まるで心霊スポットじゃないか。……ああ、それと、先に言っておくけど、僕、喧嘩はしないからね」
「はあ!?」
首がねじ切れる位の勢いで振り向いた。が、本人はポケットに手を突っ込んでどこか他人ごとのような態度でいる。
「お、おい。どういうことだ。お前、俺の頼み快諾したよな? ここに来て俺を裏切るつもりなのかよ」
問い詰めると、ショウタロウはフンと鼻を鳴らす。
「裏切るって大袈裟だな。蓮が僕に頼んだのはボディガードでしょ? オッケーオッケー。それくらいなら引き受けますよこっちは。だけど、危険人物相手に高校生が大立ち回りするなんて漫画の中だけだって。しかも僕は桜庭の生徒会だよ? 問題起こすわけにはいかないでしょ」
「お、おお……学校のトイレでオナニーしてる奴が言う台詞じゃないだろ……」
「それとこれとは話が別だ」
「……ちょっと待て。それじゃあお前、何しに来た?」
「だから、ボディガード」と、ショウタロウは右手を口元で開いたり閉じたりして見せる。「まあ見てなって。これでも僕は口が回る方でね。暴力の対抗策が腕力だけじゃないってところ見せてあげるよ」
「……」
くそっ。冷静に考えたらショウタロウという男は平気で女子に嘘を付くような男なんだった。こいつの言うことを鵜呑みにした俺が間違いだったのか。
でも、ここまで来たんならもう引き返すわけにも行かない。俺にできることはショウタロウのトークスキルを信じるか――こいつをデコイにするかのどちらかだな。
ところが、ガード下に入る頃にはショウタロウは何故か俺の背中にいたのだ。指の先でも怪我をするのは御免被るといった様子じゃないか。こんなんなら、俺一人の方が良かったのではないか――と後悔が頭に過ったとき、ホームレスの一人と目が合った。
昨日俺が話しかけた男だ。目付きこそ敵意丸出しに俺を睨んではいるが、いきなり昨日のような勢いで突っかかってくることはしてこない。それは多分ショウタロウを警戒しているからなんだろう。彼の前で足を止めると、
「チッ。チッ」とハッキリ聞こえるくらいの強さで舌打ちをしてくる。
「おじさん。今日こそ、ノベジマさんのこと聞かせてくださいよ」
「お、おめえ。仲間連れてきやがって。二人でホームレス虐めか。ああ? 昨日の意趣返しのつもりか」
おじさんは、少し声を震わせながら低い声で唸ってきた。
それを言うなら、そっちこそホームレス仲間がいるじゃないか――
と思ったのだが、周囲のホームレスは我関せずの態度を貫いている。二つ隣のホームレスに至っては耳を塞いでダンボールの中に顔を突っ込んでるし。……ホームレス同士の絆なんてものは、所詮この程度なのか。そういえば、今まで話した連中も妙なところで温度が冷めるというか、面倒ごとはとことん避ける気質があったような気がするな。
「あんただって、俺に絡まれるの嫌なんでしょ。ノベジマさんに話を聞けたら、ここには二度と来ません。約束しますよ」
「ホームレスを見くびるな!!」
男が大声を出したからか、背後のショウタロウが俺の腰に触れてきた。鬱陶しいのでその手を払う。
「ノベさんはな、ここらのホームレスの恩人なんだ。あの人は、新人に良~い炊き出しの場所を教えてくれるんだぞっ。恩を仇で返せるか!! おう! 俺は、ノベさんに迷惑は掛けないんだよ!!」
「分かった分かった。じゃああんたに聞く。俺は『センセイ』って呼ばれているホームレスが、今どこでどうしているか知りたいんだ。あんた、『センセイ』は知らない?」
特定のホームレスの情報を聞いたのがまた反感を買ったのか、男の顔が真っ赤に染まった。
「お前――このバカタレ! ホームレスイジメが!! 罰当たりが!!」
「おい、蓮」
またショウタロウが俺の腰を触ってくる。
「ちょっと黙っててくれよ。今話してるんだから」
「いや、それより――あれは……。……ヒャーッ!!」
背後のショウタロウが、突然俺を押しのけて前方に全力ダッシュしていった。
なんなんだ、と思った次の瞬間、猛烈に嫌な予感が俺の背後に息を吐きかけた。振り向くと、般若がもう、すぐそこに走り寄ってきているではないか! 今日は凶器を手にしてはいないが、非常に良いフォームで走り寄ってくる様は、さながら少女時代のターボばあちゃんである。あまりの恐怖に俺も絶叫して走り出した。
まさか、今日に限って反対側から来るとは!
というか、ショウタロウの野郎! 何がトークスキルだ……!!
全力でガード下を駆け出る頃には、もう視界にショウタロウの姿は無い。何と言う逃げ足なのだ、あの野郎……。
そして、一旦落ち着こうかと歩幅を緩めた俺の耳に、背後から寄ってくる足音が聞こえてきたので恐慌を来した。ガード下から出たのに。今までここまでは追ってこなかったのに。
――般若が追ってくる!
 




