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第207話 そうしたほうが良いって言うんなら、私はやる

 驚くことに、炊き出し前の説諭のようなものはその後一時間続いた。


 やっぱり推しているのは「輪廻転生の理」という概念のようで、……とすると、仏教系の団体なのかな? と思ったら、いきなりイエス・キリストの話が出てくるわ、生類憐れみの令で知られる徳川綱吉が出てくるわ、一応、直立して真面目に聞いていたのだが、途中から仏教なんだかキリストなんだか陰謀論なんだか分からなくなってきた。

 

 ……行列を作っている連中は真面目に聞いているんだろうか。突っ立って傾聴しているようだが皆疲れ切っているようだし、どうも右から左って感じなんだが。


 彼らにとっての目的は説諭している男の後ろで用意されている弁当だしな……。


 隣で立っている甲塚は、話手の方なんかちっとも気にしちゃいなかった。上目遣いに、列に並んでいる男一人一人の顔を確認しているらしい。


「――どうだ? いるか?」


 小声で尋ねると、甲塚は頭を振る。


「多分、いないと思う。太ったり痩せたりしたパパの顔も想像してたけど、少なくともこの列の顔ぶれにはそれっぽい人はいないみたい」


「そうか……」


「アテを外した? 早起きして現場に来たって、そう簡単に見つかるわけないわ」


 俺は黙って甲塚の言葉を流した。


 ――実は、俺はこの炊き出しに甲塚の父親を探しに来たわけじゃない。そもそも、彼がまだこの街で暮らしている可能性は低いようだし。


「……」


 俺も、甲塚に倣ってそれとなく列に並んでいる面々の顔を見てみた。


 意外にも、これぞホームレス! って感じの様相をしている人間は少ない。……皆無では無いが。伸ばしっぱなしの髪の毛に、文字通りキャップをするように帽子を被っている男も、いる。


 とはいえ、やっぱり全体の印象としては少数派ではあるようだ。他には、とてもホームレスとは思えない身ぎれいさの若い男、……女までいるぞ。果たして、ノベジマという男は彼らの中にいるのだろうか。

 

「あの人たち、本当にホームレスなのかな……。健康そうだし、小綺麗だと思わないか?」


「確かに。路上生活って感じはしないわね」


 そう言いながら、甲塚がカメラを列に向ける。合宿で使っていたものと同じやつだ。


 ……すると、さっきのおばちゃんが俺たちの前に立ちはだかってきて、「ごめんなさいね。カメラはね、ほら。ごめんなさいね」と注意されてしまった。


「あっ、ご、ごめんなさい……」


 頭を下げる甲塚を置いて、おばちゃんはテントの方に向かって行く。それを合図にしたわけではないんだろうが、列が生き物のように蠢いたように見えた。いよいよお待ちかねの炊き出しが始まるわけか。


「さあ、ようやくメインイベントらしいぞ」


 注意されてぽかんとしている甲塚の背中を叩いた。


「どうするの。見学は良いけど、ここからのプランは聞いてないわよ」


 頬をポリポリ掻きながら、一旦考える。俺がやることはハッキリしているんだが、甲塚や東海道先生をどう動かすか。特にアイディアは無い。


 とすれば――部活らしく、部活らしい作業でもやらせるか。


「そうだな……。少し、話を聞いてみるか? 彼らがどういう人なのか、何で炊き出しを受けているのか、とか。ニュース番組でこういうのあったよな。あれ真似してみようぜ」


「私が? あ、あんたやりなさいよっ」


「俺もやるし、お前もやるの。……手分けしよう。一人じゃ不安って言うんなら、東海道先生はそっちで連れて行ってもいい」


 突然自分の名前が出て驚いたのか、離れた場所で立っていた先生が、「わたくし?」と自分の顔を指差して、こちらへ歩いて来た。


「東海道なんて連れてって、どうすんのよ。全然役に立たないわよ」


「えっと。どういうお話になってるのかしら」


「それなら、むしろ連れてって確かめてみろよ。……先生。甲塚が支援を受けている方々に取材をするので、そのサポートをしてください」


「わたくしが? さ、佐竹君がやるわけにはいかないの?」


 二人は、気まずそうにお互いの目を一瞬見やった。生徒と先生という枠を超えた因縁があるのは分かるんだが、こうも信頼感の無さを見せつけられると俄然不安になってしまうな……。


「そんなに嫌なら、無理にとは言わないよ。ここで真面目なフリして立ってれば、文句は言われないだろ」


 そう言い捨ててテントの方に歩き出すと、ちょっと足を突っかけるようにして甲塚が付いてきた。


「やるわよ。蓮がそうしたほうが良いって言うんなら、私はやる」


「……なんだそれ?」


「いいから、さっさと行くわよ。……東海道も、早く来い!!」


 甲塚の呼び声に、先生も慌てて駆けてきた。


 これじゃどっちが指導役なのか分からない。


 *


 炊き出しテントでは白い袋に入れた弁当、それに、カップに入れた豚汁?……それだけじゃない。缶に入ったビスケットと、保存の利きそうな各種食料品などなど。それらを抱えて、皆満足げな顔で公園の周りでスープに手を付けている。こればかりは持って帰るのも面倒そうだしな。


 これだけのラインナップなら、みんな一時間の説諭を我慢して聞くのも頷けた。しかし、彼らには寄付する金も無いだろうに、団体側には何の得があるんだろう。


 ……ところが、いざ優しそうな人を見繕って話を聞いてみると、ここに並んでいる殆どの人間がホームレスではないという事実が分かったのだ。


「ホームレス? ははは、それ他の人に言わない良いよ。うちらは、ほら。生活保護だから」


 何でこんなところにいるのか分からない、日焼けした肉体労働従事者、という感じの若い兄ちゃんはそんなことを言い出した。


 取り敢えずマトモにコミュニケーションできそうなことに安心して、さらに聞いてみる。

 

「生活保護?……それじゃあ、お兄さんは働いているってことですか?」


「そうそう。生活保護ってのはホームレスしてたら受けられないんだわ。申請するときに住所申請しないといけないからね」


「それなら、今時ホームレスしている人ってどうなんですかね」


「そりゃ、色々あるから。中には生活保護受けるよりも、ホームレス生活してる方がマシって言う人もいるし、ぶっちゃけ、うちもそう思ってる。炊き出しに参加してるとよく分かるけどさ、働いている連中なんかより、路上で生活している人間の方が太ってる。食生活に関しちゃ、長く生きてるホームレスに敵わんね」


 そう話す俺たちの横を、ふらふらとホームレス風の男が去って行く。それが本当に腹が出ているんで、兄ちゃんと半笑いで彼を見送った。


「……な?」


「ところで、ノベジマさんって知りませんか? ホームレスらしいんですが」


「ノベジマさん? 本名?」


「いえ。それが分からなくて。……顔は広いそうなんですけど、お兄さんはホームレスじゃないから分かんないかな」


「あー、ははは……」


 ……別れの挨拶も無しにヘラヘラ笑いながら去って行った。高校生の相手をするのに飽きてしまったのだろうか。


 ま、良いか。だったら、今度は明らかにホームレスって感じの人に話を聞いてみよう。


 ところで甲塚の方はと言うと、知らない人への声掛けに大いに苦戦しているようだった。一応、女性を狙って話しかけようと動いているみたいだが、声を掛けては無視をされたり、そもそも声が聞こえていなかったり……。


 あっ。東海道先生が一人捕まえたぞ。そうそう、まずは自分の身元を明かして、挨拶して――

 

 ……。いきなり質問に詰まっているぞ。何で聴く側が……?


 とにかく、甲塚は甲塚なりに頑張っているらしい。


 ――俺がそうした方が良いと言ったから、なのか?


 最近の甲塚の考えていることは、よく分からない……。

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