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「我が愛し子を直ちに保護せよ」

作者: もちまる




「我が愛し子を直ちに保護せよ」


フェアリアル王国の精霊王を祀る神殿に突如もたらされた精霊王からのお告げに、その場に居合わせた大司教達は困惑した。


「大司教様、どういうことなのでしょうか?精霊王様の愛し子であられるコーンウォール公爵令嬢を直ちに保護せよというのは……?」

「うむ……四大精霊様のおかげで愛し子様の身は安全に違いないと思っていたが……精霊王様からのお告げだ。何か我々には考えも及ばぬ危険が愛し子様に迫っているのかもしれぬな。急いで国王陛下へお伝えしなければ!」


フェアリアル王国は精霊の力を借りながら発展してきた国である。人々は貴族も平民もみな精霊と契約し、その力を借りながら日々の生活を送っている。通常、契約を交わすことができる精霊は1人につき1人だが、例外がいる。それが“精霊王の愛し子”である。


精霊王の愛し子だけはいくつもの契約を精霊と結ぶことができる。それゆえに愛し子は1人で強大な力を持つことになるため、その力が悪用されることのないように必ず王族と婚姻する決まりがある。


精霊王の愛し子を見分ける方法は精霊と複数契約ができることと精霊の可視化で、愛し子以外の者は契約した精霊を自分で見ることはできても他者に見える状態、可視化することができない。現在四大精霊と契約を結び可視化した四大精霊を常に側に置くことで自らを精霊王の愛し子であると証明したのが、フェアリアル王国二大公爵家の1つコーンウォール公爵家のご令嬢、ベネディクト・コーンウォール公爵令嬢である。


----


今から約1年前、デビュタントに現れた当時16歳のコーンウォール公爵令嬢を見た会場は騒然とした。さらさらしたミルクティー色の髪に菫色の瞳を持つ美しい令嬢……を囲むように侍る4人の麗しい男性の存在に……。その4人の男性の姿は、伝承の四大精霊の姿そのものだったのだ。


燃えるようなうねる赤い髪に赤い瞳を持ち火を司る大精霊“サラマンダー”

さらりとした肩の長さの青い髪に青い瞳を持ち水を司る大精霊“ウンディーネ”

腰まであるサラサラの緑の髪に緑の瞳を持ち風を司る大精霊“シルフ”

小麦色に輝く逆立つ髪に金の瞳を持ち地を司る大精霊“ノーム”


コーンウォール公爵令嬢を囲む4人の姿はまさしくそれであった。


「あれはまさか四大精霊様では?!」

「コーンウォール公爵家のご令嬢が精霊王の愛し子様であったのか!」

「でもなぜ今まで公表されなかったのでしょうか……?」


ざわめく会場をコーンウォール公爵令嬢は4人と共に悠然と歩いていく。その時、入場を告げる声と共に国王陛下、王妃、オリバー王太子がその場に現れた。


「皆、面をあげよ。デビュタントを迎えた諸君、おめでとう。そなた達の未来が精霊と共に輝かしいものになることを願う。さて、今日の良き日に、みなに伝えたいことがある。コーンウォール公爵令嬢、ここへ」


国王陛下の言葉を受け、コーンウォール公爵令嬢は4人と共に階段を登る。登りきったところで待ち構えていたオリバー王太子の手を取り横に並ぶと会場に顔を向ける。


「この度、コーンウォール公爵家の長女ベネディクト・コーンウォール令嬢が精霊王の愛し子であることが判明した!それによりオリバーと婚約を結び、ベネディクト・コーンウォール公爵令嬢は王太子妃となることが決まった!」


会場が喜びの声に溢れる。精霊王の愛し子は常に現れるわけではなく、コーンウォール公爵令嬢は250年ぶりに現れた“精霊王の愛し子”なのだ。


続く国王陛下の言葉によると、多くの人が精霊と契約を交わす6歳の時に複数の精霊と契約ができたことで精霊王の愛し子では?と公爵家は沸いたものの、それが幼子の証言のみというのでは信用に欠ける。契約はしたものの、四大精霊をなかなか可視化できず、ようやく可視化できるようになったのが今から1ヶ月前であったこと。それにより客観的にも精霊王の愛し子であると証明できる状態になったためここにきてようやく公爵家から国王陛下にその事実が伝えられ、めでたく“精霊王の愛し子”の誕生、オリバー王太子との婚約がなったということであった。


フェアリアル王国250年ぶりの慶事に国中が沸くことになったのだが……。


----


大司教から精霊王のお告げの内容の報告を受けた国王の命で、王宮で王太子妃教育を受けていたコーンウォール公爵令嬢はしばらく王宮で過ごすことになった。


「ベネディクト、四大精霊様には及ばないが、私も含め、上位精霊と契約を結ぶ者達で必ず君を守る!」

「殿下……私のためにありがとうございます。何が起こるのか恐ろしいですが、殿下にお守りいただけるなんてとても心強いです」

「君は精霊王の愛し子であると共に私にとっても最愛の人だ……必ず守り抜いてみせるよ。それと……婚約を結んで1年経つんだ、そろそろ名前で呼んで欲しい」

「……オリバー様」


国中の精霊がいなくなったのはそれから1週間後、その年のデビュタントが行われる前日のことであった。


----


最初に気がついたのは朝早くパンを準備するパン屋の主人だった。


「よし!今日もよろしく頼むぞ!窯に火を入れてくれ!」


自身の火の精霊に声をかけるが一向に火が付かない。


「おーい!どうしたどこにいるんだ?隠れてないで出てきてくれ!」


いくら待っても火の精霊が現れない。契約を結んで40年以上経つが、こんなことは初めてであった。


「あんたどうしたんだい?朝から大声出して!」

「いやーどうもこうもおかしいんだよ!俺の精霊がどこにも見当たらないんだよ!これじゃパンが焼けねえよ」

「それは……うーん、どこかに隠れてるのかね。虫の居所が悪いとか。とりあえず私の精霊に火つけを頼もうか。サラ!頼むよ!」


パン屋のおかみが自身の火の精霊に火つけを頼む……しかし同じく火はつかず、その姿もどこにも見えない。


「一体どうしたんだろうね……2人ともどこ行っちまったんだ……」

「と、とりあえず家の中をもう一度探すぞ!いなかったら外を探すしかねえ!」


1時間、2時間、家の中も外も探したが精霊が見つからず、とうとう夜明けを迎えた。すると、あちこちの家から声が上がる。


「水が使えない!私の精霊はどこにいるの?!」

「おーい!ミル!どこにいるんだ!力を貸してくれ!」

「お母さん!私の精霊さんが見えないよ!どこにいるの?」


その頃王宮も混乱に陥っていた。


「へ、陛下大変でございます!」

「一体なんなのだ!朝から騒がしい……まさか!ベネディクト嬢に何かあったのか?!」


国王と王妃の寝室に飛び込んできたのは家令のベン。最悪の想像をした国王は思わず青ざめるが……。


「コーンウォール公爵令嬢のことではございません!城中の者の契約精霊が消えたのでございます!私が契約をしておりました風の精霊の姿も見えません!」

「何を言っている?姿が見えないだと?」

「はい、姿が見えないだけで力は貸してもらえるのではと風を起こすように命じても何も起こらず……城中が混乱しております!」

「なっ……何が起きているのだ?わ、私の精霊は?おい!ノルン!地の上位精霊よ!姿を見せてくれ」


国王の呼びかけに応じるものはない……。


「妃よ!そなたの精霊はどうだ?!」

「陛下……それが私の上位精霊の姿もどこにも……」


城中、国中で何が起きているのか・・それを知る可能性があるのは・・


「ベネディクト嬢の元へ行く!すぐ準備をせよ!オリバーと宰相も呼べ!」


オリバー王太子と宰相も駆けつけコーンウォール公爵令嬢の部屋へと急ぐ。


「コーンウォール公爵令嬢、失礼いたします!」

「まあ、どうされたのですか皆様朝早くから……」


一同が部屋に入ると、いつもと変わらぬ様子のコーンウォール公爵令嬢が四大精霊と共にソファでくつろいでいた。


「良かった!四大精霊様はまだベネディクト嬢と共におられたか!ベネディクト嬢!実は城中、いや国中の契約精霊の姿が見えず力が借りられなくなっているのだ。何が起きているのか知りたい!そなたは精霊王の愛し子……何か知っていることはあるか?!」

「わ、私は何も知りません……精霊王様からも何も聞いておりませんが……」

「では四大精霊様!どうか教えていただきたい!一体この国に何が起きているのですか!四大精霊様以外の精霊が全て消えてしまうとは……!」


四大精霊なら何かわかるはず……精霊王に最も近い四大精霊ならば……藁にもすがる思いで国王が四大精霊に問うが……。


「……我々は何も知らぬ。全ては精霊王の御心のままに」


サラマンダーの応えにその場にいた者みなが絶句した……四大精霊にも何が起きたのかわからない……つまりこの状態がいつまで続くのか、変える手立てがあるのかもわからないのだ。絶望に部屋が静まり返ったその時、


「四大精霊様、是非そのお力をお見せいただきたい」


言葉と共に憤怒の表情で部屋に現れたのは大司教であった。


「大司教、なぜ、そなたがここに?いや今はそれどころではない……だが四大精霊様にお力をお見せいただきたいなどと……」

「陛下、四大精霊様相手に力を見せろなどと失礼な事を申し上げていることは承知しております。本当にそこにいる4人が四大精霊様であればの話ですが……」

「大司教!なんと無礼な事を!そなた自分が何を言っているのかわかっておるのか!申し訳ありませぬ四大精霊様、この者の戯言など……」


四大精霊を前にあまりにも無礼な発言……気分を害したであろう四大精霊に謝意を伝えようと国王が目を向けると……四大精霊とコーンウォール公爵令嬢は一様に真っ青になって震えていた。まさか……この様子は……。


「覚えがあるようですな。陛下、何も証拠なく疑ったわけではありません。今朝、精霊王様の像が崩れ落ちました。我々の契約精霊の姿も見えない……これは何か起きたに違いないと思っていると、1人の司教がもしや……とそれまで秘めていたことを打ち明けてくれたのです」

「秘めていたこととは?」

「その司教は四大精霊様について書かれた書物を好んで読み、四大精霊様について研究をしておりました。四大精霊様のお姿はどの書物も一様にここにいる4人と同じ姿で描かれておりましたが……これをご覧ください」


大司教が手に持つ本を開く。そこに描かれていたのは……。


「女性?」


覗き込んだオリバー王太子が思わず呟いた声は思いの外、部屋に響いた。


「女性だと?!どういうことだ大司教!だが確かに他の本では男性の姿であった!私もそれは確認しておる!」

「陛下、陛下の読まれた本に描かれた姿も正しく、そして、この本に描かれた姿も正しいのです。この本は今まで見つかっていた四大精霊様に関する書物の中で最も古いものであるようです。書庫に眠っていてそれまで誰も気が付いていなかったようです」

「そんなものが……それで一体どういうことなのだ?」

「はい、この本を見つけた司教が言うところ、精霊王の愛し子様の性によって四大精霊様のお姿が変わるようなのです。愛し子様が男性であれば側に侍る四大精霊様のお姿は男性、愛し子様が女性であれば側に侍る四大精霊様のお姿は……」

「女性……ということになるな……」


チラリと4人の男に目を向ければ、その顔色は今や青を通り越して真っ白になっていた。


「今年で建国858年を迎えるフェアリアル王国の歴史で判明していた精霊王の愛し子様は3名、みな男性でありました。だからこそこれまでの書物に描いていた四大精霊様のお姿は男性であった……この本を司教が見つけたのは今から3ヶ月前、すでにコーンウォール公爵令嬢が精霊王の愛し子であると国に認められている状況で、異を唱えることができなかったようです」

「いち司教には荷が重かったであろう……こんな事態にならなければ明らかにならなかったかもしれぬな……コーンウォール公爵令嬢何か申し開きはあるか?」


するとそれまで顔を伏せ震えていたコーンウォール公爵令嬢が口を開いた。


「陛下、わ、私は父に命じられただけなのです!父に逆らえば酷い目に……!全ては父の命でやったこと!私は確かに精霊王の愛し子ではありません!ですがこの一年、王太子妃教育も教育係からお墨付きをいただく程一生懸命に取り組んで参りました!ど、どうかお許しを!オリバー様……私はオリバー様をお慕いしております!その想いは偽りではありません!どうか……どうか……!」


ハラハラと菫色の瞳から流れ落ちる涙、懸命に訴えかけるその姿は確かに美しいが……。


「偽りを認めたか……コーンウォール公爵令嬢、残念だ……たとえ公爵に命じられたとしても精霊王の愛し子様の名を騙った事実は消えぬ」

「ベネディクト、いやコーンウォール公爵令嬢……君にはがっかりしたよ」

「陛下!オリバー様……!」


君を守る……つい昨日まで恋慕の色さえ浮かんでいたオリバーの青く澄んだ瞳には、今や軽蔑の色が浮かんでいた。


「コーンウォール公爵令嬢、並びに4名を拘束し、話を聞くように。コーンウォール公爵を呼べ。コーンウォール公爵家の者達は使用人1人残さず国外逃亡をしないよう屋敷に閉じ込めておくように!」

「かしこまりました!」


国王の命により部屋に入ってきた騎士に5人は拘束され、抵抗することもなくそれぞれ取り調べを受ける部屋へ連行されていった。


「陛下恐れながら申し上げます!」

「どうした宰相?」

「はい、コーンウォール公爵令嬢は精霊王の愛し子様の偽者でありました。しかし精霊王様からのお告げの内容からすれば、本物の精霊王の愛し子様は別にいて、1週間前に直ちに保護が必要な状態に陥っていたということになるのでは……?」

「そ、そうであった!では今すぐ本物の精霊王の愛し子を探す命を……!」

「陛下……無駄でありましょう。今や国中の精霊が消え、申し上げた通り、今朝精霊王様の像が崩れ落ちました。このことから察するに、もはや精霊王様は我々を見限られた……本物の愛し子様をお守りできなかったためにお怒りを買ったのでしょう。既に愛し子様はこの国に……あるいはこの世にいらっしゃらないのではないでしょうか?」

「た、確かに大司教の言う通り、我々は精霊王様のお怒りを買ってしまったのだろう。しかし、愛し子がもうこの国にいないとは限らないではないか!生きている可能性も十分ある!もし見つけ、保護さえできればお怒りを鎮めることができるかもしれぬ!」


わずかな可能性に賭け、国王は貴族平民問わず1つ1つの家を隈なく探させた。その間にもコーンウォール公爵を中心に尋問が行われ、判明した事実は何ともお粗末な内容であった。


今から2年前……自分の娘を王太子妃、未来の王妃にしたかった公爵と、金髪に澄んだ青い瞳を持つ美しいオリバー王太子に恋をしていた公爵令嬢。当時オリバー王太子の婚約者にはもう一つの公爵家のご令嬢が有力視されていた。この国で婚約が結べるのは16歳を迎えてから、それまでにどうにかその状況を変えたい……そこで思いついたのが“精霊王の愛し子”を偽ることだった。

そこからは外交を担っていた顔の広さもあり、伝承される四大精霊の姿に似た人物を他国から探し出し、報酬を支払ってなりきってもらった。4人とも平民であったため、それらしい言動が出来るようにするのに時間を要し、準備が整ったのがデビュタントの1ヶ月前、こうして“精霊王の愛し子”が完成したのである。


「精霊王の愛し子は200年以上も不在だったから偽ってもばれないと思った」


「四大精霊という尊い存在にわざわざ力を見せろと言い出す者がいるはずもなく、もしいたら無礼だと怒るふりをすればごまかせると思った」


尋問を受けた公爵の語った内容に国王も頭を抱えた。こんなふざけた考えにまんまと騙されてしまったとは……。


精霊王の愛し子を偽り、本物の精霊王の愛し子を助ける機会を間接的に妨害したことで、結果的に国中の精霊が消える原因を作ったコーンウォール公爵家の者は爵位を剥奪、平民となった上で男女問わず炭鉱送りとなった。それに伴いベネディクト・コーンウォール元公爵令嬢とオリバー王太子の婚約は破棄された。


コーンウォール公爵家の処遇が決まった後も本物の精霊王の愛し子はなかなか見つけられないでいた。


事態が動いたのは国中から精霊が消えた3ヶ月後であった。


----


「……つまり、ローズベリー男爵家の長女、フィリス嬢の姿が見当たらないのだな?」

「そのようです。フィリス・ローズベリー男爵令嬢は今年で16歳になりました。約10年程前、男爵いわく娘は気が狂ってしまったと……。それゆえに部屋から出さず閉じ込めておくことで娘を守っていたと……」

「10年にもわたってか?!夫人も同意の上で?なんてことだ……宰相、フィリス嬢の気が狂ったというのは事実なのか?」

「陛下、そこでございます。男爵が娘の気が狂ったと思った理由が問題でございました……」


当時6歳になったローズベリー男爵令嬢は、何もない空間に向かって話しかけることが増えていた。最初は精霊と契約をしたと思っていた男爵夫妻は、娘の発した言葉の内容から、相手が複数人いると考え、すぐに愛し子様の存在を思い出したのだが……。


「まさしく精霊王の愛し子ではないか!それがどうして気が狂ったなどと?」

「はい、男爵夫妻も最初は喜んだそうです。男爵家から精霊王の愛し子が現れた!と。そして確認のために四大精霊の姿を見せてくれと……しかし姿を見ることが出来ず、娘は嘘をついている……気が狂っているのではないかと」

「暴論ではないか!なぜそうなる!まだ6歳だぞ⁈大精霊の可視化がその年齢でおいそれと出来てたまるか!」

「おっしゃる通りで。ですが男爵夫妻は知らなかったそうです。すぐに出来ると思っていたのに見せてもらえないからと嘘と決めつけ、わずか6歳で嘘をつくような気狂いは閉じ込めておけと」

「そ、そんな愚かな者がこの国におったとは!それも2人も!それでフィリス嬢は?!」

「はい、ご令嬢の監禁部屋に騎士が突入した時にはその姿がなく、こちらの書き置きが」


そっと宰相が差し出した紙には


“精霊王さまのお国で暮らします。さようなら フィリス”


と書き記してあった。


----


10年前に目の前に現れた四大精霊と契約を結んだ日からフィリスの人生は変わった。


それまで自分を可愛がってくれていた両親は、四大精霊の姿を可視化できない自分を嘘つき呼ばわりして部屋に閉じ込め、外に出してくれなくなった。


食事も満足に与えられなくなり、次第に1日1回食事を貰えれば良い方……と状況が悪化していった。


そんな状況でもフィリスが生きられたのは四大精霊のおかげである。サラマンダーが暖を取らせ、ウンディーネが飲み水を与え身体を清潔にし、シルフが身体を乾かし部屋の埃を払い、ノームが果実や野菜を与えた。


おかげで16歳を迎えることができたフィリスは、両親からの愛は受けられずとも四大精霊からの惜しみない愛を受けることで真っ直ぐ優しい心根を持つ、輝く銀色の髪に菫色の瞳の美しい女性に成長した。


6歳から10年間、部屋の外に出してもらえていなかったフィリスは、10年間一度もフィリスの顔を見ることもなく虐待とも呼べる環境に置いた両親をまだ信じる心を失っていなかった。


デビュタントの参加は貴族の義務なのだからさすがの両親もデビュタントには出席させてくれるのでは……つまり16歳になれば外に出られる……その時に今度こそ四大精霊を見せることさえできれば……。


そう、フィリスは四大精霊から貴族の教育を受けながら精霊についても学び、デビュタントの約1週間前に遂に四大精霊を可視化できるようになっていたのだ。


「フィリス、精霊王もあなたが望むならすぐにでも国においでって言ってくれているのに!」

「そうよフィリス!あなたをこんな風に閉じ込める奴らを信じるなんてどこまでお人好しなの!」

「サラマンダー、ウンディーネ、ありがとう私を心配してくれているのよね。でも私信じたい……きっとみんなの姿を見れば今度こそ信じてくれるわ。それに、私をここまで育ててくれた4人をお父様やお母様、いいえ、国中に紹介したいの」

「全くほんとにあなたって子は……」

「良い子に育ったわね!お人好しが過ぎるけど」

「シルフ、ノーム……呆れた?」

「まあね……でも仕方がないわ。私達はあなたの気持ちに従うわ」

「同じく!」

「ありがとうシルフ!ノーム!みんな大好きよ」


だが精霊の国でフィリス達を見守っていた精霊王はフィリスが望む展開にならないことがわかっていた。あの両親がデビュタントだからといってフィリスを外に出すことはないだろう。四大精霊を可視化できても見る者がいないのでは精霊王の愛し子だと誰にもわかってもらえない。ようやく可視化ができるようになったというのに両親はおろか、ここ最近はメイドも食事を部屋の外から投げ入れるだけでフィリスの姿を見ようともしない。


それでも、デビュタントを楽しみにしているフィリスのために、精霊王は国王に保護させることにした。


「我が愛し子を直ちに保護せよ」


これで大丈夫かと思えば、待てども待てどもフィリスは保護されない。どういうことかと思えば見知らぬ女が我が愛し子を騙っている。いよいよデビュタント前日になってもフィリスが保護される気配もないことに失望した精霊王は、フィリスを精霊の国に呼ぶことにした。


ドレスの採寸をするでもなくデビュタントの前日になったことで、両親がデビュタントに自分を参加させる気がないことを思い知ったフィリスは、精霊王の命を受けた四大精霊の説得により、遂に精霊王の住まう国へ向かうことにした……それに合わせて精霊達も精霊の国へ帰らせた。精霊の力がなくとも立派に暮らしている国はある。偽者の愛し子を見抜けず本物の愛し子を見つけ出せなかった国には、精霊の力など不相応であろう……と。


----


建国から858年、常に精霊と共にあったフェアリアル王国は、それから精霊の力を借りずに暮らしていかなければならなくなった。


ローズベリー男爵夫妻は爵位剥奪、平民となったのち処刑された。長年の虐待、それも精霊王の愛し子への虐待、それが結果精霊がこの国から消える原因となってしまったのだ。最期は後悔の言葉を口にしていたと言う。


これからこの国はどうなっていくのか……。


----


「精霊王様、お招きいただきありがとうございます。おかげさまで本当に幸せな毎日を送らせていただいております」

「よい、これからは心ゆくままに過ごすがよい」

「ありがとうございます。しかし、全ての精霊を引き上げさせてしまって本当によかったのでしょうか?その……精霊と仲良く力を合わせて暮らしていた人々も多かったのでは……」

「うむ……実はな、最近は精霊に感謝の気持ちを持つ者が少なくなってきていたのだ。精霊も調子が悪く思うように力を使えない時もあるというのに、それに怒り、暴言を吐く者も出てきていた」

「そんなことが……精霊達は善意でその力を貸してくれていたというのに」

「ああ、私の大切な精霊達がそのように扱われることを苦々しく思っていたところに今回のフィリスのことがあった。精霊への感謝の心を取り戻すためにも、良い機会なのではと思ったのだ」


さらりとした腰まである銀に輝く髪をかき上げ、優しげな金の瞳をフィリスに向ける。


「出過ぎたことを申しました。申し訳ございません」

「よい、仲良く精霊と暮らしていた者もいたのは事実だ。しかし、そういう精霊だけはあちらに残して酷い扱いを受けていた精霊はこちらに戻すとなると、残った精霊に負担がいってしまうだろう。それは防ぎたかった。私にとって最も大切なのは精霊達、そして愛し子のフィリスだけだからな」

「精霊王様……」

「さてフィリス、今日は何をしようか?」

「そうですね……私、花畑に行ってみたいのです」

「いいね、では行こうか」


差し出された精霊王の手を取りフィリスは歩いて行く。ここは精霊の国。フィリスを傷つけるものは何もない。フィリスの人生はまだまだこれからなのだ。

フィリスの置かれた環境を良しとしていないはずの精霊王がなぜ10年にも渡り精霊の国にフィリスを連れて来なかったのか、それは人間を精霊の国に連れて行くためには人間界への未練を完全に断ち切らないといけないからでした。


また、精霊王にとって大切なのは精霊と愛し子であり、精霊の力がない状況下でも幸せに暮らせることは他国が実証していることから、精霊王は「全ての精霊を引き上げたとしても何とかなるだろう」と考えました。その後、もともと使えていた精霊の力が急に使えなくなって困る人間のことは「まぁなんとかするだろう」くらいにしか思っていない、その後苦労するだろう人間のことは慮らない異質な感覚を持ちながらも、フィリスの気持ちを尊重したり、人間に理解を示す矛盾が生じたのは、それだけ人間の側にいたり見守ったりしていたから。


異なりながらも全く違うわけではない存在が精霊王や精霊達です。




読んでいただきありがとうございました。


また、ご感想や誤字報告をいただき感謝致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] ベネディクト・コーンウォール令嬢が可哀想におもいました。
[良い点] 面白かったです!! [一言] 続きが読みたい。連載化希望です(ノシ 'ω')ノシ バンバン
[良い点] 何か良く分からないクリーチャーの力で国造りをしてたら当然の結果かな [気になる点] 100年後この国がどうなっているか読んでみたいです [一言] 面白かったです この手の作品だと国の中枢も…
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